第十一章 平穏の中の理

あの事件から八日が経ち、秀明館高校の事件の当事者達は安閑し、普段の生活リズムが戻っていた。


 


昼休み。御神が宮内の席を訪れている。




「宮内、君に訊きたい事が幾つかあるのだが良いかい?」




「良いよ。これであの時、交わした約束事は守れるって事だね」


 


御神が両目を瞑った。




「ああ、そうだな」


 


両目を開いて、そう答えた。




「まず君に訊きたい事は事件開始直後の事だ。ハイジャック犯に一階のロビーに連れて行かれた。その時、一階のロビーには本当に既にハイジャック犯が一人いたかどうかだ。教えてくれないかい?」




「うん、確かにいたよ。ちなみにグランドタワーの方も本当にいたって一階のロビーで人質にされていた人が言っていたよ」




「そうか、では次の質問だ。一階のロビーでの拘束期間中、人質の中で誰も不審な動き等をしていなかったか?目隠しされていたから判りづらいかもしれないが、判る範囲で教えてくれないかい?」




「俺は拘束されながらもずっと耳を研ぎ澄ませていたが、そんな人いなかったと思うよ。いればハイジャック犯達にロビーを爆発させられていたからね」




「流石だな。そして、最後の質問だ。ハイジャック二日目の六月九日六時半以降、ハイジャック犯は一度も一階のロビーに戻って来なかったか?これも目隠しされていたから判りづらいかもしれないが、判る範囲で教えてくれないかい?そして、グランドタワーの方も判るなら教えてくれないかい?」




「いいや、目隠しされていて何時だかはハッキリと判らなかったけど、六月九日の朝頃にハイジャクの足音が聞こえなくなってから、随分後になって足音が二回聞こえたよ。多分、二回目は君の足音だったと思うけど、一回目はまだその時生きていたハイジャック犯ではないかな。そして、グランドタワーの方も六月九日の朝頃、ハイジャクの足音が聞こえなくなってから、随分後になって足音が二回聞こえたらしいよ。多分、これもその時まだ生きていたハイジャック犯と君だと思うよ」




「分かった、有難う。君に訊きたい事は以上だ。俺の方は考えが纏まってからまた改めて話すよ」




「分かった。もう直ぐで今回の事件の真相が解りそうって顔だね」




「ああ、大体のこの事件の全体像がイメージ出来てきた。後は証拠と根拠とあるモノ達の発見で全て辻褄が合う事になる」




御神が真顔になり、突然、携帯電話の音が鳴った。




「もしもし、安藤警部ですか?例の物の結果が出たのですか?」




「ええ、出たわよ。例の物からは篠坂さん、今川さん、利恵さんの指紋が検出されたわ。そして、貴方が予想した通りあの二つの血液型は違っていたわ。一体これはどういう事なの?」




「分かりました。しかし、その詳しい事情についてはまた後日お話しさせて頂きます。また、何かありましたら、こちらからお電話させて頂きますが宜しいでしょうか?」




「・・・・・分かったわ。それじゃあ」




 御神が電話を切り、一言。




「予想通り」








御神君が僕の元へやって来た。




恐らく、あの事件の事を訊きに来たのだろう。




それ以外に僕に用がある筈はない。




「三堂、あの事件について実際にグランドタワーで事件に巻き込まれた被害者である君に幾つか訊きたい事があるのだが、良いかい?」




「・・・・・うん、いいよ」


 


しょうがなくそう答えた。




「サンキュー。覚えている範囲で良いぞ。まずはあの当時のおさらいだ。君達がグランドタワーへ行ったのは三十階の渡り廊下の扉が二枚共開いているのを半籐が発見し、その半籐がグランドタワーへ行こうと言い出し、強引に君や亜理紗はそれに付き合わされグランドタワーへ行き、暫くしてスカイタワーへ帰ろうとしたがその時にはもう二枚の扉は透さんに閉められてしまった後で、仕方なくそのままグランドタワーのオープンパーティーに飛び入り参加した。これで間違いないな」




「うん、そうだよ」




「そうか。そして、六月八日十九時四十五分、グランドタワーのオープンパーティー会場がハイジャックされ、クジ引きをされ、君達全員は運良くクジに当たり、三十五階の3501号室に監禁されるグループになった。そして、翌日の六時半に積王商事にハイジャックの連絡をした事が君達に伝えられ、七時半にハイジャック犯一人が部屋で君達を監視し、暫くしてそのハイジャック犯が突然、福田社長を脅し、その身代わりとして利恵さんが人質になった。そして、八時に直接人質となった利恵さんがそのハイジャック犯に抵抗し、その際、銃が発砲され運悪くそのハイジャック犯の左胸に当たり死亡。これで間違いないな」




「うん、そうだよ」




「そうか。もしかして君達はハイジャック犯達に三十五階の3501号室監禁されている間、トランプや将棋や囲碁などをやっていろとか言われなかったかい?」




「えーと、うん、確かトランプをしていろと言われたけど」




「そうか。そして、ハイジャック犯が死亡した後、直ぐに出払っていた他のハイジャック犯達が部屋に戻って来た。この時、もしかして戻って来たハイジャック犯は三人ではなかったかい?」




「えっ、うん、確かそうだったけど」




「そうか。そして、君達は二人のハイジャック犯に十階の1007号室に連れて行かれ監禁され、利恵さんは一人のハイジャック犯に何処かへ連れて行かれた。そして十二時半、全員で利恵さんを探しに行く事になり、君と氷室さんは三十一階の3102号室でそれぞれ右の顳顬と左胸を銃で撃たれて死体となっていたハイジャック犯二人を発見し、半籐と亜理紗は三十七階の3707号室で右の顳顬を銃で撃たれて死体となっていたハイジャック犯一人を発見した。この詮索の時、何か変わった事がなかったか?また、その探しに行く時のペアや単独行動する人はどうやって決められたのだい?」




「・・・・・うん、実は十三時半に集合する前の十二時五十分頃に後に利恵さんとハイジャック犯の死体が発見された三十階の3004号室の前まで僕と氷室さんが行ったんだ。その部屋は、僕は少し鉄臭い匂いがしたと感じたんだけど氷室さんはそれを否定していたし、チャイムを鳴らしても中からは反応がなかったし、部屋の扉は施錠してあって開かなかったから一先ずその部屋を後にしたんだ。次にだけど、探しに行く時のペアと単独行動は自由に決められたんだ。正確に言うと、桜庭さんと福田社長が単独行動が良いと言ってそうなって、残りのメンバーは、僕と氷室さんペアと大谷さんと半籐君ペアは片方が一緒に行動したい者を指名し決まり、残りの遠野さん、関本さんペアは自動的に決まったんだ」




「そうだったのか。分かった。では話を元に戻すぞ。そして、約束通り十三時半に十階の1007号室の前に集合した君達は、今度は全員で利恵さんを探しに行き、君と氷室さんが先程調べた三十階の3004号室で右肩と左胸を一発ずつ撃たれて死体となっていた利恵さんを発見し、その後、ハイジャック犯の格好をした俺が現れた。これでいいな」




「うん、そうだよ」




「そうか、おさらいは以上だがまだ二つ訊きたい事がある。一つ目、利恵さんが死体となって発見された時に着ていた服と、オープンパーティーの時に着ていた服は変わっていなかったかい?」 




「うん。多分変わっていなかったよ」




「そうか、では二つ目、利恵さんを助けに行こうと一番始めに言ったのは誰だった?」




「えっ、えーと、・・・・・たっ、確か遠野さんが言い出したと思うよ」




「分かった。有難う、君に訊きたかった事は以上だ。・・・・・後、御免な、三堂。あんなハイジャックに巻き込ませちゃって。お詫びに今度何か奢らしてよ」


 


御神君が真剣な表情から急に笑顔になり、僕に謝った。




「えっえ、うっ、うん、有難う」


 


そう答えると、御神君は去っていた。




こんな事を言われたのは初めてだ。




御神君は僕の友達なのか?




気付いたら、奇問攻めなど既に忘却し、何か呆気に取られたような気分になってしまった。








「妙子、あの事件の事がショックで今日も学校に来ていないみたい」


 


昼休み、亜理紗が中庭で仰向けになって青空を見ている御神にそう話し掛けた。




「・・・・・そうか、今日妙子の自宅に行ってみる。後で住所を教えてくれないかい?」




私と透さんとは短い付き合いだったが佳純さんの事を想うととても悲しくなる。




会った事はないが利恵さんも。何故透さん達が・・・・・。




そう考えていると突然「ピーポーン」とチャイムが鳴った。




誰?




暫くして「トントン」と私の部屋の扉がノックされた。




「妙子、いるんでしょう。貴方のクラスメイトの御神君という男の子が心配して来て下さったわよ」


 


みっ、御神君が!




御神君が私の事を心配してわざわざ家まで来てくれたの!




どうしよう!




私の心は一瞬にして悲愴から緊張に変わった。




「ちょっ、ちょっと待っててって言っといて、今着替えるから」


 


夕方だと言うのにパジャマ姿だった私は慌てて着替え始めた。




心配して来てくれたのか?




着替え終わったら、扉を開け「良いよ」と下に告げた。




階段を登る音が聞こえて来る。




心臓の音も。




足音が聞こえなくなった。




扉がノックされる。




私は「どうぞ」と告げた。




扉が開かれた。




久しぶりに顔を見た。




勿論、変わっていなかった。




制服姿だ。




学校が終わってそのまま来てくれたのか。




片手は紙袋で塞がっている。




「久しぶり」と私に告げ、「うん、どうぞ」と返し、部屋に入って来た。




私の顔を見ている。




どうしよう。凄く緊張してきた。




「・・・・・思ったよりも元気そうだな」




「・・・・・うっ、うん。わざわざ来てくれて有難う」




目を逸らしてそう言った。




「御免な。あんな事件に巻き込ませちゃって」




「うんうん。御神君のせいじゃないよ」


 


二人共、暫く無言になる。




「明日は学校に来られそうかい?」




「うん、頑張って行ってみる」




緊張して会話がぎこちない。




いや、気まずい雰囲気だ。




何か音が欲しい。




「テッ、テレビでも観る?」


 


私がテレビのリモコンを手に持ち、適当に番組を選んだ。




今の状況を助けてくれる話題の番組よ、来て。




「・・・・・それでは続いてのニュースです。今朝未明、銀行強盗の容疑で指名手配中だった加賀山大作、浦木次郎、郷司義人が岐阜県美濃市の山林で遺体となって発見されました。三体の遺体は左胸を発砲された跡があり、・・・・・同指名手配犯五人らは今年の三月に東京都世田谷区の三光銀行へ・・・・・また、三人の遺体はスーツ姿で、その内、浦木次郎の遺体のポケットの中には財布と菓子が入っていた模様です。・・・・・また、残る銀行強盗の容疑で指名手配中の有川辰哉と中溝敬三は未だ発見されていません。・・・・・中山さん、残りの銀行強盗犯が仲間を背信して殺害したのでしょうか?」


 


映像がスタジオに切り替わるとアナウンサーがコメンテーターに意見を求めた。




「その可能性はありますね」


 


さっきから黙っている御神君の神妙な顔を見てしまった。




様子が可笑しい。




目がさっきから動かない。




血眼になっているのか?




「・・・・・御神君?」




「・・・・・全てが繋がった。・・・・・妙子、少し電話を掛けても良いかな?」


 


御神君がそう言うと、私は「いっ、いいよ」と言って直ぐにポケットから携帯電話を取り出し、ボタンをポチポチと押し始めた。




「もしもし。安藤警部ですか?御神です。唐突で大変恐縮なのですが・・・・・・・・・・の指紋採集を行ってくれませんか?そして、ツインホテルの全てのVIPルームを一度調べて頂けませんか?・・・・・ええ、そうです。大変ですけど宜しくお願いします。また、今回の事件のあの当事者達を明日の十九時にツインホテルに集めて下さい。・・・・・ええ・・・・はい、そうです。・・・・・俺も向かいます。・・・・・では、失礼します」


 


そう言い終わると御神は電話を切り、真剣な眼差しで妙子を見つめた。




「妙子、君も明日、学校が終わったらツインホテルに行かないか?」




「・・・・・えっ、どうして?」




突然の誘いに戸惑った。




出来ればもうあそこへは行きたくない。




「今回の事件の真相が全て解ったからだ」




「・・・・・っえ」








翌日の放課後、御神が宮内の席を訪ねている。




「宮内、この事件での俺の見解を聞いて貰って良いかい?そして、その見解について反論があるのならば忌憚なくそれを逐一、指摘してくれないかい?」




「事件の謎を全て解いたのかい?」




「ああ、しかし、幾つか不確定な事があるけどな」


 


御神と宮内のディスカッションは一時間にも及んだ。




「うん。君の言う通り幾つか気がかりがあるけど、今回の事件の全貌はほぼその推理が正解で間違いないね」




「そうか、君もそう思うか。長い間付き合わせて悪かったな」




「良いよ、君との議論は好きだから。俺はもう君の推理を聞いて納得したしここに残るよ」




「分かった。大勢の人前で推理を披露するのは初めてで緊張すると思うけど精一杯やって来る」




「うん。頑張ってきて」




「ああ・・・・・よし、皆、名古屋に向かおう」


 


廊下で待っていた僕達四人に御神君がそう声を掛けた。




「うん、行こう」


 


亜理紗がそう意気込む。




御神が田町駅に向かって歩き出し、一言。




「戦慄の傀儡師」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る