第十章 再会
六月八日十四時五十七分。
スカイタワーとグランドタワー、両ホテルに一斉に警察が強制突入した。
しかし、そこには生きているハイジャック犯は誰一人いなかった。
スカイタワーで死体となって発見されたのは東京都港区在住の会社員、当麻省吾、福士大輔、永村秀輝、青葉悟、尾村秀富でグランドタワーで死体となって発見されたのは神奈川県川崎市川崎区在住の会社員、紀田義正、田熊俊郎、坪川勝、古池大吾、伊庭真介であった。
また、爆破スイッチはそれぞれ両ホテルの一階のロビーに置いてあり、それと共に両ホテルで千人もの人々から回収した携帯電話やノートパソコン、タブレットPCも一階のロビーに置いてあった。
斯くして、二十時間以上に及んだ苛烈したハイジャック事件は静かに幕を閉じたのであった。
十五時半、ツインホテル前。
「ずっと会いたかったよ、妙子」
「うん、私もだよ、亜理紗」
ずっと待ち望んだ再会に私達は抱き合って泣いた。
ハイジャックされて一日も経っていなかったが、随分長く感じた。
この風景は随分昔に見たような気がする。
この光景を一生忘れる事はないだろう。
嵐の去った後の暑く乾いた空気が心地良い。
「しかし、ここまで御神君の予想が当たるとは思わなかったな」
解放され、安堵した篠坂が御神に近づき、そう感心した。
「ええ」
十四時十分、スカイタワー。
「一体何だい、良い考えとは?」
篠坂が訝しげに訊いた。
「ええ、先程確認したんですが透さんのポケットの中に三十階の渡り廊下の扉を開ける為のIDカードが入っていました。つまり、我々は今、グランドタワーへ行く事が可能という事です。そして、グランドタワーもハイジャックされているならば、その格好は恐らくこちらのハイジャック犯達と同じ筈です。いや、最悪格好が違っていたとしても仲間がこっちに来たと思わせる事が出来ます。つまり、この中でハイジャック犯と体格が似ている方がハイジャック犯の格好をして行けば、例えグランドタワーのハイジャック犯達がいて見付かってもスカイタワーのハイジャック犯の演技をすればグランドタワーの様子を確認する事位は可能な筈です」
「しかし、もしグランドタワーのハイジャック犯達がスカイタワーのハイジャック犯達が自殺する事を予め知っていたらそれは意味のない事ではないのかい?それだったらその人物が我々スカイタワーの人質の内の誰かの変装した人物だと判ってしまう」
訝しげに篠坂がそう反論した。
「そうなっていたらグランドタワーのハイジャック犯達も死んでいる可能性もありますし、もうスカイタワーに生き残っているハイジャック犯達はいない可能性が高くなります」
「それはそうか。・・・・・で一体その役は誰がやるのだい?」
十四時四十分、グランドタワー。
「・・・・・みっ、御神君!」
「れっ、蓮司。どうしてここに!」
「ほっ、本当に御神なのか?」
僕達高校生組が一斉にサプライズ登場した御神君に問い掛けた。
御神君がハイジャック犯だったのか?
それとも違うのか?
その答えは?
「きっ、君達の知り合いなのかい?」
関本さんが僕達に訊いた。
「はっ、はい、そうです」
大谷さんが代表して答えた。
「安心して下さい。私はハイジャック犯ではありません。そこにいる亜理紗達の高校の同級生です。話せば長くなるのですがスカイタワーからこちらの状況を確認しに来ました」
暫く沈黙が流れる。
やっぱり御神君がハイジャック犯である筈はない。
しかし、状況がイマイチ飲み込めない。
「要するにスカイタワーもやはりハイジャックされていたんだね。そして、向こうはハイジャック犯達が全滅し、我々と同じく自由に人質が動けるグループに属していた君がこっちに来た。そして、さしずめこっちの状況を確認にしに来た理由は警察の突入のタイミングを計る為だね。こっちの状況が分からなければ警察も突入が出来ないでしょうしね。そして、君がハイジャック犯の格好をして来た理由は念の為だね」
桜庭の状況を飲み込むスピードが尋常ではない。
桜庭が的確に言ってもまだこの状況に一知半解な者もいる。
「はい、そうです。・・・・・今、そこに死体となっているのはこちらの人質の内の何方かですか?」
御神がそう八人に訊いた。
「そうだよ」
代表して桜庭が答えた。
「れっ、蓮司、とっ、透さんの妻の利恵さんっていう方よ」
「なんだって!そうか・・・・・」
「どうしたのですか?突然大声を出して」
御神の登場から黙っていた遠野がそう訊ねた。
「・・・・・いえ、スカイタワーでも人質が一人亡くなられて、それが透さんだったものでつい」
「とっ、透さんが!」
亜理紗が愕然とする。
「・・・・・夫婦、揃って死亡したか」
桜庭がそう呟くと、場に痛切な空気が流れる。
「でもまだ残りのハイジャック犯が一人見当たりません。生きているのか、死んでいるのかも判らないですし」
少しの間、無言になっていたが氷室がそう切り出した。
「まだハイジャック犯の一人は発見されていないのですか?もしかして、グランドタワーのハイジャック犯も人数は五人ですか?」
御神が氷室にそう訊いた。
「ええ、そうです」
「すみません。ここに来てからこの部屋のバスルームは確認しましたか?」
「いや、まだですけど」
「そうですか。でしたら私、少し見てきます。他の方は付いて来ないで下さい」
八人にそう告げ御神はバスルームへ行った。
そしてその五分後、御神がバスルームから戻って来た。
「・・・・・皆さん、落ち着いて聞いて下さい」
「一体何なのだい?」
関本が怪訝そうに訊いた。
「はい、実はバスルームで温水のシャワーを浴びながらハイジャック犯が右の顳顬を銃で撃たれ死んでいました」
「なんだって!」
関本が驚愕する。
他の者達もそのような反応だ。
「はい、そのハイジャック犯の死体のポケットの中にはこの部屋のカードキーが入っており、右手には銃が握っていて、死体の近くにはハイジャック犯が被っていたと思われる黒色のニット帽が落ちていましたが、今はその事よりも重要な事があります。現在、スカイタワーでは五人のハイジャック犯が死体となって発見され、グランドタワーもこれで五人のハイジャック犯が死体となって発見された筈です。しかし、これで全てのハイジャック犯が死体となって発見された訳ではありません。ハイジャック犯が我々に嘘をつき、まだ我々の前に一度も現れた事のないハイジャック犯が生き残っている可能性があるからです。何故なら、我々はスカイタワーのハイジャック犯に「グランドタワーはハイジャックしていない」と言われました。つまり、そういう可能性が少なからずあるという事です。そして恐らく、グランドタワーも一階のロビーには爆弾が仕掛けられている筈で、その為我々は不用意に動く事は出来ません。しかし、このままずっと動かないという事もいけません」
「だったら一体どうしろって言うのだい?」
関本がこれからの自分達の行動について訊いた。
「一斉に警察を突入させます」
「それだったら、もし生き残っているハイジャック犯がいたのならば一階のロビーを爆発させられるのではないか?」
「ええ、その可能性はあります。しかし、スカイタワーの方の爆破スイッチは一階のロビーで見付けましたし、グランドタワーの方の爆破スイッチも先程、私が一階のロビーに行き見付けました。しかし、爆破スイッチが二個以上存在し、まだ生き残っているハイジャック犯が爆破スイッチを持っている可能性があります。これはもう賭けです。しかし、まだ姿を見せていないハイジャック犯が存在する確率、そのハイジャック犯が爆破スイッチを持っている確率を掛け合わせて初めて一階のロビーが爆発させられるのです。そして、現在のスカイタワーとグランドタワーの表面上の状況が分かった今が大きな動きをする絶好のタイミングなのです。よって、十分にそれを行う価値はある筈です」
十五時四十分。
嵐はハイジャック事件と共に去って行き、眩い光や清々しい空気が僕を安閑させる。
「俺はグランドタワーで一階のロビーで人質になっていた人達に話を訊いておくよ。そして、それが終わったら一人で先に東京へ帰るよ。君の方はいろいろとこれから忙しくなると思うからさ」
「ああ、分かった。宜しく頼む」
多くの報道陣達、医療関係者達、警察関係者達、人質達が溢れ返っているホテルの前で宮内が御神にそう告げ、去って行った。
「愛知県警の安藤です。今回のハイジャック事件で主要な当事者達として貴方方十六人にお訊きしたい事があるのですが、署までご同行して頂いても宜しいでしょうか?また、その際、全員の指紋採取を行いたいと考えているのですが宜しいでしょうか?」
警官が僕達十六人を集めさせ、ライトグレイのスーツを着た三十代半ばと見られる女がそう話し掛けた。
どうやら階級は警部らしい。
その容姿から漂う峻厳さが僕の表情を引き締めさせる。
中にはショックで言葉を返せない者もいるが、十六人の意見が良いで一致みたいだ。いや、断れないと言った方が正しいか。
暫くして、御神を含むスカイタワーとグランドタワーでグループ2になっていた十六人はパトカーに分乗させられ、愛知県警まで連れて来られた。
僕達は指紋採取を終え、三十畳の広い会議室に案内された。
そこには十六人分の幕の内弁当が用意されていた。
やっとまともな食事にありつけそうだ。
大半の人達が一斉に食べ始める。
箸が止まらない。
しかし、御神君と秋山さんと佳純さんはそんなに手を付けていない。
何で皆、黙々と食べられるんだろう。
私はこの異常な光景に下卑たるものを感じた。
気持ちは分からないでもないが、食欲なんてあるのか?
「妙子、無理して食べなくても良いんだよ」
亜理紗がそう助言した。
「うん、有難う」
「佳純さんもそうですよ」
亜理紗と妙子の会話を横で聞いていた今川が隣に座っている佳純にそう声を掛けた。
「・・・・・ええ、有難う御座います」
三十分程経過した。
食事も終わり全員が無言になり、その様子を見ていた安藤が沈黙を破った。
「皆さん、人心地付きましたか。それではまずはスカイタワーで人質にされていた方々の内の何方か事件の情勢、経緯の委細についてお話しして下さい」
「御神君、我々の中では君が一番事件について深く追求していた。スカイタワーの方は君が話してくれ」
篠坂が御神を推薦した。
他の六人もそれに同意したようだ。
「分かりました。順を追って説明します。まず、六月八日十九時。予定通りスカイタワーのオープンパーティーが開始されました。そして、十九時十五分。オープンパーティー会場がハイジャック犯四人に占拠され、既にスカイタワーでこの会場以外も占拠された事、オープンパーティー会場にいない人達を後一人の仲間が一階のロビーで既に人質として監禁している事、一階のロビーには遠隔操作で爆発出来る爆弾と監視カメラが仕掛けられている事、人質達を二手に分ける事、どちらの人質に属されるのかを主催者である透さん以外はクジ引きで決める事を我々は告げられました。そして、今ここにいる八人が当たりクジを引き、透さんと共に三十五階の3501号室に監禁されました。そして、翌日の六月九日六時半。ハイジャック犯達が監禁部屋に現れ、山光興業本社にハイジャックをしたという内容の連絡をしたという事を我々に告げ、監禁部屋にハイジャック犯を二人残し、他のハイジャック犯達は「やらなければならない事ある」と言い、何処かに行きました。そして、七時。透さんが隙を見てその内にハイジャック犯の一人から銃を奪い、もう一人のハイジャック犯に向かって発砲しました。そして、運悪く銃弾がそのハイジャック犯の左胸に当たり、大量の血が床に垂れ落ち、恐らく即死しました。そして、その直後出払っていたハイジャック犯三人がその部屋に戻って来て、その状況を確認したハイジャック犯の一人が透さんに向かって怒声を浴びさせ、ハイジャック犯一人が透さんを何処かに連れて行き、残りのハイジャック犯三人が我々八人を十階の1007号室に連れて行き、三人が部屋の外から交代で見張ると言い、もし一人でもこの部屋から逃げ出したり、妙な事をしたら見付け次第、一階のロビーにいる人質達も含めて全員殺すと諫められました。そして正午。それまでハイジャック犯の言う通り大人しくしていた我々が部屋の外にハイジャック犯達がいない事を確認すると、口論の末全員で多数決を採り、透さんを詮索しに行く事を決めます。そして私、妙子、佳純、二宮さんはグループ行動、他の人達は単独行動を執りました。但し、一階のロビーへは監視カメラに我々の姿が映る可能性があるという事で行かない事と透さんを見付けられなくても一旦、十三時に十階の1007号室の前に集合する事、エレベーターを使わない事、出来るだけ声を出さない事を約束し、慎重に行動する事にしました。そして、十二時半頃、私達のグループが二十七階の2714号室の部屋の電気がついている事に気付き、その部屋から鉄臭い匂いがしました。そして、その部屋は何故かオートロックストッパーが掛かっており扉を開ける事が出来、その部屋に入ると、二人が左胸、一人が右の顳顬を銃で撃たれ死体となっていたハイジャック犯三体を発見しました。そして、その内一体の死体の手には銃が握られており、その部屋のカードキーはハイジャック犯のポケットの中に、テーブルの上に銃が二丁と床にはハイジャック犯達が被っていた黒色のニット帽三枚が置いてありました。但し、そのハイジャック犯の死体は少し冷たく、部屋には「切りタイマー」が十三時に設定された暖房が掛かっていました。そして、十三時に約束通りに1007号室の前に全員が集合し、透さんを全員で詮索しに行きました。それから少し経って、十三時半頃、三十階の3008号室から血の匂いがする事に気付き、その部屋の扉は閉まっていたので男五人掛りで無理矢理扉をこじ開けました。そして、部屋には右肩と左胸を銃で撃たれ死体となっていた透さんを、バスルームでは熱い温水を浴びながら右の顳顬を銃で撃たれて死体となっていた最後のハイジャック犯を発見しました。但し、ハイジャック犯の方の死体はその前に発見したハイジャック犯達の死体より温かく、右手には銃が握られており、その死体の近くにはハイジャック犯が被っていた黒色のニット帽が落ちてあり、更に部屋には今度は温度が十八度で「切りタイマー」が十八時に設定されていた冷房が掛かっていました。また、その部屋のカードキーはハイジャック犯のポケットの中に、透さんのIDカードは透さんのポケットの中に入っていました。以上がスカイタワーで起こった事の大体流れです」
「・・・・・分かったわ。有難う、御神君。続いてグランドタワーで人質にされていた何方か、事件の情勢、経緯の委細についてお話しして下さい」
ホワイトボードにスカイタワーの方の事件の経過を書き終わった安藤がそうグランドタワー組に促した。
「グランドタワーの方はそうだな・・・・・氷室君、君が語ってくれ」
福田が氷室を推薦した。
他のグランドタワー組も納得している様子だ。
「分かりました。しかし、スカイタワーで起こった流れと大体似たような感じです。六月八日十九時。予定通りグランドタワーのオープンパーティーが開始されました。そして、十九時四十五分。オープンパーティー会場がハイジャック犯四人に占拠され、既にグランドタワーでこの会場以外もハイジャック犯達に占拠された事、オープンパーティー会場にいない人達を後一人の仲間が一階のロビーで既に人質として監禁している事、一階のロビーには遠隔操作で爆発出来る爆弾と監視カメラが仕掛けられている事、人質達を二手に分ける事、どちらの人質に属されるのかを最高責任者である福田社長以外はクジ引きで決める事が発表されました。そして、今ここにいる私達八人が当たりクジを引き、福田社長と共に三十五階の3501号室に監禁されました。そして、翌日の六月九日六時半。ハイジャック犯達が監禁部屋に現れ、積王商事本社にハイジャックしたという内容の連絡をした事と警察が後十分程したら来るという事を私達に告げました。そして暫くして、窓から外を見ると、パトカーがスカイタワーとグランドタワーの周りを取り囲んでいました。そして、七時半。突然五人のハイジャック犯が現れ、「やらなければならない事ある」と言い出し、監禁部屋にハイジャック犯を一人残して、他のハイジャック犯達は何処かに行きました。そして、七時五十分。突然、ハイジャック犯が難癖付けて福田社長に銃を向け、ハイジャック犯が「福田社長の代わりに誰か人質になれば福田社長の命は助けてやる」と言い出しました。そして、利恵さんが福田社長の人質になると言い出し、実際にそうなりました。暫く経って、人質になった利恵さんが隙を見てハイジャック犯から銃を奪い、格闘になり、その格闘中に銃が発砲され運悪くそのハイジャック犯の左胸に当たり、大量の血が床に垂れ落ち、恐らく即死しました。その直後、出払っていたハイジャック犯達が戻って来て、その状況を確認したハイジャック犯の一人が利恵さんに向かって怒声を浴びさせ、そのハイジャック犯が利恵さんを何処かに連れて行き、残りのハイジャック犯三人が私達八人を十階の1007号室に連れて行き、三人が部屋の外から交代で見張ると言い、もし一人でもこの部屋から逃げ出したり、妙な事をしたら見付け次第、一階のロビーにいる人質達も含めて全員殺すと諫められました。そして、十二時半。それまで犯人の言う通り大人しくしていた私達が部屋の外にハイジャック犯達がいない事を確認すると、口論の末、利恵さんを探しに行く事を決めます。そして、福田社長と桜庭さんは単独行動、他の皆さんは二人一組になりました。組み合わせは確か、私と三堂君、半籐君と大谷さん、遠野さんと関本さんでした。但し、一階のロビーへは監視カメラに私達の姿が映る可能性があるという事で行かない事と利恵さんを見付けられなくても一旦、十三時半に十階の1007号室の前に集合する事、エレベーターを使わない事、出来るだけ声を出さない事を約束し、出来る限り慎重に行動する事にしました。そして、十三時頃、私達のペアが三十一階の3102号室から明かりが漏れている事と鉄臭い匂いがする事に気付き、その部屋はオートロックストッパーが掛かっていたので扉を開ける事が出来ました。そして、その部屋に入ると、それぞれ右の顳顬と左胸を銃で撃たれ死体となっていたハイジャック犯二体を発見しました。そして、その内一体の死体の手には銃が握られており、その部屋のカードキーはそのハイジャック犯のポケットの中に、テーブルの上には銃が一丁とそのハイジャック犯達が被っていたと思われる黒色のニット帽が二枚置いていました。また、ハイジャック犯の死体は二体共少しに冷たく、部屋は暖房が掛かっていましたが「切りタイマー」になっており、私達が部屋に入った後直ぐに切れました。そして、丁度同じ頃、半籐君、大谷さんペアが三十七階の3707号室から明かりが漏れている事と鉄臭い匂いがする事に気付き、その部屋はオートロックストッパーが掛かっていたので扉を開ける事が出来たそうです。そして、その部屋を覗くと右の顳顬を銃で撃たれ、その血が床に垂れ落ちて、死体となっていたハイジャック犯一体を発見したそうです。そして、やはりその死体の手には銃が握られていて、その部屋のカードキーはそのハイジャック犯のポケットの中に、テーブルの上にはそのハイジャック犯が被っていたと思われる黒色のニット帽が一枚置いてあり、死体は少し冷たく、部屋は暑かったでしたが、暖房は掛かっていなかったのでついさっきまで掛かっていたと思ったそうです。そして、十三時半に約束通りに1007号室の前に全員が集合し、利恵さんを全員で詮索しに行きました。それから暫く経って、十四時三十五分頃、三十階の3004号室から血の匂いがする事に気付き、その部屋の扉は閉まっていたので男性五人掛りで無理矢理扉をこじ開けました。そして、銃で右肩と左胸をそれぞれ一発ずつ撃たれ死体となっていた利恵さんを発見しました。ちなみに部屋には温度が十八度で「切りタイマー」が十八時に設定されていた冷房が掛かっていました。そして、その直後ハイジャック犯の格好をした御神君がその部屋に現れ、この部屋の来た経緯や委曲を私達に説明し、最後のハイジャック犯がまだ見付かっていないという事を知るとバスルームに行き、熱い温水を浴びながら右の顳顬を銃で撃たれて死体となっていた最後のハイジャック犯を発見しました。そして、ハイジャック犯の方の死体はその前に発見したハイジャック犯の死体よりは温かく、右手に銃が握られていて、その死体の近くにはそのハイジャック犯が被っていた思われる黒色のニット帽が一枚落ちていたそうです。また、その部屋のカードキーはそのハイジャック犯のポケットの中に入っていました。グランドタワーで起こった事件は大体このような流れです」
「・・・・・分かりました。有難う御座いました。氷室さん」
安藤がホワイトボードにグランドタワーの方の事件の経過も書き終え、黒ペンを置いた。
氷室の説明に桜庭が不機嫌な様子だ。
「・・・・・要するに両ホテルのハイジャック犯達は自殺し、透さんと利恵さんはハイジャック犯に仲間を殺害された復讐で殺害されたという事ですね」
安藤がそう推測した。
「待って下さい。あれだけの事をしたハイジャック犯達が急に自殺する理由とは一体何なんですか?計画も仲間をそれぞれ一人ずつ失いましたが、それ以外はそれなりに順調そうにいってそうでしたし、まだ、両ホテルで遺書も見付かっていないのですよね」
誠が安藤の推理を疑問視した。
「両ホテルのハイジャック犯達は山光興業と積王商事に仲間の保釈、海外への逃亡、身代金等の要求をしていませんでした。よって彼らは、最初からそういう事を目的とせず、世間に自分達の存在を知らしめる事を目的とし、その最大のイベントとして最初から自殺するつもりでハイジャックを行った。もしくは自殺するもりは毛頭なかったが、仲間が不幸にも死傷したのが原因で、彼らの計画が狂い、これ以上計画を遂行する事は不可能と判断し、追いつめられたハイジャック犯達は仲間を想い追って自殺を図ったと考えられます。右の顳顬を撃たれていたハイジャック犯達の死体の傷口を調べたら、皮膚の溶け具合と傷口の大きさからして銃を顳顬に突き付けて発砲された事は間違いありませんでした。また、遺書は時期に見付かる筈です」
「・・・・・なるほど」
「でも、ハイジャック犯達が透さんと利恵さんを殺害した理由はこんな事を言っては何なんですが、そんなちんけな理由なんですか?」
桜庭がハイジャック犯達の透と利恵の殺害動機について納得出来ないようだ。
「部屋のカードキーがハイジャック犯のポケットの中に入っていた以上、透さんと利恵さんはハイジャック犯に殺害されたとしか考えられないです。ハイジャック犯達は悪でしたが仲間を大切にする気持ちは持ち合わせていたという事です」
「・・・・・本当に利恵君には申し訳ない事をしたと思う。生前の彼女は我が社の為に精一杯尽くしてくれた」
福田が哀傷に利恵の生前を語った。
「福田社長、本当に貴方は紀田義正に個人的に遺恨を買われる覚えはないのでしょうか?」
「ええ、そんな私怨覚えもなく、それまで彼の顔すら見た事もありませんでした」
「しかし、少なくとも、紀田義正は個人的に福田社長への復讐が今回のハイジャックへの参加理由と考えていますが、福田社長の心当たりがなければそうしたのは何か別の目的を果たす為の方便や魂胆だったという事も考えられますね」
「あのーすみません、兄の死体は何時頃返して頂けますか?こちらの葬儀の段取りもありますし」
突然、誠が言いにくそうに訊ねた。
「そうですね。・・・・・三日程で検視が終わると思いますので、終わり次第、連絡を差し上げます」
安藤がそう言うと二人は携帯電話の番号を交換した。
「現場検証が終了次第、後日、また皆さんには集まって頂きたいと考えています」
「すみません。私は三日後から一週間後までずっと裁判がありますので、再び集まるのならばそれ以降にして頂けませんか?」
榎本がそう懇願した。
「良いですよ。では二週間後の今日という事で宜しいでしょうか?全員分の旅費はこちらの経費で落としますので、領収書の宛名を安藤瑞樹で忘れずにお願いします」
「スカイタワーもグランドタワーも開業が遅れそうですし、大丈夫だと思いますよ」
自虐的に桜庭がそう言い、全員もそれに同意した。
「皆さん、お疲れの所申し訳ありませんでした。本日はお引き取り頂いて結構です」
安藤警部にそう言われ、皆帰り仕度を始める。
僕は正直こんなものかと思った。
あまりにも呆気ない気がした。
人が大勢亡くなったっていうのに・・・・・
そう考えて帰り仕度をしていると御神君が僕達に声を掛けて来た。
「皆、少し外で待っていてくれないか?」
「分かったわ」
大谷さんが代表してそう答えた。
一体、何をするのだろう?
御神君の事だから、事件の事に間違いはなさそうだが。
「安藤警部、お訊きしたい事が幾つかあるのですが宜しいでしょうか?」
御神が部屋から出て行こうとした安藤を呼び止めた。
「・・・・・いいわよ、君、頭が切れそうだから」
「有難う御座います。では早速一つ目の質問です。利恵さんが亡くなっていた部屋には何か妙な物や変わった事はありませんでしたか?」
「いいえ、特にはなかったわよ」
「・・・・・そうですか。では二つ目の質問です。山光興業と積王商事の本社の人がそれぞれハイジャック犯の連絡を受け取ったのは本当に六月九日の六時半頃だったのですか?」
「ええ、それは間違いないわよ。電話を受け取った山光興業と積王商事の社員がそう証言したわ。一応、その着信履歴も調べてみるけどね」
「正確にその内容を覚えていませんか?」
「うーん。そのハイジャック犯から連絡を受けた山光興業と積王商事の社員から直接連絡を受けたのは私ではなかったから正確には覚えていないけど、確か短い言葉で「ハイジャックした」とだけ言っていたと思うわ」
「もしかして「我々はスカイタワーをハイジャックした」と「我々はグランドタワーをハイジャックした」みたいな事ではないですか?」
「ああ、確かそうだったわ」
「分かりました。では三つ目の質問です。ハイジャック犯達は全員東京と川崎の行方不明者達で一致したのですか?」
「ええ、間違いないわ。スカイタワーの五人のハイジャック犯の遺体は東京で行方不明になった会社員、当麻省吾、福士大輔、永村秀雄、青葉悟、尾村秀富で、グランドタワーの五人のハイジャック犯の遺体は川崎で行方不明になった会社員、紀田義正、田熊俊郎、坪川勝、古池大吾、伊庭真介で身元が一致したわ。恐らく、今回のハイジャック事件の為に十人は何処かで組んだのね」
「分かりました。では四つ目の質問です。スカイタワーとグランドタワーの一階のロビーに仕掛けられていた監視カメラの映像は残っていますか?」
「いいえ、残っていないわ。元々その監視カメラにはSDカードやHDDが入っていなかったからね。ハイジャック犯達は恐らくネット経由で携帯電話やノートパソコンやタブレットPCで監視していたのね」
「そうですか。・・・・・では最後の質問です。現場検証の際、スカイタワーとグランドタワーの全ての部屋を捜査するのですか?」
「いや、直接事件と関係があった部屋だけを捜査し、後の部屋はしないつもりよ。一階のロビー以外に時限爆弾が仕掛けられている可能性は少なからずあるけれど、ハイジャック犯達が自殺したのならばその可能性も薄いしね。それにスカイタワーとグランドタワー合わせて千部屋以上もあるからね」
そう言い終わると突然、安藤の携帯電話が鳴った。
「ちょっと失礼」
一言詫びて安藤が電話に出た。
「もしもし・・・・・ハイジャック犯達の遺書がそれぞれのオープンパーティー会場で見付かった・・・・・ええ・・・・・ノートパソコンと携帯電話とタブレットPCも・・・・・分かったわ、それじゃあ」
安藤が電話を切った。
「これでハイジャック犯達の自殺は決定的ね」
「どういった内容の遺書だったのですか?」
「私達が推理した通りよ。両ホテルのハイジャック犯達は社会的弱者で、世間に不満を持っていて、世間に自分達の存在を知らしめる事を目的としハイジャックを行い、その最大のイベントとして最初から自殺するつもりだった。そして、社会的に地位がある福田社長を個人的に恨んだのはよりリアルなハイジャックにする為の方便で、両ホテルの一階のロビー以外には爆発物は仕掛けられていないという事もその遺書に書かれてあったわよ」
「それはパソコンで作成された遺書でしたか?」
「・・・・・そうだけど」
「そうですか。そして、最後にこれは質問というよりお願いで大変恐縮なのですが、スカイタワーの3501号 室で死んでいた青葉悟の血液型とその部屋の壁に付着していた血痕の血液型を調べて頂けませんか?」
「分かったわ。それが私達の仕事なのだから、お安いご用よ」
「御神君。それじゃあ、二週間後また」
「はい、篠坂さん。また改めて」
安藤との会話中、篠坂が御神に暫しの別れの挨拶の為、声を掛けた。
「・・・・・今まで気付きませんでしたが貴方が篠坂さんだったのですか?」
安藤が帰ろうとしている篠坂を呼び止めた。
「はい、そうですが。何か?」
「・・・・・いや、いいえ。何でもないです」
「・・・・・そうかね」
篠坂が首を傾げ、部屋から去って行った。
「篠坂さんがどうかされたのですか?」
不思議に思った御神が篠坂を呼び止めた理由を訊いた。
「いや、利恵さんの部屋から・・・・・・・・・・が見付かったから、つい呼び止めたのよ」
それを聞いた御神は勢い良く部屋から抜け出し、帰ろうとしている篠坂を追い掛ける。
「みっ、御神君。どうしたの?」
安藤の声も届かず御神のスピードはマックスだ。
御神とすれ違った警官達が振り向いている。
「待って下さい!篠坂さん!」
背後からの大声に気付いた篠坂が後ろを振り向いた。
「どうしたんだい?そんなに慌てて」
「ハァ、ハァ、あの、篠坂さん、生前の利恵さんに一度でも会った事がありますか?」
「・・・・・いや、ないよ」
どういう事だ。そんな事はあり得るのか?もしかしら・・・・・・・・・・。
「すみません。呼び止めてしまい」
「?・・・・・ああ、それじゃあ」
そう篠坂に詫びると御神は安藤の元を戻って来た。
「どうしたの、御神君?そんな急に慌てて部屋から飛び出して」
「いえ、ちょっと篠坂さんに話があった事を思い出しただけです。・・・・・
所で、あの利恵さんが死亡していた部屋に合った全ての物の指紋採集は行ったのですか?」
「いえ、まだ全部はやっていないけど、全てやるつもりだわ。その結果は数日後に出る予定だけどね」
「・・・・・後日、その結果を俺にも教えて頂けませんか?特に先程安藤警部が仰った例の物の結果が欲しいのですが」
「ええ、いいわよ」
御神がそう懇願すると二人は携帯電話の番号を交換した。
「それじゃあ、御神君、また今度」
「ええ、失礼致します」
そう安藤に挨拶し、御神が神妙な面持ちで外で待っている妙子達の元へ向かった。
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