第4話 7機
(眠い……)
口の中を手で隠す仕草で大きく欠伸しつつ、家から出る。
師匠は朝が弱いのでベッドの中でまだ就寝中。ただ近頃は早起きの習慣が身につきつつあり、後1時間もすればモソモソ起き出すだろう。
この早起きの習慣を叩き込むのに、どれほど苦労したことか。
そして、外に出て登ったばかりの陽の光を浴び、
「あれ?」
家の前、背の高い木にもたれかかる人物。
アルカが待っていてこちらに気付くと一言、
「あ、おはよう」
「おはよ……なんでいるの?」
「んー……いや、ちょっとね」
判然としない物言いを聞いてこちらは首を傾げる。
「ちょっと薪割りするからその辺で待ってろ」
「うん」
ただ、そこまでは気にせず、そんなふうにやりとりして、俺は家の裏手に回り斧を手に薪割りを始めた。
カンッカンッと小気味良く立てる音は普段から聞いて、どことなく目覚めを感じさせるが、今日はやや集中できない。
妙にソワソワしたアルカに見つめられているからだ。
「あれだね。ナガト兄ちゃんはこんな時でもいつも通りだね」
「……まあ、何があっても仕事をやらないわけにはいかないだろ」
「働き者だね」
「お前と違ってな」
ちょっと冗談っぽい含みを持たせる。
なんとなくアルカがよそよそしく感じられたからだ。
加えて今日は妙にしおらしい。
思い当たることは無くはなかったが、まず無いことだと考えていた。
だから、俺は言いそびれて先にアルカが口を開く。
「昨日の夕方にさ、村の大人達集めて話し合ったじゃん。私いなかったけど」
「ああ、結局まとまらなかったやつな」
俺はその話し合いに顔を出した。
食料は備蓄があるので苦しいが冬は越せるだろうとのことで、その点はさほど時間をかけず話がまとまった。
問題は若い娘を差し出せという要求。
どの家も差し出したがらないのが当たり前。
「でさ、私が行くことになったんだよね……」
手が止まる。斧が中途半端に乾いた木に食い込む。
そちらへ向け下がっていた視線を上げ、アルカの方を見やる。
なんでそんな顔をしている。
いや、そもそも
「なんで?」
「なんでって、そりゃ、誰も行きたがらないし、この機会に村の外に出るのもいいかなぁー……って」
俺は目を瞑る。眉間に皺を寄せる。
なんとなく自分のこめかみを親指でいじった。
そして、前に一歩進み出て
「え」
アルカの両肩に手を置き、ため息をついて。
「お前、馬鹿だろ」
「んえ?」
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、お前、何考えてんだよ」
アルカは気圧される。
「いいか?『六道衆』ってのは鬼畜の集団と言い換えてもいい。そこで女の扱いなんて酷いもんだぜ、一生、子を産む道具で男の奴隷だ。しかも逃げ出そうとして捕まれば薬吸わされて定期的に吸わねえと長く生きられない体にされるし、それでも逃げるなら容赦なく足の腱を切られる。そんな、人を人とも思わない集団で、しかもどこにも逃げ場はない。『六道衆』ってのは嫌われ者だからな……」
「え、あの——」
「やめとけ、やめとけよ。どうせお前、あれだろ?俺以外にまともに話せる奴いなくて村に居場所が無いとか考えてるだけだろ?ナイーブなガキの頃によくある話だ。そんな一時の衝動で人生棒に振るんじゃねえよ。馬鹿じゃねえの?」
「ばっ、馬鹿って何回言うの……」
「ああ?そこ?何度でも言ってやるよ。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿……」
「……いや、もういいよ!分かったよ」
突き放す様に、ぐずる様にそう言った彼女。
ともかく分かってもらえた様で何より。
つーか、何考えてんだ本当。
「でもさ、本当にどうするの?あの人達の要求断って助かった例ってあるの?ていうか、なんでナガト兄ちゃんはそんなに詳しいの」
「そりゃあ、いろいろあったんだよ。師匠と旅してる時に色々とな……うん。んで、要求を断る云々だけどな。それこそ心配ねえよ」
「え、なんで?」
「だって、そりゃあ、まあ、これから大体みんなが朝ご飯食べ始めるぐらいの時間かな。奴らはこの世から魔法みたいにパッと消えちゃうからだな」
「え、それはどういう……
困惑極まれりという顔を見ていて、少し面白く感じ始めていた俺はふと、後ろの方で気配を感じた。
「ナガト!」
家の影から師匠の呼ぶ声が聞こえる。
それに振り向き、
「ああ、今すぐ行きますよ」
快活に答える。
なんにせよ、今日はいい日だ。アルカが色々気にして変な気起こした以外は。
「え、行くってどこに?」
「そりゃあ……ねえ?」
それだけ言い残し、後は背後からかけられる声をキッパリと無視して師匠の元へ小走りに急ぐ。
「邪魔したかな?」
「良いですよ別に、続きは帰ってから話せば良い」
「それもそうだけど、その言い方だと遺言みたいだよ」
「縁起でもない。やめてくださいよ、そういうのは。いつも通りサッとやって戻ってきます。まだ冬の食料は備えておきたいですからね」
◆◆◆◆
——妙な胸騒ぎがした。
マルムークは浅い眠りから目覚めてすぐ、日が昇る少し前に部族擁する操術師各員へ自身の『鋼骨塊』へ乗り込むよう指示。
釈然としない者が大半占める中、しかし付き合いの長い者は妙に納得した様子で乗り込み、発着の指示を待つ。
その納得した連中は知っているのだ。
マルムークの勘の鋭さを。
それが、彼が一族の長として選ばれた
各々、地面からわずかに浮いて待機。
足の形状から自立のままならぬ『六道衆』カスタム機は、待機中、両膝を付くか、寝そべるか、宙に浮くことで姿勢を安定させる。
そして戦闘に際して更に高高度で浮いておき、射撃で一網打尽にならぬ様散開し、一定の距離を取る。
ちょうどその陣構えが終わった頃だった。
「来た……」
通信を開き、告げたマルムークの声を受け、各員同じ方向に目をやる。
遠く、点のように遠くの方に見える白い物体。それが閃光のように迫り来る。
空気の壁を破り、ソニックブームの空気の輪を
「我々と同じ……?」
色は、六道衆のいずれの機体とも異なる白。白を使わないのはそれが階級を表すにおき、最も下賎な色とされるからだ。
白とはいかなる塗料も使えぬ貧相な色。
だが、形状は、その形状は六道衆特有の全身に刃を取り付けたような全身凶器の装い。
「一体……一機だけで何を」
誰かが言った。
「各々、油断しないように……10年ほど前の話だ。ベテランの連中は知ってるだろうが、我らから『鋼骨塊』を一機奪い取り、逃げた操術師がいた。風の噂でそれらしき存在は知っていたが本当に生きていたとは」
マルムークのその言葉を受けつつ、各々散開した並びから移動。敵は銃器の類をまるで持ち合わせず、銃撃を恐れる必要は無い。
なお、ここでマルムークが思い当たる操術師は女であると告げなかったのは、若手の油断を防ぐため。
村に駐屯する操術師が女という情報も、それを聞いた輩には広めないよう言い含めた。
さらに敵は少数どころか一機であれば油断の声もあがろうものだが、マルムークの並々ならぬ声から察し、そのかけらも見せぬ面々。
そして、マルムークを先頭にその背後、2列、八の字の末広がりに並ぶ。
多数で少数をなぶるための陣形。
その詳細は後に回すとして、ここでは事前に各機体の名称を告げておこう。
まずは先頭。
マルムーク駆る『
全身凶器の装甲でダークパープルの塗装。フォーマルな機体。
その左後方1機目、マルムークの『紫檀鋼晶』によく似たパープルの『
2機目、ダークグレーで腕部にどことなく翼に似た意匠の『
3機目、紫をベースにややくすんだ金色の装飾を散りばめた『
そしてマルムーク右後方1機目、目に痛いまでの紅の『
2機目、あえて刃物的な装甲のほとんどを外し、丸みを帯びたブルーの『
3機目、他の機体が皆眉間に一角を生やすのに対し、唯一左右側頭部から一角ずつ角を生やす『
計7機に加えマルムークから見た敵、ナガト操る『
『鋼骨塊』の運用上、邪道と断じざるを得ない機体のみ敵味方に揃った状況。
しかし、彼らにしてみれば、この戦闘は極めて簡潔に終わるはずだった。
無論、両陣営そのように考えたのだ。
この場で唯一、マルムークとある者達を除いて。
◆◆◆◆
マルムーク駆る『
敵は現状正面から迫り来る白色の一機のみ、銃撃の可能性は皆無――となればやり口に迷うこともない。
「挟み込め」
マルムークが短く指示を伝え、それと同時に、陣形が一つの生き物のように、更にいえば生物の顎のように動く。
マルムークの後方2列に続く計6機はマルムークの『
後方にいた機体から順に速度を上げ、先行する形だ。
もはや距離は近い、敵は方向転換の挙動は見せず、仮に変えようものなら無駄に失速し、敵は盛大な隙を晒す。
それを知ってのことか、真っ向勝負を敵は選んだ。
とはいえ一切の油断を挟まず数で
既に『
先まで並びの最後方にいた『
続く『
要は包囲の陣形だ。
敵機はマルムーク達同様軽量機。
なればこそ、弱点も熟知している。
つまり、軽量機は基本的に止まれば弱い——ということ。
止まって的になれば簡単に堕ちるのみならず、攻撃に移ろうと思えば近づかざるを得ず、それを狙って推進力の乗り切っていれば方向転換もままならない。
そのためこの状況、真正面の『
だから、まずはそれを止めるべくマルムーク駆る『
止まったところを他の先行した4機が背後から刺す。
そしてこの止める役割を果たす3機の内、先んじたのはマルムーク除く2機。
これは事前に決めた役割。
敵から見れば前方左右から『
果たして……
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