時縄勇太は最愛の彼女に永遠の愛を誓う

第55話

 ガタンゴトンガタンゴトン。

 リズミカルな音を奏でながらも、ゆっくりと進む鈍行列車。

 内装は昔ながらの四人掛けボックス席で、金属部分の手すりは錆び付いていた。

 といえども、それが苦にはならない。逆に古めかしく風情があるのである。

 実際にそのレトロチックさをお気に召す鉄道オタクが多いようで、各駅に停車する度にパシャパシャとカメラの撮影音が鳴り響いているのだ。


「勇太」


 俺の隣に座る少女——本懐結愛はそう囁いてきた。

 客足は少なく、席はガラガラ状態。

 故に、正面同士に座ればいいのに、彼女は隣の席を選んできた。

 まるで、時縄勇太の隣は自分の特等席だというかのように。


「どうした? 結愛」


 そう訊ね返すと、彼女は無邪気な笑顔を浮かべるのだ。

 くしゃぁっとした笑みは子犬みたいな可愛さがある。

 その後、俺の手を強く握り返した彼女は言うのである。


「何だか、あたしたち……駆け落ちした恋人同士みたいじゃない?」

「お互いの親に結婚を認められず、そのまま家を飛び出してきたってか?」

「そうそう。そんな感じ……」


 大袈裟過ぎると思われるかもしれないが、確かに言いたいことは分かる。


「もしも勇太はさ。あたしとの結婚が反対されたら一緒に駆け落ちしてくれる?」

「勿論」


 俺はそう断言して。


「安息の場所が地獄だろうとしても、必ず二人が幸せになる場所を見つけ出すさ」

「地獄が安息の場所とは到底思えないんだけど」

「住めば都だと言うだろ?」

「確かに、あたしは勇太が隣に居てくれるならそれで幸せかも」


 心の底からそう思ってます。

 そう言いたげそうに、結愛は俺の肩に頭をちょこんと乗せてきた。

 この重みが幸せな証だなと思っていると——。

 俺の視界に飛び込んできたのは、白いワンピースの中身。結愛本人は気が付かないようだが、胸元がガラ空きなのだ。可愛らしい薄桃色のブラジャーに目線を奪われつつも、俺はこのラッキースケベな時間を楽しもうと沈黙を貫くことにした。


「この時間が永遠に続けばいいのにね」


 そう微笑む結愛に対して、俺も同調する。


「あぁ、永遠に続けばいいのにな」


 炊き立ての白米のように輝く柔らかな肌に、汗を少しだけ吸ったブラジャー。

 生地自体が蜘蛛の糸のように薄いらしく、女性特有の突起部分を際立たせている。

 結愛は巨乳と呼べるほど大きいわけではないが、人並みかそれ以上の大きさを兼ね揃えている。呼吸を繰り返す度に、上下運動を繰り返す彼女の胸元に魅了されてしまう。


「勇太もそう思ってくれてるんだ。嬉しいな」

「あぁ、思うさ。当たり前だろ?」


 座席の上に設置された小型扇風機に流されてくるのは柑橘系の甘い香り。

 俺の理性を弾け飛ばすほどの魅惑的な香りに、自然と手が伸びてしまう。

 もっと結愛に触れたい。もっと結愛を感じたい。もっと結愛を——。


「今のあたしはさ、ちゃんと普通の女の子になれてるかな?」


 俺の顔を凝視して訊ねる結愛。

 その困惑気味な表情を受け、俺は伸ばした手を戻して頭を掻いた。

 頭上に疑問符を浮かべていそうな結愛に対して、俺は本心を告げる。


「結愛は普通じゃないよ」

「…………あたしってやっぱりおかしい?」

「あぁ、おかしいな。あまりにも可愛すぎて」


 結愛は可愛い。

 それは当然の事実だが、今日は一段と可愛く見える。

 こんな飛び切り可愛い女の子が居るのに、スカウトが現れないことがおかしいね。

 もしも俺が芸能界のプロデューサーなら、速攻で結愛をセンターに立候補させるね。


「ドキドキする? あたしに」


 上目遣いで訊ねてくる琥珀色の美しい瞳。

 どんな宝石にも引けを取らないそれに、俺は吸い込まれていた。


「あぁ、当たり前だろ」

「そっか。ドキドキするんだ。こんなあたしに」


 頬を緩める結愛と目線が合った。

 恥ずかしいのか、真っ赤な顔を俯かせてしまう。

 もっと可愛い姿を見せてくれればいいのに。

 そう願っていると、トンネルに差し掛かった。

 急激に暗くなる車内。俺の隣に座る少女は俺の手を強く握りしめてきた。


「勇太」


 そう呟き、彼女は俺の耳元で囁いてくるのだ。


「真優さんよりも、あたしと一緒のほうがもっとドキドキする?」


 その言葉を聞き、俺の背筋には冷や汗が止まらなくなる。

 視界が奪われた状態なので、結愛の表情も、逆に俺の表情も見えない。

 だから、俺が驚愕の表情を浮かべていることは分からないだろう。

 本懐結愛と彩心真優は面識がないはずだ。

 それにも関わらず、なぜ結愛は真優の名前を口にするのだ。

 もしかして、俺と真優の関係を知っているのか。

 確かに俺たちが住んでいる街は狭く、街を歩けば知り合いに出会うほどだ。

 俺と真優の関係を知った何者かが病院関係者に居て、結愛に告げ口した可能性も……。


「どうしたの? 勇太、黙り込んじゃってさ」


 お互いに握り合う手の感触が、ひんやりと冷たく感じてしまう。

 まるで、氷を触れているような感覚だ。

 隣に座る結愛は、人差し指と中指を交互に俺の手の甲に叩きつけてくる

 ガタンゴトンガタンゴトンというタイミングに合わせて。

 それは、あたかもさっさと吐けとでも言うように。


「い、いや……結愛の口から予備校の知り合いの名前が出たから」

「へぇ〜。やっぱり真優さんって予備校の知り合いだったんだ」


 間違いなく、結愛の口から「真優」という言葉が出てきた。

 それも二回目。どうして結愛は彩心真優のことを知っているのか。

 そんな疑問が生じた頃合いで、彼女は「ふふっ」と不気味な笑みを浮かべて。


「見るつもりはなかったんだよ。ただ、見ちゃったんだよね……」


 見るつもりはなかった? 見ちゃった?

 何を見たというのだ。結愛はどこまで知っているのだ。

 俺と彩心真優の関係を。どこまで彼女は知り尽くしているのか。


「見たって何を……」


 生唾を飲み込む俺に対して、結愛は真っ直ぐな瞳を向けてくる。

 視界不良だったものの、少しずつ暗闇に慣れてきた。

 こちらをジッと見つめてくる闇色の瞳が迫ってくるのだ。


「——勇太のスマホ。実は、ホテルに行った日、見ちゃったんだ」

「見たって? 俺のスマホはパスコードが掛かって……」

「うん。だから、ロック画面で……真優って人の通知を見たの」


 俺と彩心真優は、如何わしい内容をやりとりした記憶がない。

 彼女との連絡は、基本的に雑務的な内容ばかりだ。

 そもそも論、俺とアイツは予備校だけの関係で、それ以上ではない。

 だから……俺と真優が肉体関係を持っているなんてことは……。


「勇太と真優さんの間には何もないんだよね……?」


 訝し気な表情を浮かべる本懐結愛。

 その気持ちには胸を張って「うん」と答えたい。

 だが事実として、俺と真優は関係を持ってしまっているのだ。

 それに一週間前にも……俺とアイツはまたしてもキスをしてしまっている。

 といえども、それを正直に話したところで、誰も幸せにはなれない。

 だから、俺は——。


「当たり前だろ? 俺とアイツは予備校の知り合いってだけだからな」

「その言葉を信じていい?」

「……あぁ、うん。信じてくれ。俺とアイツの間には何もないって」

「分かった。なら、信じてあげる代わりに、あたしを抱きしめて」


 結愛の望みなら叶えてあげるしかない。

 俺は体勢を整え、結愛と向き合う形を取る。

 女性の平均身長よりも高いはずだが、俺と比べては小柄な最愛の彼女。

 彼女を優しく抱きしめると、マシュマロのような柔らかさがあった。

 病院生活を送っているので、筋力の衰えは所々に垣間見えるものの……。

 部分的には肉付きが良いらしく、彼女の抱き心地はマカロンを抱きしめているようだ。


「あたし、勇太のこと大好きだから。どんな女の子よりも勇太のことが一番好きだから」

「あぁ。知ってるよ。俺を世界で一番愛してくれるのは結愛だって」

「そっか。なら、誓ってよ。本懐結愛はこの世界で一番魅力的な女性ですって」

「……恥ずかしいな」

「言えないの?」

「言えるよ。任せろ」


——本懐結愛はこの世界で一番魅力的な女性です。


 俺がそう呟くと、本懐結愛は「本当に言うんだ」とクスッと微笑んだ。

 彼女本人では冗談のつもりだったらしいが、バカな彼氏としては言うしかあるまい。


「勇太だけだよ。こんなあたしを魅力的だって言ってくれるのは」

「口に言わないだけで、誰もが思ってるはずだぜ。あの子カワイイなって」

「ううん。それは絶対にないよ。可愛いよりも先に可哀想があたしを見て思うことだから」


 視界が徐々に明るくなる。出口が見えてきたのだ。

 同じ車両には俺たち以外の客は居ないのだが、他の人たちに抱きしめ合う姿は見られるのは嫌なのか。俺の背中へと回していた腕を戻し、結愛は「だからさ」と小首を傾げて。


「だからさ、勇太だけはずっとあたしのことを普通の女の子だと思ってね。お願いだから」


 まだ彼女を抱きしめたい。

 その名残惜しさがあるものの、結愛は窓へと体勢ごと切り替える。

 トンネルを抜けると、そこには一面の海景色があった。

 僅かに開いた窓から潮風が吹き渡り、日差し用カーテンを揺らした。

 海鳥たちが空高くを飛翔し、その遥か上には燦々と輝く太陽がある。


「勇太!! 海だよ!! 海ッ!!」


 先程までか細い声で喋っていたのに、今の結愛は明るい元気な声を出している。

 その二面性がちょっと怖かった。ただ、どちらも彼女なのだろう。

 病院生活を続ける彼女にとって久々に海を見て、はしゃいでいるのだ。


「眺めもいいし、そろそろお昼にしよっか?」

「お昼……?」

「うん。あたし、今日お弁当作ってきたから」


◇◆◇◆◇◆


【本懐結愛視点】


 地元の駅から古めかしい普通列車に乗り込み、一泊二日旅行の目的地へと向かう。

 片道四時間以上も掛かる道のり。乗り物が苦手な人が聞けば、卒倒してしまうだろう。

 小刻みに揺れる車内に、肌を焦がすほどの太陽。窓側の席なので、金属部分に触れると火傷をしてしまいそうなほどに熱くなっている。手持ちのスマホは相変わらず圏外のままで、暇つぶしをしようにも何もすることがない。だから、愛する彼氏と雑談を交える。


「勇太はさ、ドラえもんのひみつ道具で欲しいものとかある?」

「コンピューターペンシルだな」

「何それ?」

「鉛筆の上部にコンピューターが付いててどんな難問でも解いてくれる道具だよ」

「……勉強は自分の力でやらないと意味がないんじゃないの?」

「ごもっともな意見だな。ただ、俺は手段を選ばないタイプだからさ」

「それなら、もしもボックスでもいいんじゃないの?」


 その手があったのか。

 そう言いたげな表情で、愛する彼氏は両手をポンと叩いた。


「で、逆に結愛は何が欲しいんだ?」


 自分から話を振ったつもりだったが、本懐結愛は何も考えていなかった。

 あくまでも、ただの雑談に過ぎなかったのだから。


「う〜ん。何だろうな。欲しいものが沢山あって選べないよ」


 どんな解答を出せば可愛い彼女を演じることができるのか。

 どんな解答をすれば、彼氏は喜んでくれるのか。

 それを必死に考えながらも、本懐結愛は最善の答えを探ってみる。

 ただ、これだと思えるものが見つからなかった。


「何でもいいんだよ。ほら、何かあるだろ?」


 ならば、本心で語ってみよう。

 今の自分が一番欲しいものは何か。

 今の自分が最も叶えたい願いとは何か。

 それは——。


***————***


 時縄勇太と彩心真優がナイトプールへと行った日。

 七夕から一週間が経過した頃合い。


「本懐さん、聞きました? 七夕のツリーあったでしょ?」


 本懐結愛の元に、給仕を持ってきた看護師が話し掛けてきた。

 おしゃべり上手な彼女は世間話が大好きなのだ。


「実はね、あのツリーの中に——」


『彼氏を奪う邪魔な女が消えればいいのに』


「という短冊があったの。ねぇ、修羅場じゃない? 三角関係??」


 そのとき、本懐結愛は澄ました表情で彼女の話を聞いていた。

 激情的な女の子もいるんですねとでも言うように。

 実際——その短冊を真っ先に書きに行ったのは紛れもない自分なのに。


***————***


「どくさいスイッチかな?」

「…………ええ、結愛。ちょっと怖いことを言うんだな」

「あたしが気に入らない人間は全員消しちゃうの。あたしの邪魔をする者は全員ね」


 だから、と呟きながら、邪悪な笑みを浮かべて。


「だから、勇太もあたしに隠れて変なことしてたら消しちゃうからね」















————————————————————————————————————


作者から


 今回の章は今まで以上に熱量を込めて書かせて頂きます!!

 というか、本気で燃え尽きるほど面白いものを書いてやろうという魂胆。

 解像度増し増しで書きますし、ヒロインの魅力も二倍三倍でお届けします。

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