見鬼

新川キナ

第1話

 季節は五月。新たに始まった生活にも慣れ始めた頃のこと。


 しとしとと降る雨の中。傘を指して友達の雪ちゃんと登校していた時。不意に空へ視線を上げると、厚い灰色の雲の下を、揺らめくオレンジ色の炎がフラフラと漂っていた。


 思わずの事だったので、その光景に見惚れてしまう。すると隣りにいた友人のユキちゃんに声をかけられた。


「どうしたの?」


 視線をユキに移して答える。


「あー。空……」


 私の言葉に、ユキちゃんも傘を傾け、雨の落ちる空を眺めた。


「あー。毎日毎日、雨ばっかりで嫌になるね。そろそろ太陽が恋しいよ」


 その友人の言葉に私は、もう一度、空を見上げた。そこにはやはりオレンジ色の炎が漂っている。


 しかしユキには視えないようだ。だから雨の話題だと思ったのだろう。


 私は意識を友人の方へ向けて頷いた。どうやら陰火いんかだったらしい。



・・・



 さて自己紹介をしよう。私の名前は園原澪そのはらみお。中学1年生だ。


 突然だが皆さんに私の秘密を一つ打ち明けようと思う。それは私には普通の人が視えない世界が見えるのだ。いわゆる物の怪と呼ばれるモノ達が。妖怪。霊。あやかし。呼び名は何でもいい。とにかく視えるのだ。


 先程、視えていたモノは、いわゆる人魂(鬼火や狐火とも)と呼ばれるものだ。


 5月や6月という季節は結構よく視える季節で、だから私は、この時期になるとかなり憂鬱だったりする。


 なぜこの時期に、よく視えるのかというと夏への節目だからと考えられている。夏というのは人に限らす様々な生き物が活気づく。生き物が活気づくと、あちらのモノ達も活気づくのだそうだ。


 幽霊というと陰気な感じだが、夏に登場する機会が多いのは、そのためだ。


 話を元に戻そう。


 このことを両親はもちろん知っている。


 だけどモノが視えるという私を、両親は病院へと連れて行った。


 すごく現実的な親だ。私も自分が病気なのだと思ってた。とある出来事が起こるまでは。


 その出来事が原因で私達は、引っ越しを余儀なくされ、とある地方都市へと移り住むことになった。


 その出来事とは端的に言うと、私が人の死や病や災いを言い当てたことにある。


 そうだな。どこから話せばいいか。

 

 物の怪達は、気が付いたらそこにいた。


 私にとってはそれが普通で当たり前の事だった。しかし親からしたらたまったものじゃないだろう。娘が何もない空間に向かって手を伸ばし、話しかけたりしていたのだから。


 物の怪たちに人の世の理は通じない。彼等は私が彼等に気づいていると知ると、寄ってくるのだ。モノによっては、私の体調を悪くするものもいた。


 だからか、自然と彼等から距離を取るようになり、見ても見てない振りをするようになった。それが身を守ることに繋がったから。


 そうして私は少しずつ彼等との接し方を学んでいった。


 そしてそれを後押ししたのが精神科の主治医だった。主治医はもちろん、私が幻覚を見ていると思っている。幻覚との接し方は気にしないようにする。無視をする。というもので、私が考えた対処法と一致したのだ。


 だから私は素直に主治医の話を受け入れた。


 そして私は私が病気なのだと思った。


 だから主治医は病気への対処法を知っている凄い人なのだと思っていた。


 だけれど、その認識は次第に変わっていく。主治医の言うことと実際に視ている存在に誤差が生じ始めたのだ。


 私が視ているモノ達は幻覚ではないのだと。


 それどころか……


 それどころか彼等は、物の怪達は真実を語る。嘘の多い人の世で、その裏に生きる彼等は真実を語り、真実を見せる。その存在を証明するかのごとく。


 最初に気づいたのは、小学4年生の頃。


 学校帰りに、とある家の門の前で、それを見た。フードを目深に被ったローブ姿の物の怪を。私はそれは忌避するものだと直感し、すぐに遠ざかった。


 そして数日後。そこを通った時に喪服姿の大人が出入りしていたことで、あれは死を意味している存在であることを知った。


 そのことを主治医に話したが信じてもらえなかった。


 もちろん両親にも話した。両親は私を理解しようとはしたが、信じてはくれなかった。


 私は私の視たものを誰かに信じてほしかった。


 そして、私は秘密を当時の親友に打ち明けた。親友は信じてくれた。


 私はそれが嬉しかった。そして親友は私に死神という存在を教えてくれた。


 そして始まったのが、死神探しの旅。


 街なかを歩きまわるのだ。そして死神や不吉の兆しを見つけたら親友に話した。そして後日確認に行くのだ。


 そんなことを繰り返していたある日。大人が訪ねてきた。


 知らないおじさんだ。


 そのおじさんは私に尋ねた。「おじさんの側に何か視えるかね?」と。


 私は、少し戸惑ったけど、本当のことを話した。


「うん。不幸の兆しが視えるよ。火事だね」


 こうして連日、私の元へ人が訪ねてくるようになった。私は見えているモノを正直に話していった。それが何を意味しているのかも分からずに。


 最初に知らないおじさんを視てから、2ヶ月が立ったある日。ついに両親が学校に呼び出されて、事の経緯を知ることとなった。


 その後の両親の行動は早かった。


 仕事を辞め、夜逃げ同然に地方へ引っ越ししたのだ。そして今に至る。


 新しい生活にも慣れた。


 しかし私は、二度と他人には物の怪達が視えるということは話さないだろう。話せば今ある生活を全て失うことになるのだから。

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