崩壊した世界で

新川キナ

第1話


 暗闇の中で少女の意識が覚醒を始めた。


「ん……」


 小さく欠伸をして、少し寝ぼけた感じで口を開いた。


「ここは?」


 目を覚ました少女が目を擦りながら、自分の置かれた状況を確認するために辺りを見回した。


「何…… ここ、どこ?」


 そうしてしばらく考え込み、ぼんやりとしていた少女がコテンと首を傾げて口にした言葉。それは……


「私…… 誰?」


 見当識障害。どうやら彼女はそれに陥っているようだった。


「これはクマった。私。自分が誰だか分からない…… ここが何処だかもわからないよ!」


 困っているはずなのに少女の言動には随分と余裕がある。とりあえず少女が自分の身体を確認すると、そこには一糸まとわぬ自身の姿があった。


「おぉ! 私、全裸!」


 驚愕する少女。しかしおかげで自分が女性であることは分かった。


 とりあえず服を着た方が良いだろうと辺りを見まわせば、寝ていたベッド横の棚に衣服や靴が用意されていた。簡単に畳まれただけのそれらを下から順番に身に付けていく。


「自分で脱いだのかな?」


 ここで寝る前の自分を思い出せない以上、考えても無駄だと理解した少女は次に鏡を探すことにした。自分の顔を見れば自分が誰なのかを思い出すかも知れないと思ったからだ。


「それにしても、ここは何?」


 そこかしこに散乱する鉄のガラクタ。壁は白いコンクリート製だが、大きなひびが入っている。そしてよく分からない機械が部屋の壁の一部に沿って並んでもいる。


「なんだろう、これ?」


 少女の鼻を刺激する金属とオイルの匂い。


「手術室? それとも研究室かな?」


 そう呟きながら鏡を探して歩くことに。ついでに喉も乾いたので水も探す。探すついでに辺りを見て回る事にもした。


 部屋を出て廊下に出る。そこもあちらこちらが、ひび割れた白いコンクリートの壁が続いている。


 建物の様子を観察して分かったことは、どうやらここは古いビルの様な場所で無人の廃屋だということだ。


 しばらく歩いているとトイレの場所を記す標識を見つけた。鏡も水もあるだろうと指示に従って進んでみる。


 見つけた先にあったトイレのタイルは割れ、個室のドアや壁も朽ちて壊れていた。


 カビの匂いが鼻につく。


 しかしそこには大きな鏡があった。だいぶ汚れているが、それでも自分の顔は確認できる。少女が確認した自分の顔は良くも悪くも普通だった。年齢は17,8歳ぐらいで髪も瞳の色も黒。肌は白に近い黄色だ。


 それを知った少女がニヤリと笑う。


「まぁあれよね。特徴がないっていうのはそれだけ整っているってことよね!」


 フンすと鼻息を荒げて自分で自分を励まし、ついでなので水は出るだろうかと蛇口を捻ってみる。


「おぉ。出たよ。出たけど…… 汚い?」


 水道の蛇口から出た水は茶色く変色していて汚いので、それを使うのは止めて改めて飲み物を探した。何かの施設だったのなら自販機がある可能性に思い至ったからだ。


「自販機、自販機どこですかー」


 自作のへんてこりんな歌を歌いつつ自販機を探して歩く少女が、はたと気がついた。


「おぉ! 私、名前がない!」


 そこでとりあえず、自分で自分にエフと名付けた。たまたま目に入ったのが地下五階を示す「B5F」のFの文字だったからだ。


「まっ。思い出したら改名すればいいよね!」


 何処まで言ってもポジティブ思考なエフは、そのまま建物の中を探索して回ったのだった。


・・・


 建物内を彷徨った結果、幾つかの収穫があった。まずは飲み物だ。倉庫のような場所に所狭しと並べられたダンボールの中には水の入ったペットボトルが大量に入っていた。ついでに食べ物も手に入れた。ブロックタイプの非常食で、これも倉庫の中に大量にあった。


 職員の更衣室らしき場所も発見した。ロッカーの中にはリュックサックがあった。それも登山用の大型タイプのものだ。


「登山が趣味だったのかな?」


 そんな発見をしながら、飲み物と食べ物を集めて、他に使えそうなものがないか地下全部を回ってみたが、それら以外には有用そうな物は何も発見ができなかった。


 地上へと続く階段を上がると目の前には鉄の扉があった。


「もしかしてここってシェルターだったのかな?」


 扉は人が一人通れる程度には開いていた。


「誰かが出ていった? それとも私が入った時に開けたのかな?」


 そっと扉に近づき隙間からそっと外を見る。そこは広々としたロビーだった。そしてロビーの先に見える風景に驚愕した。


 そこでエフが見たもの。それは崩壊した世界だった。建物という建物が倒れ、また崩れている。


 ちょうど時間は真っ昼間だったらしく太陽がジリジリと辺りを照らしている。濃い陰影が落ちた外を見てエフが呟く。


「暑そうだなぁ。このまま地下に戻っちゃう?」


 しかし地下に戻っても現在の自分が置かれている状況は何もわからないのだ。仕方がないので暑い暑い外へと出た。


「ふへぇ。やっぱりあぢぃ」


 それでもエフは情報収集のために、今にも倒壊しそうな建物に近づき観察を始めた。


「建物を這っている植物の具合から考えて、崩壊してから結構な年月が経っているよね」


 そうして、また一つ知識が増えたことに満足して歩き始めた。目的は人だ。


「他に人が居ないか探そう。とりあえず、この周辺の建物の探索からだな。私のことを知っている人がいるかも知れないし」


 こうしてエフは周囲の探索を始めたのだった。

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