第3話
過酷な旅となった。行けども行けども人の居る痕跡は見つからない。
どこへ行っても瓦礫の山で時には地面に、とても大きな穴が空いていることもあった。山の一部が欠けていることもあった。
「これってクレーターなのかな?」
そう思ってエフは空を見上げる。
「隕石でも落ちた? それとも爆弾でも落とされたのかな?」
疑問は増すばかりだ。それでも着々と情報は集まっていく。
エフは町から町への移動を繰り返した。
野を超え山を超え、川を越えることもあった。川を越える際、崩れた橋にはとても閉口させられた。
そうして歩いて行った川の下流の先にあったのは当然、海だ。
徐々に感じる潮の匂いは強烈で、それにはとても驚いた。
「海が近いんだ!」
エフの歩く速度が段々と早くなっていく。期待に胸を膨らませて最後には走り出していた。徐々に見え始める水平線。堤防だった瓦礫を超えた先には綺麗な青い海が広がっていた。
「海だぁ。すごーい!」
多分、初めて見る本物の海だったためだろう。その大きさに震えた。感動した。どのくらいだろう。しばらくボンヤリしていたようだ。気がついたら日が沈み始めていた。
「夕焼けの海もまた……」
昼間とは違う、その壮大な景色に思わず涙しそうになった。しかし泣かなかった。いや泣けなかったのだ。
「今日は、ここで一泊しよう。朝焼けも見てみたいから」
そうして海辺で一泊することにした。しばらく歩いて朽ちた民家を見つけたので、そこに泊まることにした。その家には一匹の年老いた猫が住み着いていた。縁側で寝転がっている、そのふてぶてしい姿に思わず笑いがこみ上げてきた。
「ふふ。やあ猫さん。こんにちは!」
エフが声をかけると猫は視線を投げた後でニャーと鳴いた。逃げる様子がないので、エフは猫との距離をゆっくりと詰めて頭を撫でる。
一通り猫の頭を撫でて満足したエフは日が落ちた後の海へ視線を向けた。はっきり言って夜の海は怖かった。
「ねぇ猫さん?」
エフが話しかけるが猫は無言なままだ。しかし構わず話しかける。
「私のしていることって無駄なのかな?」
最近、自分のしていることに疑問を持っている。神頼みの棒倒しも、人を探す行為もだ。
「ねぇ猫さん」
「…………」
「神様っていると思う?」
老いた猫が視線をエフへと向けた。
「人間も……いると思う?」
すると今まで無言だった猫が「にゃ」と鳴いた。それを聞いたエフは小さく笑う。
「ふふ。そっか。そうだよね。分かんないよね。探してみなきゃ…… わかんないよね」
そうしてエフは真っ暗に朽ちた民家で一晩を過ごしたのだった。
・・・
朝日が昇り始めた。真っ黒だった空がオレンジ色の空へと変わり、次第に白く、そして青へと変わっていく。
少しだけ海にも入ってみた。
「うへぇ。くすぐったい」
砂が足の下を流れる感触がくすぐったくて、でもそれがまた気持ちよくて、やっぱりしばらくボンヤリしていた。
それから、本来の人を探すという目的を思い出したので海辺を捜索したが、やはり人の姿は見つからなかった。
仕方がないので、そこからまた別の方角へと進む。
今度、進むは草原だ。それはもう広大だ。地平線が見える。海とは違う壮大さに、やはり足が震えた。
「世界って凄い……」
エフは、その凄さに圧倒されそうになったが、同時に自分のちっぽけさを思い知った。自分のしていることは、この広い地球の中で、たった一つの希望を探す旅だからだ。
「本当に人間は居るのだろうか? もう本当は滅んでしまったんじゃ?」
自問自答する。もう何度その事を考えたかわからない。しかしその度に頭を振って、エフは前へと進んできた。
棒を倒し、神頼みをしながら。
「神様。どうか私をお導きください」
すると途中で森を見つけた。とてもとても大きな森だ。どれだけ大きいのかもわからない。しかし他に行く宛もない。もうここを行くしか無いと決めて進む事にした。
エフは森を歩き始めた。食料と飲料は手持ちにあるだけで、これが尽きた時がエフの終わりのときだ。
「それまでに見つけなくては……」
執念。何としてでも人を見つけるという。その思いを胸にエフはひたすら森を歩き続けた。森は深く、道は今まで以上に険しい。沼地や小川を見つけるたびに迂回を余儀なくされた。
雑多な生態系が織りなす過酷な旅。
それでもエフは諦めない。諦められない。
森を探索していく過程で、転んで体を守った際に腕が取れた。
「ありゃ。取れちゃった」
エフは、この時になってようやく、自分が感動しても泣けなかった理由を知った。
「私、ロボットだったんだね」
次に転んだときには、かばう腕が一本なかったので、頭から地面に激突した。その際に右目にあたる部分が故障した。
「あう。視界が半分になっちゃった」
そうして森を彷徨うこと七日。ボロボロになったエフは、とうとう人らしき者達が居た痕跡を見つけることが出来た。
「あぁ…… ようやく。ようやくこの旅が終わる」
しかし、ここに来るまでに多くのものを失った。左腕を失い、右目も欠損。髪も服もボロボロとなっていた。しかし目的は果たせたのだ。
「神さまも。人に繋がる存在も、居たよ。希望は……確かに此処にあったんだ」
エフは、そこで静かに役割を全うした。
樹上では、その様子を不思議そうな目をしたリスたちが見ていた。
・・・
暗い室内。ほとんど廃屋となっている場所で静かにコンピュータが動き始めた。
『シリアルナンバーA230521。探索型......知的生命体の痕跡を発見』
3Dプリンタが再び動き出す。探索は終了した。今度はコンタクトするためのアンドロイドが必要となったのだ。そこで接触型のアンドロイドの作成が行われ始めた。工場が再び動き出す。
・・・
生み出されたアンドロイドには一つの目的が加えられた。それは見つけた痕跡へ向かい、知的生命体とコンタクトせよ。だ。
生み出されたのはやはり女性型で、名前は前任者の名前に習ってエフと名付けられた。見た目も前任者と変わらない姿で作られた。
「いよっしゃ! ジャングルへ向けて出発だ! 知的生命体め。どんと来いだ」
そう叫んで、すぐに訂正した。
「あっ! こっちから行くんだった」
こうしてエフ二号の旅が始まった。エフ一号と同様に地下で荷物をあさり、街で食料と水を集めて目的地へまっすぐ進むのだ。
目的地に到着したエフ二号は、さっそく知的生命体と接触を始めた。今、エフニ号の目の前にいるのはリスだ。ただし大きさはエフの腰ほどはある。色は地味な茶色で短毛。
まずはこのリスたちの言語を習得することからエフニ号の挑戦が始まった。
言語と呼んでいい程には発達していたのだ。
かつて人類が繁栄していた世界においては、実に様々な言語があった。滅びた言語も含めれば、それはもうほんとに沢山あった。そのために言語とは研究され尽くしており、そのパターンさえ読み取ってしまえば翻訳はそれほど難しくなかった。
エフ二号も当然それに習ってリス達から言語を聞き取っていった。
ちなみにエフニ号の水も食料もリス達から貰った。彼ら彼女らはとても好奇心が旺盛で、エフニ号の周りをよくチョロチョロとしていたのだ。
そこで言葉を覚えたエフニ号は彼らに知識を与えた。まずは火の使い方からだ。最初こそ怯えていたが、次第にその輝きに魅入るようになった。そして次に道具の使い方だ。元々が手の器用なリスたちだったので、苦もなく教えることが出来た。
火を使い、道具を作るための道具も作り出せるまでになった。原始的だが言語も喋り、次第に文字と呼べるようなものも使うようになっていった。
しかしまだまだだ。そこで進化を止められては困るのだ。エフニ号は、その後も根気よくリスたちに知識を与え続けた。
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