ノトスの町
俺たちは「デュナミス」の仲間たちと一緒に、黒い煙が立ち込めるノトスの町に入った。門番はおらず、壁の門は開け放たれていた。
ゆるい風に乗ってコゲくさい臭いが漂ってくる。見ると、何軒か挟んだ向こうで、もうもうと黒煙が上がっている。
火事になっていなくても、寄り添うように建っている町家はその壁が崩れて、屋根が傾いている家が何軒か見えた。道も舗装のための敷き詰められた石が弾け飛んで、黄色い地面が見えている場所が無数にある。
どうやらノトスの町は、何者かによって攻撃を受けたらしい。この火事はその攻撃が原因で出たのだろう。しかし、町を襲撃した者の姿は見えなかった。
(この様子は、エネルケイアくさいな……)
なぜかと言うと、攻撃の
地面に残った黒水晶と、トゲの生えた赤いツタ。これらは「クロス・ワールド」で使われるいくつかの魔法の後に現れるエフェクトと同じものだ。
黒い煙を追って進むと、激しく燃え上がる町家が目の前に現れた。
いや、この家だけではない。通りに面したその家々が燃えている。
「なんてこった、そこらじゅうが燃えてるぞ!!」
「まうー!」
火事の現場は混迷をきわめていた。
燃え上がる家々を呆然と見上げている街の人たち。子供と抱き合い、祈りの言葉を唱える女性。何事かをわめいて、斧やハンマーで周囲の家を取り壊す男たち。
炎の熱で顔があぶられ、それが俺の焦りを加速する。
(これまさか……エネルケイアの奴らがやったのか?)
「ユウ、とにかく救助や火を消すのを手伝おう」
「でもママ、水なんて……」
「お水なら出せるまうー!」
「あっそうか!」
そういえば、俺たちにはマウマウがもらった「クリエイト・ウォーター」の創造魔法があった。これを使えば火を消せるはずだ!
「マウマウ、頼む!」
「まうー! 『クリエイト・ウォーター』~!!」
マウマウの言葉に答えて、虚空に水球が生まれた。
そしてそれは、空中を泳ぎながら向かっていく。
(……うん? 小分けの瓶になったさっきと、まるで動きが違うぞ)
「火にぶつかっていってほしいまう!! 弾けるまう!!」
<パッシャァ!!!>
「おぉスゲェ!! 水のボールが火事に向かっていったぞ!」
「おいおい、あんなデッケェ『クリエイト・ウォーター』見たこと無いぞ!」
俺たちの出した水のボールに周囲の人たちが驚きの声を上げた。
どうやら俺たちの使う『創造魔法』は、この世界の人たちからみても、その威力が特別なものらしいな。
そうか……消火作業をしている人たちが「クリエイト・ウォーター」を使っていなかったのは、単純に威力不足だったのか。
「これは、水球がマウマウの言葉に……反応してるってことか?」
「僕らが見る限り、そうみたいだね。ユウの『クリエイトフード』も、お願いすればチキンのローストが歩きだしたりするのかな?」
「やめてよママ、湯気を立てて歩くチキンを想像しちゃったよ」
「うん……流石にちょっと怖いね」
マウマウはつぎつぎに水球を生み出し、舌を出している炎に食らわしていく。
炎は水球に当たるたびに激しくはじけ、火花を散らした。水球は炎の中で輝きながら消えていき、その後に霧のような白い湯気が残った。やがて、炎は水球の攻撃に耐え切れず、ひとつひとつ消えていった。
炎はその姿を消していたが、俺は焼け跡の中から何かが動いたような気がした。
(……!!)
「ママ、あそこに子供が!」
「――ッ!!」
俺が言うが早いか、ママはすでに動き出していた。
真っ黒に焼け焦げたガレキを力強く押しのけて、ママは瓦礫のその下掘り起こす。
「大丈夫だ、今すぐ助けるよ!!」
ママの声はいつもの声に比べると上ずっていて、俺は「えっ」と思った。
子供を助けたいという願いの他に、何かもう一つあるような――
(あっ……ボケっとしてる場合じゃない!)
俺は彼の背中に近づき、ママを手伝おうとしたが、それは止められた。
「ユウはここで待ってろ! 危ないから!」
彼は両手で焼け落ちた柱の下の方に爪を立てると、畑の大根を引っこ抜くようにして柱を持ち上げようとする。しかしそれは炎にあぶられ、焼け焦げた建物のバランスを崩してしまう行為だった。
骨組だけになった屋根が傾き、ざぁっと黒い雨のように破片が落ちてくる。
(あぁ、ヤバいぞ……!!)
<ガラガラ……ドド、ザザンッ!!!>
ガレキが崩れ落ちる音がして、俺は目を見開いた。だが、辺りは落ちてきたガレキがまきあげた灰のせいで向こうがよく見えない。
「まうー!」
「待つんだマウマウ!」
灰のなかに飛び込もうとしたマウマウを俺は制止する。
頼む、何とかなってくれ……。
(――ッ!!)
ママが何かを抱えて出てきた。子供だ!!
「助かったぞ、この子は無事だ!!」
ママがそう嬉しそうに叫んだ。
俺が駆け寄ってみると、そこには息も絶え絶えの子供の姿があった。
男の子は苦しそうにして、浅く、速い息をしている。
火事のせいで喉を火傷したのか?
そのせいで息が苦しいのかもしれない。
「どうしようママ、この子、苦しそうだ!」
「ユウ、おまえはアークメイジだろ!」
ママに怒られたことで、俺は「ハッ」と我に返った。
……そうだ、俺の回復魔法が使えるかも。
ただのNPC相手なら、俺もすぐに自分の魔法を使う事を思いついただろう。
だが、俺は苦しむこの子を見て完全にパニックになっていたようだ。
彼が苦しんでいるのは、頭の上に浮かんでいるヒットポイントゲージが減っているからじゃない。そもそもそんなものはない。彼らは生きているんだから。
「清らかなる命の息吹よ、この者に恵みを……キュア・ウーンズIII!」
自分が使える最良の回復魔法を、俺は少年に唱えた。
白光が目に見える風となって集まり、少年の喉をやさしくなでる。
(頼む……効いてくれ!)
光がその姿を消した時、俺は押し黙り、じっと彼の呼吸に耳をすませる。
(……スゥ、スゥ。)
うん、大丈夫そうだ。
深く、静かに息をして、胸が小さく上下している。
ホッとして一気に足から力が抜けそうになる。
しかし――
「ライカンだ……」
「良く見たら、あっちも子供じゃなくてあっちも猫の獣人だぞ」
うっ、不味い……ッ!!
勢いに任せて救助活動してしまったが、そういえばママみたいな姿をしたちょっと危ない連中がいるんだった。
消火のために働いていた男たちは、手に持ったハンマーやツルハシを握りしめる。
このまま戦いになりそうな雰囲気に乾いた唇を舐める。
だが、その時――
「トール!!」
人垣から女性が飛び出してきて、ママが抱えている男の子に駆け寄ってきたのだ。
どうやらこの子の母親らしい。
「ありがとうございます! 魔術師さま!」
「いえ……お礼は命を張った彼にお願いします。彼はウルバン、僕らの仲間です」
「……ウルバンさま、ありがとうございます! ありがとうございます!」
女の人は地面に頭がつきそうなほど、深く腰をまげて感謝する。
肝心のウルバンさまは少し居心地が悪そうだが。
しかし、この光景を見てもなお、血気盛んな街の若者は俺たちに食って掛かる。
「何言ってやがんでぇ、これをやったのはオメェらの仲間じゃねぇのか!!」
「そうだぞ! べらんめぇ!!」
参ったな。
これは生半可なことでは収まりそうにないぞ。
「これをやった連中は、僕らとは違います!!」
「なんだと! 同じような格好してるじゃねぇか!」「そーだそーだ!」
「いいえ、僕らは『デュナミス』と言います。これをした彼らとは違います!」
だが、これは良い機会でもある。
エネルケイアの連中に、自分たちがやったことの意味を教えてやらないと。
「僕らが追っているのは『エネルケイア』という組織に加わった危険人物たちです。彼らは僕らの世界から逃げ出したのです!!!」
「「「な、なんだってーーー!!」」」
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