第18話 ロマンティックな統合失調症観
「統合失調症は脳の病気」というフレーズの第二の問題点は,
筆者の友人が語ってくれたエピソードを引き合いに出そう。
その友人が勤務している大学で、フランス文学科に採用されたばかりの若手の男性講師が,海外旅行中に「再燃」し,帰国後は妻を締め出して家に閉じこもってしまった。
ご両親がかけつけたが,本人はキャンパス中をご両親や保健管理センターの相談員や仏文科の同僚と追いかけっこを演じるなどしてキャンパスをあげて大騒ぎになったあげく,病院へ運ばれていった。
ところがこの騒ぎについて教え子の仏文科の学生たちが何と言っていたかというと,「さすがだ」と男性講師を称賛したというのである。
そして,その後はさしたる再燃もなく無事に定年まで勤めあげたのだった。
筆者が思ったのは,これが大学以外だったら,否,大学でも仏文学科以外だったら,患者は単に排除されただけだったろうということだった。
日本におけるフランス文学の受容には,ジェラール・ド・ネルヴァルや、バルザックの名作『ルイ・ランベール』に象徴される,ロマンティックな統合失調症観の伝統があった。
それがスティグマ化への防波堤となり,男性講師のそれ以上の再燃を防いだのではないかと思われたのである。
ちなみに、ジェラール・ドゥ・ネルヴァル(1808- 1855)は、19世紀に活躍したフランスのロマン主義詩人。
中東への旅行の経験に基づいて幻想的な作品を残したが、精神錯乱に苦しめられ、首をつって自死した。象徴派・シュルレアリスムの先駆者として20世紀後半より再評価が進んだ。
代表作『オーレリア、あるいは夢と人生』の冒頭にある「夢は第二の人生である」という言葉は、江戸川乱歩が座右の銘としたところという。
同時代の文豪バルザックの『ルイ・ランベール』は、同名の主人公の神童と
友人が
過度の知的芸術的努力を続けたあげくに精神的破局におちいるという、天才と狂人は紙一重の説の例解みたいな小説ともいえよう。
この、天才的人物が知的芸術的探求のはてに狂気に陥るといった統合失調症観を、最近の生物学
オルタナティヴな(生物医科学的見方以外の)統合失調症観としてもう一つ重要なのに、伝統的シャーマニズム的統合失調症観がある。
シャーマニズムとは、神がかりになってお告げをする巫女(=シャーマン)が中心の宗教をいうが、長くなったので次回に回そう。
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