幕間2『師匠、勇者との旅路で犯した最初にして最大の過ちについて語る』

「どういう……おつもりですか……?」


 「言ったろ? 身の程を教えてやるって」



 ――これは1年前の記憶。


 私――ルヲ・スオウが勇者パーティ……”五虹の勇者”オルディオ・ゼイビス率いるそのパーティと共に、災魔獣を討つべく旅をしていた頃の記憶。


 私が初めて彼らの前で力を振るって……その直後に、味方であるはずのオルディオから剣を突き付けられた、あの日の記憶だ。


 〇


 この一件について語るには、少し時間を巻き戻す必要がある。 


 それは旅路の途中で数日かけて山を越える必要があった時のことだった。



 「道中長いですから、魔法を使い過ぎてマナが枯渇しないようにしなければいけませんねぇ。アレばっかりは、寝て起きれば回復という訳に参りませんから」 



 そんなことを、準備の最中にパーティメンバーであるサミィ・ランペインが話していた記憶がある。


 魔法とは端的に言えば、”マナ”を消費して発動する力である。

 そしてマナは自然物から発せられるエネルギー……この世界に生きる生物はその誰もが知らず知らずにマナを体内へ取り込みながら生きている。

 そして体内に取り込んだそれを、人間であれば”魔石”を通じて力として体外へ放出するのが魔法なのだ。


 故に必然、一度に使える魔法は体内に累積しているマナの量だけ。一度体内のマナが枯渇すれば、再び吸収・累積されるまでその使用は叶わない。

 概ね半日から丸一日で十分に累積するとはいえ、それで問題ないのは依頼を終えれば安全な場所で休める普通の冒険者の話。

 魔獣はびこる山でマナ切れを起こせば、足止め、退却、ともすれば命の危険すら大いに有り得てしまう。サミィの心配は最もだった。



 「では、山中での戦いは私に任せてください。私の輝皇拳であれば、山中を抜けるまで魔獣を一手に引き受けても十分保ちます」



 だから、私はこう返した。

 輝皇拳……”気”を用いた武術と魔法を比較したときの、圧倒的優位性はまさにそこだった。

 自然からの供給を意識しなければならない魔法と違って、”気”は極論命ある限り尽きることはない。


 山を越えるという目的を出来る限り素早く遂行するためには、私が先頭に立つことが最適解だと、そういう考えだった。


 そんな私の提案に対して、サミィはただ曖昧に笑うだけだった。

 違和感はあったが、私一人に任せることに気後れがあるのかと、そう判断した。


 しかし……彼女の真意は分からないが、その判断は大間違いだったのである。


 次の日、入山し、魔獣と遭遇した時、皆が戦闘態勢に入る前に、それを一掃した――その数瞬あとだった。


 

 「……なにをしゃしゃり出てんだ、コラ」


 「え――ぅぐっ!?」



 不意に背中へと走る熱い痛み。

 まさか魔獣の討ち漏らしかと咄嗟に身を翻せば、そこに敵の影はなし。


 代わりにそこに”あった”のは――真紅の魔石。

 さながら水中を揺蕩う魚のように、独りでにその場で浮遊していた。


 その異様さに目を見張るのと同時、魔石からこちらに放たれる炎弾に、先程の痛みはコレによるものと理解する。



 「これは……っ!? みなさん気をつけ……」



 不意の襲撃者に仲間へと警戒を呼び掛けようとして……気づく。


 魔石に襲われる私を前にした彼らの様子は、敵に襲われる仲間を見るそれではまるでない。


 シャオは私が倒した魔獣の骸を足で小突き、こちらを見てすらいない。

 サミィは食事を共にした時などとすら変わらない微笑みのまま、場違いなほど穏やかに襲われる私を見ている。


 そして……オルディオ。

 窮地に真っ先に動くべき勇者たる彼の表情に、その頃の私が知る彼の爽やかさは欠片もない。

 己の不機嫌さを主張する子供のように唇をむっつりと結び、向けている視線はこちらを無言のうちにこちらを責めるべく細められている。

 その手には彼の得物である諸刃の大剣が握られており……その刀身に据えられる四色の魔石は、その一つを欠いていた。


 それを見て、私はようやく気付いたのだ。

 今まさに私を襲うこの魔石は、普段オルディオの大剣に収まっている火の魔石、そのものであるということに。


 そしてオルディオは深い……本当に深いため息を吐いてから、



 「――お前にさ、そういうの期待してないんだよね」


 「な、何を……」


 「添え物で居られないなら、分からせるしかないだろ――身の程、ってやつを」


 そんなことを口にして、その刃をこちらに向けたのだ。



 〇



 「身の程……? さっきから何を言って……私は、ただ……っ!」


 「あー、いい、いい。アンタの意見とかいいから。つか喋んな一旦」



 そして場面は冒頭に至る。


 私が必死に声を張っても、オルディオは失笑を含んだ言葉で全て切って捨て、攻撃の手を止めることはしない。

 むしろその剣から一つ、また一つと新たな魔石が飛来して、その度に飛び来る魔法の種類と数とが増えていく。


 やがて四色全ての魔石が私の周囲を飛び回り、炎弾を、風刃を、岩槍を氷剣を放ち続けるようになった頃には、言葉を投げかける余裕すらなくなっていた。

 もはや四方八方から飛来するその魔法を捌くのに手いっぱいで、困惑もあって喘ぐような短い言葉を吐くことしかできない。



 「無……断で……ッ!先行したのは……謝り、ますから……ッ!いったん話を……ッ!」


 「そうそう、ありゃよくねぇよ。面はいいけど我の強そうな女だなァとは思ってたけどさぁ、あんな露骨に男の面子潰すのはダメって分からんかね。いや、田舎で腐ってた女じゃ無理か」


 「おん……っ!? 何の……!?」


 「まぁぼちぼち猫被ってのも飽きてたし? そろそろどっかで分からせかっなぁ~とは思ってたけどさ。……っつか、しつっけなぁオイ。いい加減当たっとけやカス」



 ……分からない。まるで分からない。


 出会ってから今までのオルディオ・ゼイビスの好青年ぶりは、どうやら偽りだったらしいことは流石に理解できる。

 だが露わになったその本性が、行動が、口にする言葉が、まるで理解できなかった。



 仲裁、助言……何でもいいからと求め、目を向けたパーティメンバーたちは、目の前の異常をまるで他人事のように見つめて……いや、観戦している。


 サミィは変わることのない笑みをむしろ今まで以上に強め、ずっと私に興味を示さなかったシャオは顎に手すら当てて興味深げに私の足掻く様を眺めている。


 なんだ、これは……?

 私は……一体、何の集まりに、加入してしまったんだ……?



 「……っ! ハァッ!!」



 仕方なく私は、一度状況の理解を諦めた。

 自分を襲う相手を、同じパーティの仲間ではなく、敵対存在として再定義する。

 そうすることで冷静さを取り繕い、気を安定させる。


 そして周囲を取り囲む4つの魔石を一掃すべく……全身に満たした気を、一気に放出した。


 球状に放射された気は魔石全てを飲み込んで、破壊は叶わずともその機能を抑えることは出来たらしい。

 ふらふらと動きを緩めていき、やがて完全に静止する前に、オルディオの大剣へと戻っていく。



 「あ”? テメェ……」


 乱れた気と呼吸を整えていると、オルディオの苛立ちに満ちた声に意識を引き戻される。

 

 そしてそちらへと視線を移すと同時、大剣を握るオルディオの拳が、青筋が浮かぶほどに強く握られているのに気づく。

 その拳からマナが漲り、魔石へと注がれていくのも。


 それも、ただのマナではない。離れていてなお分かるほどの、膨大で圧倒的なまでの力が。



 (あれだけの魔力を、この局面で……っ!?) 


 

 衝動的とも言えるこの一瞬でこれだけのマナが収束されていることにも驚くが、今この瞬間に、それが行われつつあることに言葉を失った。

  

 もし彼が握る大剣が振り上げられ、その力を解き放つ前段階となっただけでも、凄まじいまでのマナがこの場に荒れ狂うはずだ。

 そんなもの、今この時に使っていいものではない……”山を越える”という目的の下でも、ただ感情のままに仲間に撃ち放つという状況でも。



 (仕方ない……!)



 理由はどうあれ、彼を怒らせた私にも非があると気が引けていたが……もはやそんなことを考えている場合ではないと判断する。


 そう判断して刹那、脚に気を纏わせ、右拳へも気を集める。


 そうしている内にオルディオはその刀身にマナ迸る大剣を、今まさに振り上げんとしていた。


 間に合うか――と、思考する時間すら惜しい。

 地を蹴り、飛び出し、拳を握り――引き絞る。



 「もういいわお前、そういう態度なら――」


 「――でぇあッ!!」


 「っ!!?」



 大剣が天高く振りかざされる――それと同時。


 気を纏わせた我が脚は、一瞬でもってこの身をオルディオの真正面へと運び、彼が大剣を振り下ろすそれより先に一撃繰り出すことを可能とさせた。


 そして繰り出すは気を纏った拳の一撃……ではない。


 放った拳が狙うは、オルディオが振り上げた大剣――その魔石。

 刀身に収まるそれへと向かって、拳を突き出し、しかし、寸前で止める。

 そしてその瞬間、拳に溜めた気を一気に放出する!


 されどその力の目的は破壊ではない。気の密度を散らし、広く大きく放ったそれは剣もオルディオも傷つけない。


 そうして放った気は、現象としては豪風の如くオルディオの全身を貫くように吹き荒れ――大剣で迸っていたマナの全てを巻き上げ遥か上空へと吹き抜けて行った。



 「な……にぃ……っ!?」


 「あら」


 「へぇ~~?」



 気に身体を押され尻餅をつくオルディオが驚愕に喘ぐ。

 状況の急変についていけなかったか、立ち尽くしてこちらを見るばかりだった他2人もそれぞれ声を漏らしている。


 そんな三人の反応に……正直言って気を向ける余裕はなかった。

 この状況を、オルディオを傷つけることなく収束できたことへの安堵で、その場にしゃがみ込んでしまいそうな程の精神的に疲労感に襲われていたから。


 しかしそういう訳にもいかないと、おヘソに気合を入れ直してオルディオに向き直る。


 ……ハッキリ言って、今の行為は粗相で済むような話ではない。

 仲間に対して殺意を以て武器を振るおうとしたのだ、それこそ先程の拳を直に当てられても文句は言えない程だろう。


 ……しかし、結果として私はそれを阻止できた。

 そして、彼との会話を怠り勝手な判断で先行したことはこちらの非である。


 ……カザクが聞けば「そんなことはありません! 正しいのはいつだって師匠です!!」と声高に叫んでくれそうだな、なんて考えが過る。


 けれど、ここで彼との旅路を見限れば残る選択肢はカザクと元へと変えることだけ。

 そうなれば災魔獣の危難が去ることはなく、故郷への凱旋も叶わない。


 それに、縁あってこうして旅路を共にする仲間となった以上、オルディオと、彼を選んだかつての仲間を信じたいという気持ちもあった。


 だから、私は、未だ尻餅をつく彼に手を差し出した。謝罪の言葉と共に。



 「すみません、しかし、こうしなければ話も――」



 その瞬間に、全身を怖気が走る。


 怒りで紅潮しきった顔。見開いた目は血走り、口は歯を食い縛るように閉じられている。


 これまで彼と過ごした時間はほんの僅かなものでしかないが、それでも見たことがなかった程に――否、生きてこれまで覚えたことのない程の、強い負の感情がそこにはあったから。


 ――今にして思う。

 私のこの旅路における、最大の過ちがあったとすれば、それは……このとき差し伸ばした、この手だったのではないか、と――


 次の瞬間、手に走る痛み。


 それが、オルディオによって振り払われたものだと理解した時には、彼は自分の力で立ち上がりズンズンと去っているところだった。



 「うふふ、ご苦労様でぇ~す」


 「ふぅん、なるほどなるほどぉ」



 やがて残る二人も一方的に言葉をぶつけた後、二人ともすぐに私から背を向けた。


 オルディオは一度も振り返ることなく進み続け、その後を二人が着いていく……決して追い抜くことの無いような距離を保ちながら。


 これが、今の勇者パーティ……。私が、共に旅をする仲間……。



 (カザク……)



 つい、一人残してきた最愛の弟子の名前が浮かんできてしまう。

 ……その弟子の未来のためにも、彼と共に再び故郷の土を踏むためにも……この旅路を、一刻も早く終わらせよう――


 ――その時の私には、そう決意するので、精一杯だった……。



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