取り戻そうとしたもの


「失敗した? 何を失敗したっていうんだ」


「そうであります! それがどうして魔法の弱体化になるんであります!」


『それの説明は簡単だ。いま君たちがしていたことが世界中起きていた』


「……創造魔法の奪い合い、か」


「というより、創造魔法がつくり出す価値についての奪い合い、かな?」


『身をもって体験した甲斐があったな。よく分かっている』


「本で読むだけで十分だったよ」


『私も同感だ』


 そうか。

 こいつも俺とエイドスの争いみたいなのを見てきたんだったな。

 それも半端ない数のを。


 グラン・グリモアは……そうだな。

 自分が与えた創造魔法が人々に喜ばれると期待していたのかな?


 だが、実際には人々は創造魔法を利用して争いや欲望を増やした。

 そのため、グラン・グリモアは人々に対して失望や怒りを感じたんだろう。


「創造魔法で人々の飢えや渇きや癒やしても、次はそれ以上を望み、あい争った。そんなところか」


『おおむねそんなところだ。これについては……あまり話したくない』


「そんな楽しい話じゃ無さそうだしな」


「人類の歴史を見れば、ありがちな話だね。それで今の世界にもその傾向が見えたから、グラン・グリモアさんは創造魔法の威力を弱めたのかな」


『そうだ。人々は自身で作り出したものに対しては愛情や誇りを持っている』


『だが、創造魔法で作ったものは違う。当たり前のように扱い、破壊する』


「なるほど……それは頭にきても仕方がないな」


『怒ってはいない。ただ、失望しているだけだ』


「俺もイチゴやバナナで喜んでる研究者を見た時はどうかと思った」


 人々は創造魔法に対して敬意や感謝を示さなかった。

 悲しみや嫉妬、軽蔑や恨みを感じてもおかしくないだろう。

 でも、彼の奥底にあるのは――


「でも弱体化したのなら、まだ愛着を持ってる証拠だよ。お前が本当に邪悪なら、魔法をもっと強力にして自滅を誘い、次の種族に世界を託そうとするはずだ」


『かもしれないな。私は創造魔法を作る過程で、人のことをあまりにも多く知りすぎてしまった。いまさら獣人に託そうとしてもな』


「だな。お前を作ったヒュレーって人についてだけど……」


『なんだ?』


「ヒュレーは、創造魔法の結果を安定させるために、人の精神を読み解く自我が必要と考えた。そのために、お前に自我を与えて、本であるお前に教育を施した」


『そうだな』


「ヒュレーがお前に自我を与えて、教育を施したというのは、いってみれば親子や師弟みたいなもんだ」


「それが正しかったのかはなんとも言えないけど……教育をするって、知識や技能を与えるだけじゃなくって、価値観とか感情も与えることになる」


「だから、教育する内容や方法によっては、お前が望ましい方向に成長するとは限らなかったはずだ。お前は人に失望したかもしれないけど、お前が正しいっていう証拠もない……だから俺たちを呼んだんじゃないか?」


『……実際のところ、そうかもしれない』


「というと?」


『私はあの穴ぐらの中で望んだんだ。「この苦しみを解決してくれる者」を』


『だから……君たちが来たのは事故のようなものだ』


「そうか、自分で創造魔法を作ったんだな。ヒュレーに教えられた答えじゃなくて、自分の力で」


 答えはなかった。

 しかしその間が答えになっていた


『私はこの世界に創造魔法を与えた。生き抜くには、この世界の人々はあまりにも非力すぎたからだ。だが人々は余裕ができると余剰を溜め込み、それを奪い合う』


『だから弱めた。クリエイトフードのような最低限のものを残して』


「俺たちもそうしてほしかったな。勘違いしたやつが問題を起こしてるんだ」


『そうなのか? すまない、それは知らなかった。善処・・しよう』


「そうしてくれると助かる。とくにエイドスってやつがやらかしてるんだ」


『あぁ……あの暴君か』


「まぁ上手いことしてくれ」


『雑だな』


「人間ってのはこういう雑なやり取りで信頼を示すんだ」


『君はウソなのか本当なのか、分かりづらいことを言うな』


「本気にすると痛い目みるであります!」

「話半分に聞くまう!」


『だそうだが』


「うーん残念ながら当然だね」

「そんな?!」


「まぁ、信用してるのはウソじゃないよ。人間に絶望したり怒りを感じたりって、お前が人に対して愛情や尊敬を持っていたということに他ならないからな」


『……そんなことを言われるとは思わなかった』


「俺はお前の創造魔法の良い影響しか見てないからかもしれないけど……邪悪さは感じてない。やっぱり人のほうに問題があるかなってのは同意だ」


『あの暴君のような者もいれば、君たちのような者もいる、か』


「まぁそんな所だよな。ただ、自分のことは棚に上げて厳しいことを言うと……」


『あぁ分かってるとも。私は世界に良いものばかりではなく、絶望や悪心があることを知っていた。ということは、私は創造魔法が人々にどのような影響を与えているかを理解していたということだ』


「うん。すでに古代人っていう前例を見ているわけだからな」


『そうだ。創造魔法に封印をほどこすことは、私の責任や罪悪感から逃れることになる。君はこれが正しい行動と言えるのか、そう言いたいのだろう』


「そこまでガッチリした考えではなかったけどね」


『私は逃げた。そして望んだからこそ、君たちが来たのだろう。私が取り戻そうとしたものを持って。それはつまり――』


「創造魔法がない世界で生きる方法、かな?」


『その通りだ』


「それなら都合がいいな。実は――」


「うん、僕はそれをもう始めてるからね」


『何だって?』


「創造魔法がどういう理屈で動いてるかさっぱりだったからな。万一のことを考えて、問題が解決できなかったことに備えて、うちの世界の技術を持ち込むよう、国の偉い人に頼んでたんだ」


『まさか、創造魔法でもできなかったことを、そんな簡単に』


「いや、これはお前の創造魔法がやったことさ。だって――」


「そうだ。君が望んで僕らを呼び出したんだからね」



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