落夏

うよに

(1)鮮明

         ***

 肌寒い風が頬を掠めて少し身震いした。


 ふと何かが頭の中で形を成す。それは思い出の類に似た情景や声、顔にも思えた。はたまた感覚的な何か、感情のようにも思われるし、言葉のような文字にも感じられる。

 けれど、答えに辿り着くには余りにも解像度が低くモザイクのように不鮮明でなんとなくの輪郭しかつかめない。そんな曖昧で不確かなもの。


「はぁ」


 色褪せたコンクリートから視線を上に向ける。


 空は淡く、だけど、鮮明に青く蒼く澄んでいて、雲ひとつなく、ひどく輝いていた。


 目を細めながら眺めていたら、ふと鼻先に何かがよぎった。それは眼下という意味なのか目の奥、脳で再生されたものなのかは、こんな僕の目と頭では判別がつかなかった。

 けれど、それは蜃気楼みたいで、だけど、不思議なまでに透明で鮮明だった。

 その正体は心の奥――心と脳が別々なのか一緒なのかどこにあるのかは分からないし、考えたくもない――では分かっていた。水面に吸い込まれるかのように上昇していく泡のように少しずつゆらゆらと揺れて徐々に輪郭を帯びて浮かび上がってきた。

 ――あの夏の記憶。

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