ライン越え


「追加まう!」

「もういっちょーであります!」


<ドササッ!!>


 戦いから帰ってきたエミリンとマウマウたち。彼女たちは床にエネルケイアのメンバーを投げ捨てた。


 マウマウが投げ捨てた人は……ちょっときちゃない。


 彼女は体が小さいので、人間を抱えることができない。

 だから足首をつかんでここまで引っ張ってきた。それのせいだ。


 今彼女が投げ捨てた剣士風の男は、とりわけ悲惨なことになっている。

 ここに来るまで、色々な所に頭をぶつけたのだろう。ヘルメットがベコベコだ。


「思った以上に楽勝だったであります!」


 自分の頭を外し、小脇に抱えたエミリンが俺に敬礼する。

 俺とママは彼女に敬礼を返し、活躍をたたえて拍手した。


「ユウの戦術がバッチリハマったね。こりゃ大漁だ」


「エネルケイアのやつらが完全に油断してたからだよ。それとマウマウのお陰だ」


「そうだね。通風孔を使って戦う戦法は、彼女がいないと成り立たなかった」


「てれるまう~!」


 褒められたのがうれしいのか尻尾をブンブンするマウマウ。

 それを見ているとオレまでニヤけてしまう。


「さて、一応彼らの武器を回収してまわろう」


「そうだな。いきなり暴れられても困るしな」


 研究室の床には、エネルケイアのメンバーがゴロゴロ転がっている。

 すると、ママがそのうちのひとりの前で立ち止まった。


「おや……この彼は見覚えがあるな」


「うん、どうしたのママ?」


「どこかで彼のことを見た気がして……あ、エネルケイアのサブリーダーだ!」


「この倒れてる人、エネルケイアの重要人物ってこと?」


「そういうことだね。起こして話を聞こう」


 そういってママは黒ローブの男の背中を叩く。

 気付けをされた男は激しくき込むと、水を吐きだした。


 男は上体だけ起こしたが、床に座りこんだまま目を白黒させている。

 自分の身に何が起こったのか、さっぱりわかっていない様子だ。


 俺は彼の目の前で指を弾いたり、手を振って意識を確かめる。


「おーい。ここがどこかわかるか?」


「え、えーっと……異世界?」


「おし、しっかりしてるな」


「普通なら頭がおかしいって言われるけどね」


「アンタたちは?」


「ウチのクランの名前はデュナミス。正義の味方だ」


「俺はライト。エネルケイアのサブリーダーだ」


「その次を言おう。そしてそこいら中を荒らし回っている悪党だ」


「否定はしない、けど、俺たちだって一線は越えないようにしてたんだ」


 俺がライトという幹部を挑発すると、彼は俺の言葉に反論した。

 彼から情報を引き出すため、俺はさらに続ける。


「そうか? 押し込み強盗は十分ライン超えだと思うけどな」


「そうじゃ、この不届き者め!」


 ここでキューケンさんが口を挟んだ。

 勝利を確信したことで、彼はやたら元気になっている。

 襲撃の直後はビビリ散らかしていたのに……調子のいい人だ。


「お前たちはここに創造魔法を盗みに来たんだな?」


「そうだ。エイドスの命令でな……」


「エイドス? それがエネルケイアのリーダーか?」


「あぁ。ここに来たのも彼の命令だ……」


 なるほど。先ほど俺に反論したのは、これが理由か。

 ライトは望んでこの略奪行為に参加したわけではないらしい。


 異世界でもゲームでやっているように行動していいのか?

 これについては、エネルケイアでも意見が割れているのだろう。


 ゲーマーってのは、取れるものは何でも持っていくからな。

 他人の家のタンスやツボの中を漁るのは、勇者のたしなみだ。


 だが、そんなことは現実ではできない。普通に捕まる。

 異世界とはいえここは別の現実だ。


 罪悪感を覚える者も当然いるだろうな。


「お前たちが異世界でする行動は、エイドスが全部仕切ってるのか?」


「エネルケイアは彼のクランだ。彼がいうことに逆らうやつはそういない」


「クソをするのも飯を食うのもボスの言いなりか?」


「ああそうだよ。俺たちに自由なんかない」


「そうかい。でもお前は逆らおうとしてたんだろ?」


「それは……だが早くここから逃げたほうがいい」


「ん……?」


「エイドスはバカじゃない。俺たちが反抗的なのにとっくに気づいてる」


 ライトの言葉にママも同意する。


「そうだね。エネルケイアをW1stにのしあがらせたのは、彼の実力あってこそだ。それをしたリーダーが無能なはずは無い」


「もし俺たちが失敗したと知れば……」


「失敗を自分でなんとかしようとする?」


「そうだ」


 ライトはよろよろと立ち上がる。危なっかしいな。

 見かねたママが彼の肩を抱くと、ライトは床を指差した。

 指先は床に投げ出されているエネルケイアのメンバーを差している。


「君たちが気絶させたのは、これで全員か?」


「……マウマウどうなんだ?」


「研究所の中で暴れてたのは、これで全部まう!」


「数が足りない。エイドスは俺たちに監視役を混ぜてたんだ」


「なんだって?」


「ヤツは最初から俺たちを信用してなかった。すぐに本隊が来るはずだ」


「どういう連中だ。何が来る?」


「エイドスとヤツの親衛隊だ。ワールドファーストを実際にこなした1軍連中は、エイドスに心酔している。俺たちは2軍と3軍なんだよ」


「そいつらはお前たちみたいに……」


「あまり繊細な連中じゃない。目の前の家を吹き飛ばしてから考えるタイプだ」


「クソッ」


 小間使いじゃなくて、生え抜きの精鋭が来るというわけか。

 本当のガチ勢相手には、こいつらにやったトリックは通用しない。

 次に来るのは、小細工を力で吹き飛ばす連中だ。


「ですがマウマウどのとエミリンどのがやったように――」


「正直に言います。それは無理です」


「なんですと!?」


「次に来るのは彼らと違います。精鋭部隊です」


「彼らは離反を考えてました。そもそも僕たちと戦う気がなかったのです」


 ママが俺の発言を補った。彼の言葉を聞いたキューケンは、金魚が空気を求めるみたいにパクパクと口を開いた。


「君たちは逃げることを第一に考えたほうがいい。エイドスたちはプレイヤー相手にも容赦していなかった」


「おい、まさか……」


「プレイヤーにも手を出したのか!?」


 ライトは黙ってうなずいた。

 マジかよ。さすがにそれは洒落しゃれになってないぞ。


 そんな事をしてなんでゲームから追い出されないんだ?

 ここが異世界で運営の管理下にないからか?


「エイドスは異世界のあらゆるものを奪い取ろうとしている。人々の財産。そして命でさえも」


「大きく出たな。現実世界じゃ、ただゲームやってるだけのオッサンだろ?」


「それが……エイドスは現実世界で『後ろ盾』を手に入れたらしいんだ」


「後ろ盾? まさかどっかの国をスポンサ―に付けたのか?」


 そんな話はマイさんもしていたな。

 手遅れだったか。

 

「エイドスは明らかに俺たちが望まないことを始めようとしている。それに危険を感じて、俺たちは彼から離れようとしたんだ。だけど……」


「もういい。一緒に来いよ」

「……ありがとう」 


 俺は昏倒こんとうしている連中の介抱と、状況の説明をライトにまかせた。ここからは時間との勝負だ。迅速に動かないと。


「キューケンさん、そういうことです。ここから脱出します」


「なれば……ここから持ち出さねばならぬモノがあります」


「キューケンさん、研究室を回って創造魔法を回収している時間は……」


「いえ、ひとつだけでいいのです!!」


「ひとつだけ?」


「はい。すべての創造魔法の源流の書物があるのです。我々が使っている創造魔法は、その書物を解読した写しなのです」


「その書の名は……グラン・グリモアといいます」


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