俺の師匠が勇者パーティから追放されてブッ壊れるまで

ババセン・ロリモスキー

幕間1『師匠、旅立ちの真意を語る』

 ――これは、1年前の記憶。

 私――ルヲ・スオウがこの無様な身に墜ち、心を失くすに至った日々の始まり。


 そんな地獄の始まりは……



 「ルヲ・スオウさん! アナタを迎えに来ましたっ!!」


 「……はい?」



 ひどく唐突で、爽やか極まりない声から、始まった。

 おぞましいまでの我欲をも包み隠してしまうような、恐ろしい爽やかさから……。



 〇


 「なんと……災魔獣が、また……?」


 「そうなんですよ! そしてそれを討伐するため、ボクらが旅に出たのです! そう――この”五虹の勇者”の名で知られる男、”オルディオ・ゼイビス”が! 10年前のアナタのように!」



 私が弟子――カザク・トザマと共に暮らす家の滅多に使うことのない応接間にて、机を挟み向かい合って話しながら圧を感じさせる身振り手振りで突然の来訪者は声を張り上げる。


 買い出しに村まで降りて行ったカザクを見送って、さて掃除でも思っていたところへ不意に声を掛けてきた端正な顔立ちの青年――オルディオ・ゼイビスと名乗った彼が口にした話は、様々な驚きに満ちていた。


 まず第一にかつて私が勇者の称号を持った仲間たちと共に打ち倒したかの災厄……災魔獣が再び姿を現したということ。

 そしてその鎭災の旅路を、この訪ねてきた彼らが知っていった、ということだ。


 というのも私と仲間たちの鎮災の旅路は、一般的には秘匿されているはずだったからだ。

 

 存在するだけで魔獣を大量に増やし、世界を混乱に陥れる災魔獣……そんな怪物が実在し、その正体も掴めていない。

 そんなことが世に広く知られてしまえば、無辜の人々は絶えず不安を抱くことになってしまう。


 だから、そんなモノの存在は誰にも知られない方がいい――打ち倒した勇士の存在も。

 世界を救った褒章は、自分たちとそれを知る者たちの胸で誇られていれば、それでいい。


 そんなことを旅を共にしたリーダーから言われたときは、そういうものかと何の感慨もなく賛同していたものだが……1人の弟子を育てる身となり、自身以外に大切な存在を持った今、その意味がよくわかる。


 それはさておき、そんな訳で秘匿されているかつての旅路と、災魔獣の存在。

 その二つを知ることは、突然現れた彼らの自称する”王国からの使者”という身分に信憑性を宿させていた。



 「リヲさん、アナタには私たちの旅に水先案内人として同行してほしいんです。詳しいことな~んにも分からない災魔獣ですけど、一度お倒しになられてるアナタがいれば安心ですもの~」


 「は、ハァ……」



 そんな気の抜けるような物言いで話すのは、オルディオ青年の同行者であり、彼の隣に座ってニコニコと笑っている女性――サミィ・ランペインだった。


 豊満な肉体を派手な格好で包むという見るからに男好きしそうな雰囲気……間違ってもカザクとは対面させたくないというのが、正直な第一印象。

 だがここに至るまでオルディオより前に出ることなく、三歩下がって従う位置取りを保ち続けているのもまた印象的だった。


 そして、同行者はもう一人。



 「…………」


 (み、見られてる……すごく、見られている……っ)



 オルディオ、サミィの両名と比べて明らかに身長も年齢も下であろう彼女――後で知るが、名前をシャオ・ラクシアという少女である。


 彼女に関しては、最初の出会いでは一切口を開くことなく……しかし話に興味を持てず部屋の中を見渡すというようなこともなく、ひたすらにじっっっっと私の顔を見つめ続けていたことのが記憶に焼き付いている。


 ――そして、先に言ってしまうが……このシャオに関しては、最後までほんっっっっとうによく分からなかった。本当に行動の全部がよく分からない少女だった……まぁ、これはおいおい触れると思う――


 さて、こんな奇妙な三人組から受けた災魔獣を討伐する鎮災の旅路への協力要請だが……私としては、話を聞いた時点で既に同行する意識を固めていた。


 災魔獣……ヤツをそのままにしておけば、被害は広まる一方だ。そうなれば、家族や大切な人を失い、悲しみに暮れる者も増えるだろう……カザクと同じように。


 10年前は、ただ要請されるがままに受けた旅路。しかし今の私には、そんな起こりうる悲劇を看過することが出来なかった。

 これからを生きるカザクの生きる未来から少しでも厄災を取り除ければと、すでに彼らと共に行く覚悟を固めていた。


 だが、そんな思案をする私の姿が、オルディオには迷っているように思えたらしい。

 そして、顎に手を添え視線を落とし、これは言うか迷ったのだけれど……とばかりに口にした――


 ――そして放たれた言葉こそ、私が力を失うに至るまで、彼らの元に留まり続けることを選んだ理由。

 今になっては真偽も分からない、遥か昔に闇へ包まれた景色へと不意に差し込まれた光明……



 「ところで、なんですけどね、ルヲさん」


 「? ハイ、なんでしょう」


 「所在も含めたアナタのことなんですけどね? 実は――”アナタの故郷で”、伺ったんですよ」


 「―――――ッ!?」



 ……告げられ言葉と同時に襲った心臓を掴まれたような感覚を、今でも思い出せる。


 私の……故郷……。

 私がかつて生まれ育ち、多くの者とその力を高め合い、そして――捨て去った場所。


 

 「みんな、アナタのこと心配してましたよぉ〜?掟とはいえ、まだ子供のアナタをほったらかしで悪いことしたってぇ〜」


 「っ、ま、まさか、そんなことは……本当に……?」



 もはや驚きに漏れる息と区別もつかないような問いかけに、サミィは穏やかに頷いて返す。

 けれど、そんな言葉を聞いて最初に抱いたのは……そんなことは有り得ない、という感情で……。


 だって、私は……私は彼らにとっては……”死んだことに”……なっているはずなのだから……。



 私が産まれ育った故郷――名前もないその村は、私と同じ”スオウ”の者だけが世俗と切り離されて暮らす隠れ里。

 そこでは誰もが輝皇拳の技術を磨き、その力を高め、次の世代へと繋いでいくことだけを生きる目的としていた……私も含めて。


 閉じられた里の中だけ完結する世界。そこにはかつて全てがあった。

 競い合う友、教えを授けてくれる師、厳しい掟、そして、いつかこの力を世界のために役立てるのだという夢、そんな全てがあった……全てと思い込んでいたものがあった。


 私もまた、そんな里の人間として、他の者と同じように生きていた。

 他の者と同じように疑問を持たず……しかし、他の物よりは誇りを持たずに、だったが。

 ただ言われるがままに、掟に定められるままに、里の中で生きていたのだ。


 ……掟、そう掟だ。

 里には厳格に過ぎる掟があった。それこそ破った者がどんな罰を受けようと皆が受け入れるほど私たちの中に刻み込まれた、そんな掟が。


 その最たるものが、”輝皇拳修めし者が里より外で暮らしてはならない”という掟。


 その禁を犯す者が居れば、里は必ずその愚者を連れ戻し、裁きを下した……共に暮らしていた誰か諸共。

 私が幼い頃にも、姿を消したかと思えば、しばらく後に連れ戻され、その後また姿を見なくなった者が居た……今度はもう二度と、その姿を見ることはなかった。


 そんな掟のある里で、そんな光景を見て育った私はそれでも、その掟に背いてしまった。

 背いてしまっても構わないと思えるほどの……未来カザクと出会ってしまった。


 だから私は……自らの死を偽装した。



 やったことは単純だ。


 私がカザクと出会ったのは、災魔獣を討ち倒して里へと戻るまでの”帰り道”でのこと……。

 旅を終えた仲間たちが語る”これから”にあてられ……彼らの勧めもあって里でも旅でもない景色を見るべく敢行した、遠くて長い帰り道の途中でのことだった。


 つまり、その時まだ里へと災魔獣討伐の報せを届ける前だったのだ。


 だから、その報せを仲間たちだけで頼み、その時いっしょに伝えてもらった……リヲ・スオウは、災魔獣との戦いで名誉の戦死を遂げた、と。


 そして私は故郷を失い、自由を手にした。


 この選択に迷いがなかったわけではない。

 もし死の偽装がバレたら、手を貸してくれた仲間たちやカザクも巻き込むことになってしまう。

 だが……里への負い目や罪悪感よりも先に、そんな心配が先に浮かんだ自分に気づいた瞬間に、迷いはもう消えていた。


 あとは里に見つかったと分かればスグに逃げられるよう準備だけ整えておきつつ、この備えが役立つことのないよう願いながら過ごしていた。

 そして今やそんな用意にも、すっかり埃が被るようになってしまっていた――



 〇



 「ルヲさん? ……オイちょっと」


 「っ! す、すみません、ちょっと考え事を……」



 呆けていた頭を刺々しい声で乱暴に揺り起こされる。

 慌てて取り繕うが、未だ頭には混乱が巣くっていた。


 だって、私は故郷の皆からすれば掟を破った裏切り者のはずだ。

 秘匿すべき輝皇拳を、一族以外に伝授しようとする異端者にして不心得者……それだけが、里の人々にとっての私だと、ずっとそう思っていた。


 なのに、彼らは私の生存も居場所も知りながら、連れ戻すことも抹殺しようともせず、平穏に暮らすことを許してくれていた……?


 そんな私へ、サミィが両手を組まえながらに言う。



 「彼らはこうも言っていましたよ? “災魔獣を再び討伐した暁には、好きに里へ顔を見せにきてよい”……とね」


 「ほ、本当に……?」



 私の問いに、彼女はニッコリ笑って頷いた――


 ……里に未練を残していたつもりはない。

 けれで、時折思うことはあった。

 里にある両親の眠る墓へ、カザクを連れていきたい、と。


 私を産んでくれた二人に、その先へと更に連なる未来が出来そうなのだという報告がしたい。

 そんな風に、思うことはあった……。


 もし本当に、再びの旅路で、許しを得られるというのなら……カザクと共に、かの地を踏むことが出来るというのなら……。



 「その表情、お覚悟は固まった……ということで、よろしいですね」



 ……オルディオ青年の言葉に、私は頷きを返した。


 

 そうして私は改めて彼らの旅路に同行する気持ちを固めたのだ。

 純粋な正義感だけでなく、その先に明確な目的を宿して。


 だが……今にして思えば、この誘いの時からおかしかったのだろう。

 ”水先案内人として”……。ただ私が鎮災の旅における先達であるがゆえの何気ない表現と受け止めていたけれど……そう誘われた時点で、何かがおかしいと気づくべきだったのかもしれない。


 10年前に、なぜ私が旅路に加わったのかを把握していたのなら、私の役割は水先案内で収まるはずもないのだから。


 しかし、当時の私の胸に宿っていたのは、望郷の想いばかり。

 そんなことに思い至ることはなく、数日後に私はカザクの元を離れ、彼らの旅路に同行することになる。



 「何か困ったことがあれば俺になんでも言って下さい! 勇者としてお助けしますから!」



 オルディオは紳士的な青年で、途中からの参加である私にも何かと気を遣ってくれた。



 「女性の長旅だと大変こともあるでしょうし~お互い助け合いましょうねぇ~」



 サミィは見た目の派手さに反して意外と大人しいというか、あまり余計な口を開かず静かに笑っているような人物だった。



 「…………」


 (ま、また見ている……っ)



 シャオは……相変わらず謎だった。遠巻き私のことを見ていることがあるだけで、この頃は殆ど関わろうとしてこなかった。


 そんな三人との旅は、楽しい……ということもなかったが、それでも問題らしい問題もなく回っていたように思う。


 だが、そんな関係が大きく変わったのは、旅路の途中で山を一つ越えることになったとき。

 そこで私が、彼ら――いや、実質としてはきっと”彼”の前で、初めて力を見せたとき……更に言えば、力を見せた最後の戦闘の、その直後……。



  「――お前にさ、そういうの期待してないんだよね」


  「添え物で居られないなら、分からせるしかないだろ――身の程、ってやつを」



 そんな後々まで脳裏に刻まれてしまう言葉と共に、私は剣を突き付けられたのだ――

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