第34話

「何だか、図書館って不思議な感じがするよねぇ〜」

「俺も全く使わないから変な感じがするよ」

「便利なのに、意外と使わない公共施設の一つだよねぇ〜」


 朝飯兼昼食を取り終わり、俺たちは図書館へと向かった。

 老若男女問わず利用する大型の図書館。

 と言えども、人々の喋り声は一切聞こえず、誰もが書物に夢中になっている。

 テーブル席には制服を着た学生や、スーツを着た気難しいリーマンの姿もある。


「折角の休みだってのに……俺たちの日常は相変わらずなんだな」

「受験生だもん。これぐらいは当たり前でしょ?」

「おまけに浪人生だからな。文句は言っちゃいけねぇ〜よな」


 にゃこ丸のためにペット用品を買いに来たのではないか。

 そんな疑問が浮上しそうなので、一応釈明しておく。

 折角、二人で集まるし、図書館で一緒に勉強しようという話にもなったのだ。

 浪人生の鏡とも言うべき勉強熱。全国の受験生には見習ってもらいたいものだ。

 かと言って、浪人を選ぶ真似はご遠慮して頂きたいのだが——。


 ともあれ——。

 そんな事情で、彩心真優が特別講義を開いてくれるわけだ。

 俺が少しでも数学を好きになり、そして点数を上げる技術を教えるために。


「それじゃあ、適当に座って一緒に勉強しよっか?」

「どうしてお前はちょっとワクワク気な顔をしてるんだよ」

「意外と誰かに物事を教えるのは、好きなんだよねぇ〜」


 彩心真優は教え方が上手い。

 頭が良い奴ってのは、自分だけにしか分からない解説をする奴もいる。

 だが、彼女が違うのだ。

 どうしてこれが正解で、どうしてこれが不正解なのかを教えてくれるのだ。

 それに俺が全然分かりませんという表情をしても、嫌な顔せずに一つずつ着実に教えてくれるのだ。持つべきものは、頭が良い友人だ。それも、ズバ抜けてできる奴だと尚よしだな。


「で、どうしてお前は俺の隣を取るんだ……?」

「えっ? だって隣じゃないと、教えにくいじゃん」

「…………それはそうだが」


 彩心真優が言う通り、隣同士で座ったほうが教えやすいのは確かだ。

 実際、この図書館のテーブルは対面で座ると、幅が結構広いのだ。

 赤の他人が座っても大丈夫なように配置していると思うのだが——。


「どうしたのかなぁ〜? もしかして私にドキドキしてるのぉ??」


 クスクスと柔らかな笑みを浮かべてくる彩心真優。

 この野郎……人様をバカにしてきて。


「というかさ、いつも一緒にご飯を食べてる仲じゃん。隣同士で」

「それはそうだが……あ、あれは恋人同士の振りをしているだけで……」

「意識しているの? 私のことを女の子だって」

「はぁ〜? んなわけ、ねぇーだろ。俺には大切な——」


 俺の言葉を遮って、彩心真優は言い切る。


「大切な彼女がいるんだよね? 結愛さんだっけ?」

「そうだよ。だから、俺は……お前とベタベタすることは」

「別に大丈夫でしょ。ていうか、時縄くんの心が私に揺れ動く可能性があるわけ?」

「それはない」

「なら、別にいいじゃん。私が隣でもさ」


 それに、と呟き、彩心真優は切れ長の眉を僅かに下げて。


「私だって、彼女持ちの男の子を好きになることはないからさ」


◇◆◇◆◇◆


「はぁ〜やっと分かったぜ、この問題ッ!!」

「よしよし最後まで諦めずによく頑張ったね」

「本当にこれもそれも彩心様のおかげです。ありがとうございます」

「もっと崇めていいよ。神様みたいに。もっともっと称賛して」


 数学の問題は、一問一問が重たい。

 問題を見た瞬間に、解法が思い付く問題もある。

 だが、一瞬で解き方が分からない問題は悩む羽目になるのだ。

 その結果——時間だけが刻一刻と過ぎ、嫌な汗が出るってもんだ。


「自分の数学力の無さには、本当に泣きたくなるぜ」

「数学は解法をパターン暗記するしかない。それが一番最初」

「と言われるけど……そのパターンが尋常じゃないほど多いじゃん」

「青チャートを毎日50問ずつ解けば、1〜2ヶ月で数3まで終わるよ」

「俺を殺す気かよ!! そんな簡単に次から次へと解けると思うな!!」

「ちなみに私は中学三年生のときには、高校数学の範囲を全部終わらせたけどね」

「……模試で一桁に入る人間はやっぱり違うんだな」


 スペックの違いを痛感するぜ。

 考えれば考えるほどに嫌な気持ちになるな。


「ただ、これで今日も俺は賢くなったぜ。また強くなった。打倒現役生!!」

「受験は自分との戦いだと思うけどね。それとルーキー狙いは小悪党臭が漂うよ」

「どれだけ現役生よりもリードしてるかが重要だろ?」

「現役生は謎の伸びがあるからね。部活動に入っていた人がスポ根魂で、朝から晩まで勉強に打ち込んでくるから。あの人たちの伸び方は、確かに尋常じゃないよ」

「あぁ〜あるよなぁ〜。それが一番怖いんだよなぁ〜」


 質より量を実践し、寝る間も惜しんで勉学に励むからな。

 受験は体力勝負というが、本当に体力バカには敵わない。

 スポーツの場合は部活動が終わったらやめれるけど……。

 勉強は家に帰ってからも、ずっとひたすらに自己練できるからな。


「あぁ〜。勉強しか取り柄がない俺が、バカバカしく思えてくる〜」

「卑下する必要はないと思うよ。時縄くんは、人間的な優しさがあると思うし」

「当たり前だろ? これでも医者を目指す人間だぜ。人格者であるべきだからな」

「そうかな? 別に医者って、どんな人間でもなれると思うよ」


 実際に、と呟き、彩心真優は続けて。


「他の人よりも頭が良かったから。その理由で医者を目指す人は多いんじゃない?」

「…………お前さ、夢がないことを言うなよ。医者が全員嫌な奴に聞こえるじゃないか?」

「実際そうだと思うけどな。高収入だから。医者というステータスに憧れるから。医学部という学歴を手に入れたい。人よりも少し頭がいいから。多分、そんな邪な気持ちで受験する人多いよ」


 志望動機はどうでもいいさ。

 別に、医者を目指す理由なんてそれぞれでいい。

 でも、大それた目標よりも、どれだけ人を救えたか。

 そっちのほうが遥かに大事だと思うから。


「あ、そうだ。彩心さんは、どうして医学部を目指しているんだ?」

「デリケートな質問だね、それは」

「……聞いちゃダメだった?」

「ううん、別にいいよ。ただ時縄くんらしいなと思っただけで」


 一呼吸を置いてから、彩心真優はいう。


「私の家ってさ、代々医者家系なの。だから、私も医者を目指している。ただそれだけ」

「親から医者になれとか言われてるのか?」

「まぁ〜その部分が少なからずあるかもね。それに女性が活躍できる業界って少ないでしょ?」


 女性が活躍できる業界か。

 そこまで俺は情報通ではない。

 でも、確かに女性の社会進出が——みたいなニュースは見たことがある。


「女性ってだけで舐められるのが嫌なんだよね」

「別に舐められてるわけじゃないだろ?」

「男の子だから分からないんだよ。世の中には、男尊女卑な場所もあるんだよ」

「ふぅ〜ん。だから、医者になるってか?」

「まぁ〜ね。医者になったら、一人の女性ではなく、一人の医者と認識されるでしょ?」


 う〜ん。

 それは時と場合に応じて違うんじゃないかと思うけど。

 こんな細かい点に突っ込むのは間違っているな。

 ただ、彼女の言い分も十分に理解できる。


「私はね、強い女性になりたいの。弱いままは絶対に嫌なのよ」


 だからこそ、と呟いてから、彩心真優はペンをクルリと回して。


「医者というこの世で最も権威がある肩書きが欲しいの」

「俺とは真逆だな」

「成績もね」

「余計なお世話だよ」

「でも、私は患者を救いたいと思う強い志しはないのよね」


 彩心真優はそういうけれど、コイツ……にゃこ丸を必死に助けてたじゃん。

 負傷したにゃこ丸を助けるために、動物病院に電話掛けまくってたはずだが。


「どうせ生き物は必ず死を迎えるときがあると思っているから」

「お前って諦観してるな」

「大層な志しを持っていていも、結局は長続きしないことを知ってるから」


 彩心真優は真剣な眼差しを向けて、そう口にするのであった。


————————————————————

作家から


【悲報】ストックが尽きました(´;ω;`)


 他作品の連載が長引いたのが原因。


 今後の目安としては——。

 カクヨムコンが開催されてる間までに、物語が大きく動く梅雨編完結まで持っていく。

 詳しい話は、梅雨編完結後にします。

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