第36話
「時縄くんさ、ちょっとだけ寄ってもいいかな?」
「寄るってどこに?」
「美味しいシュークリーム屋さんがあるんだよ」
「お前に付き合うほど、俺は暇じゃないんだが?」
「まぁまぁ。どうせなら結愛さんにもお土産を持っていけばいいじゃない?」
「……お土産か」
『結愛、シュークリームを買ってきたぞ』
『ありがとう、勇太。あたしのためにありがとうね。そうだ、何かお礼をしなくちゃいけないよね……なら、今日もキスでいいかな??』
「デヘヘヘヘヘヘ」
「時縄くん、鼻の穴が広がってるよ」
「別に何でもないよ。シュークリームでも買いに行こうぜ!!」
◇◆◇◆◇◆
「本当に今日はありがとうね、私に付き合ってくれて」
「にゃこ丸を飼えばと言ったのは、俺だからな。これぐらいは付き合うっつの」
「……うん、そっか。ありがとう」
買い物を全て終わらせ、俺たちは帰路を歩く。
七月に入り、徐々に夏感が漂うこの季節。
もう既に午後4時を廻った頃なのに、未だに熱を持っている。
ここ最近は湿気が酷かったので、俺の汗はダラダラ流れていく。
それでも尚、俺は彩心真優の荷物持ちとして仕事に従事するのであった。
「あ、そういえば聞いた? そろそろ全国模試の結果が返却されるらしいよ」
「……全国模試か。考えただけで胃が痛くなるぜ」
「自信ないの? あれだけ勉強してるのに」
「あれだけ勉強してるから怖いんだよ」
「へぇ〜変な人だね。もっと自信を持ってもいいのに」
「自信を持てるような点数を叩き出せた試しがないからな」
「医学部志望のくせに?」
彩心真優は容赦がねぇ〜な。
コイツは人様の気持ちを慮ることができないのかね?
「あのさ、時縄くん」
「ん? 何だよ?」
「結愛さんのさ、どんなところが好きなの?」
「変なことを聞いてくるなよ、別にお前には関係ないだろ?」
「いいじゃない。あくまでも調査よ、調査。男の子が好きな女性の特徴は何かなと思って」
優しくて巨乳で甘えさせてくれる成熟した女の子……。
と言いたいところだが、男の願望を語ってるだけだな。
うむ、絶対に気持ち悪いとか言われそうだし……。
「あれ? もしかして結愛さんの好きなところを言えないの?」
「言えるよ、言えるに決まってんだろ。俺は結愛の彼氏だぞ」
本懐結愛のどこが好きか。
そんなことを一度も考えたことがなかったな。
あまりにも簡単な質問だから深く考える機会がなかった。
でも、俺は結愛のどこが好きになのだろうか……?
「で、どうなの? どこが好きなの? 結愛さんのさ」
この女は、人様をここまでからかって楽しいのか?
ニタニタと笑いやがって、本当に腹が立つ女だぜ。
これ以上笑ったら、荷物持ちを辞めてやろうかな?
「多分、俺は結愛の全部が好きなんだと思う」
「……うわぁ、出た。全部とか言って逃げるタイプか」
はぁーと呆れ混じりの溜め息を吐き、彩心真優はやれやれと手を動かす。
コイツ、何も乙女心分かってないなという主張が垣間見える。
「別にいいだろ? ていうか、好きだから好きなんだよ」
「好きだから好きって……本当にバカみたいだね」
「バカで悪かったな、俺は全国模試一桁のお前とは違うからな」
「そうだね。私とは大違いだよ。私ならもっとハッキリと言えるから」
「言ってくれるじゃないか。それなら言ってもらおうか?? 俺とお前が違うってことを証明してくれよ。できるものならさ。どうせお前だって、適当なことを言ってはぐらかすだろうし」
彩心真優は駆け、俺よりも数歩前に出た。
それから長い黒髪を乱して、彼女は振り向いた。
赤色の夕陽を浴びて、白い肌が僅かに紅色に染まる。
「……わ、私は時縄くんの好きなところ、ちゃんと言えるよ」
大きな声で宣言し、恥ずかしがる必要もなく続けた。
「時縄くんの瞳が好き。時縄くんの優しいところが好き。時縄くんの諦めないところが好き。時縄くんの行動力があるところが好き。時縄くんの笑う姿が好き。時縄くんの頼れるところが好き」
ハァハァと息を切らす彩心真優。
彼女は俯いたままに何も喋らない。
俺の脳は突然クラッシュし、正常な判断ができなくなってしまう。
あまりにも真っ直ぐすぎる彩心真優から漏れ出た言葉の数々に。
風に揺られて、轟々と木々が音を立てる。
俺と彩心真優はお互いに何も喋らずに、無言状態が続く。
それが続くこと数十秒間。
時間にしては短いものの、体感時間では一時間以上経過したように感じたとき。
「あはははははは、ちょっと待ってよ。今のはただの冗談じゃない? それなのに、本気みたいに受け取ってもらったら困るって。もう本当にやめてよ。私、ちょっと重たい女みたいになってるじゃん。あくまでもこれは、時縄くんを揶揄ってやろうと思っただけで。その本気で言ったわけじゃないから。その、だ、だから……勘違いとかしないでよね。別に私は好きじゃないんだから」
後半戦、明らかなツンデレキャラで言ってきやがって。
やっぱりそうかい。
まぁ、この高嶺の花が俺みたいな男を好きになるわけないか。
友達という意味ではまだしも、恋人という意味では絶対にないしな。
「ったく、それぐらい俺でも分かってるよ。さっさとお前が嘘でしたーって言うのを、俺も待ってただけだよ。だから、変な勘違いするなよな。そもそも、俺には大切な彼女がいるんだから、お前から好きとか言われても迷惑なだけだっつの」
「だ、だよね……そ、そうだよね……私何かに好きとか言われても困るよね、ごめん」
彩心真優の表情が一瞬だけ雲が掛かる。
だが、数秒後には、その表情も消え、普段通りの笑みになるのであった。
「————というわけでお仕事完了でいいのかな?」
「うん。ありがとうね、わざわざ玄関まで荷物を運んでくれて」
「大したことはしてねぇーよ。逆に、久々に動いて、丁度良い気分転換になったよ」
「そう言ってくれると嬉しい。誘った甲斐があったかも」
「また何か困ったことがあったら、俺に言えよ。少しは役に立つからさ」
俺と彩心真優が喋っていると、にゃこ丸が現れた。
怪我した部分は、まだ包帯を巻かれていた。
でも、今まで通りの元気を取り戻したらしく、尻尾を振っている。
もしかして、俺のニオイを嗅ぎつけて現れたのだろうか。
「家上がってく? 誰も居ないけど」
「さっきも言ったけど、今日は結愛のところに行くんだよ」
「誘惑してみたけどダメだったか。彼女よりも他の女を選ぶ最低な男だって言いたかったのに」
「お前最低な女だな!! ていうか、俺と結愛の関係をぶち壊すのはやめろよ!!」
「もしよかったらお茶でも飲んでいく? 喉渇いたでしょ?」
「いや、いいよ。もしも今度来る機会があったら飲ませてくれよ」
◇◆◇◆◇◆
もう何百回何千回と行き来した病院に到着。
久々に彼氏に会ったら、結愛はどんな顔をするだろうか。
そんな期待を胸に、俺は忍足で部屋にこっそりと入る。
結愛が使うベッドは、カーテンが締め切っていた。
もしかしたら、寝ているのだろうか。それとも——。
兎にも角にも、結愛に会いたい。結愛を驚かせたい。
そう強く思い、閉められたカーテンを開いた。
「よっ!! 久しぶりだな、結愛」
元気な声で挨拶をかました俺の目に飛び込んできたのは——。
上半身裸の結愛。
見るからに痩せ型で骨張り、不健康そうな青白い肌。
乳房の部分には血管が浮き出ている。
そんな彼女は、急激に顔を真っ赤に染めて。
「えええええええええええええええ〜〜〜〜〜!?」
ジェットコースターが降下したかのように大きな声で叫んで、自らの胸元を両手で隠した。
「あの、結愛さん……お願いします。そろそろ機嫌を直してもらっても?」
病人服を着た結愛は、俺とは目線を合わせてくれなかった。
外をジィーと眺めているのだ。どうやら俺は怒らせてしまったようだ。
「…………変態とは喋りたくない」
「変態って!!」
「変態じゃない? 何も言わずに、カーテンを開けるのは禁止でしょ? 勇太は人様の家の玄関を無断で開けちゃう系の人なのかな?」
「流石にそれは言い過ぎじゃないか? カーテンを玄関と一緒と言われても……」
「同じことだよ。なら、他の部屋に入って、誰かのカーテンを開いてみる?」
「……今回は別に顔見知りだし、俺と結愛は付き合ってるからで」
「そ〜いう言い訳は聞きたくないよ、勇太」
それはそうだよな。
突然、カーテンを開くのはアウトだよな。
俺だって自家発電してるときに、突然ドアを開かれたら困るし。
「いや、そのですね……これには事情があるんです」
「事情って何かな?」
「結愛を驚かせたくて……そのサプライズで彼氏が来たらどうなるかなと」
「……気持ちは嬉しいけど、時と場合を考えてほしい」
頬っぺたを膨らませた状態の本懐結愛。
このままでは、彼女の機嫌を取り戻すのは無理か。
そう思ったとき——。
「あのさ、勇太。その手に持っているのは何?」
「あぁ〜そうだそうだ。お土産があるんだった」
「お土産? 何か悪いことでもしたの? 賄賂のつもり?」
結愛が目を細める。
彼氏が折角お土産を購入して来たというのに。
その言い草はあまりにも酷いんじゃないの?
「悪いことなんてしてないよ。結愛に食べて欲しいなと思ってさ」
「…………そっか。そ、その……あ、ありがとう、勇太」
こんな空っぽなあたしのために、と小さな声で呟き、結愛は口元を緩める。
最愛の彼女が偶に見せてくれる照れる姿。
それが、今の俺にとっては最大の栄養剤だ。
「よしっ!! なら、一緒に食べようぜ、美味いらしいからさ」
「美味いらしい……?」
「ええと、予備校の知り合いが美味いと言っててだな」
「……ふぅ〜ん。ここでは詮索はしないね」
少し不服気な発言を述べながらも、結愛は喜んでくれたようだ。
とりあえず、深堀りされなくてよかった。
尋問を受ける羽目になっていたら、俺は回答に困っていただろう。
「ほい、食べて食べて」
「うわぁ〜大きいね。全部食べられるかなぁ〜?」
「デザートは別腹とかじゃないの?」
「……甘いものは好きだけど、こんなに大きいと食べられないよ」
結愛は、俺が他の女の子と関わるのを極端に嫌っているし。
本人曰く、彼氏が他の女と仲良くしてたら、誰でも不安になるのだとさ。
もしも、俺が——。
今日、実は予備校の女友達と一緒に勉強して、その帰りにお土産を買って来たんだ。
なんて、教えてしまったら……最愛の彼女はどんな反応を取るのだろうか?
「結愛……? 食べていいんだぞ」
結愛の動きが止まっている。
先に渡していたのに、食べることなく、そのままこちら側を見ているのだ。
「あ、うん。わかってる。でも、勇太と一緒に食べたいの」
「何それ? 夕食時は、お父さんが揃わないと口を付けられない感じ?」
「勇太のたとえは……時々意味が分からないことがある」
「俺の中では割と良い線を行ってたと思ってたんだが??」
「勇太は自意識過剰なときがある」
「やめて!! 結愛さん、やめてぇ〜。ちょっと俺が滑ったみたいな空気やめて〜」
上手いコメントはできるタイプではないけど……。
たとえツッコミだけは、意外と自分でもできると思ってたのに。
今まで俺は何度も同じことをやってきたけど、他の人からも「意味わからない」とか思われてたってこと……? ヤバイ……完全に黒歴史だ。これ以上、思い返すのはやめておこう。
「あたしね、普段はずっと一人でご飯を食べてるじゃない……?」
だからね、と病院生活を送る最愛の彼女は続けた。
「嬉しいんだよ。他の誰かと一緒に食べるのはさ」
「……そうだな。俺も嬉しいよ、結愛と一緒に何かを食べるのはさ」
「そう言ってくれると嬉しい。これからも一緒に思い出を作ろうね」
俺は結愛と頻繁に会っている。
でも、彼女と一緒に食事を取る機会は少ない。
俺は予備校に通っているから、不規則な時間帯にしか会えないからだ。
それに俺がスナック菓子などを持っていたところで、結愛は食が細いタイプだ。
一緒に何かを食べようとなることは、殆どないことだろう。
でも——。
「……お、おいしい、こ、これ……とってもおいしいよ」
結愛は瞳を大きく見開き、震えた声を発した。
それから小動物のように、小さな口でパクパクと食べていく。
その姿は、彼氏として微笑しい。こんなに喜んでくれるとは。
「もしよかったら、俺の分まで食べるか?」
「……食べられないよ、あたしを大食いの人だとも思ってるの?」
「今食べなくても、別にあとから食べてもいいじゃん」
「う〜ん。それはダメ。勇太と一緒に食べたら、もっとおいしくなるから」
「最高の調味料は、好きな人と一緒に食べることか」
結論から述べよう。
自称食通のプロ——彩心真優の言っていた通り、シュークリームは美味かった。
パリパリとしたシュー生地に包まれ、その中には大量のカスタードクリームが空洞がないと思えるほどに占領しているのだ。口に含む瞬間、一番最初はサクサクとした食感が、その後、濃厚でなめらからで甘いクリームが襲ってくるのだ。
しかし、それだけでは終わらない。
シュー生地の中央に行くと、突如として味変が起きるのだ。
それもクリームが変わるわけではない。
生地の食感と味が変化するのである。
生地の上に満遍もなく振り掛けられているのは——。
「勇太、これって……カラメルソースだよね?」
「そうだ……シュークリームを食べているはずなのに」
「これ……完全に濃厚なプリンだよ、これは!?」
結愛が言う通り、正しくこれはプリンであった。
ただ、柔らかい食感があるわけではない。
パリパリとした生地の上から、砂糖を振り掛け、オーブンで焼く。
そうしたことで、カラメル焼きにしているのだ。
若干の焦げ目部分からは苦味があるのだが、それはアクセントになるのだ。
生地に包まれたクリームの甘さと濃厚さを、引き立てるのだから——。
◇◆◇◆◇◆
シュークリームを食べ終え、甘いクリームが名残惜しくなる時間帯。
もっと結愛と話したい気分になるのだが——。
病院には面会時間が定められているのだ。
休日は早めに閉めるのだ。もう帰るしかあるまい。
「今日はありがとうね、勇太。あたしのためにお土産を買って来てくれて」
結愛は大満足だったようだ。
半裸だった彼女を見たときは、もう許してくれないと思っていた。
でも、無事にご機嫌を取り戻すことに成功したようだ。
「また何か美味そうなものがあったら、買って来てやるからな」
「……ありがとう。楽しみに待ってるね。愛してるよ、勇太」
でも、と弱々しい口調で。
「あたしのことは忘れて、今はいっぱい勉強を頑張ってね」
「結愛のことを忘れてたまるかよ。俺が医学部を目指すのは結愛のためだから」
「……ありがとう。だからこそだよ。あたしを喜ばせるために、前みたいに……毎日病室に来ることはしなくていいから。その点は、しっかりと覚えてるよね……?」
「あぁ、覚えてる。勉強優先だろ? わかってるよ。俺なら大丈夫だからさ」
俺は浪人生で、受験生である立場だ。
一年間の猶予を与えられた存在。
だからこそ、もう次こそ失敗は許されないのだから。
「それじゃあな、結愛。また今度な!!」
俺は病室を出て、軽い足取りで外に出た。
結愛が喜んでくれた。結愛が美味しいと言ってくれた。
その一言が聞けて、俺は堪らなく嬉しくなってしまう。
ただ、今回の立役者は俺ではない。
俺はスマホを取り出して、メッセージを送った。
『勇太:彩心さんのおかげで、結愛が喜んでくれたよ!!』
『勇太:マジでありがとう。今後も美味いものがあったら教えてくれよ!!』
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作家から
長らくお待たせしました。
お詫びの印として、今回は分量多めでした(笑)
次回は、本懐結愛SIDEと彩心真優SIDEを投稿する予定。
二人の心情変化をお楽しみください。
そして——。
そのお話が終わったら……。
遂にプロローグ段階のお話を始めますよ。
ちなみに——。
本懐結愛と彩心真優は、どっちが皆様はお好きですか??
もしよろしければ、コメント欄に書き込んでください( ̄▽ ̄)
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