第38話 ちさきとふたりきり(隼人視点)

「長旅で疲れたでしょ、みんな明るい人だけど、うるさいよねえ。ついて来て部屋に案内するからね」


「叔母さん、ありがとうございます」


 叔母さんは2階に宿泊する部屋を用意してくれた。いつもちさきの両親が広島に来た時は必ずその部屋を利用するそうだ。


「ちさき、大丈夫か?」


「うん、手すりがあるから、掴まっていけば、いけるよ。骨に異常あるわけじゃないから心配しないで……」


 ちさきが転んだ時に支えることができるよう、ちさきが先に上がり、俺が後から続いた。


「リハビリの時、何度もやってるから大丈夫だよ」


 俺が一段登るたびに大丈夫か、と声をかけるからか、ちさきが笑いながらそう言った。


「ごめんね、一階に用意しようとも思ったんだけど、2階の方が落ち着くと思ってね。トイレは2階にあるからそちらを利用してね」


 ちさきは、手すりを持ってうまく上に上がる。確かに少し時間はかかるが問題なく上がることができた。


「はい、ちさき松葉杖だよ」


「ありがとうね。持ってくれて……」


「じゃあ、この部屋がふたりの部屋だから、また食事の時間になったら呼ぶからね」


 叔母さんは扉を開けて部屋に俺たちを招き入れて、一階に降りて行った。


「あっ、……えと、その……」


 俺とちさき、ふたり部屋に残される。彼氏彼女の関係とみんな思っているからだろう。部屋をわけてなかった。俺は思わず唾を飲み込む。


「ひゃっ、いつもは簡易ベッドがもう一つ用意されてるんだけどね」


 部屋の目の前には学習机が一つと、その端にはダブルベッド。


「俺、ここに布団敷いてもらうよ。流石に女の子と一緒に寝るわけにもいかないし……」


 俺がおばさんを呼びに行こうと部屋を出ようとした。


「……ちょっと、待って……」


 ちさきが俺の手を握る。ちょっと冷たい。冷たい娘は心が暖かいと言う、どうでもいいことが頭に浮かんだ。


「えっ!?」


「同じベッドで……、そのさ……大丈夫だよ。信じてるから」


 顔を真っ赤にして消え入りそうな声で、ちさきはそう言う。


「そっ、そうだな。幼馴染だしな」


 俺はちさきから視線を外した。目が宙を彷徨う。信じてるから、と言うのは、何もしないから信じてくれてるのか、それとも少し期待も込めて言ってくれてるのだろうか。


「ちょっと座ろうよ」


 ちさきはベッドに腰掛けて、俺に隣に座れと促す。本当に大丈夫ですか。俺も一般的な高校生男子だ。年頃の女の子に性欲を感じないわけがない。


「ここ、暑いよね……」


「そっ、そうだな……夏だしな」


 ちさきはパタパタと手で自分を扇いだ。なんで女の子はこんなにいい匂いがするんだろう。空調は二十度に設定されていて、暑いわけではない。それでも汗が頬を流れるのを感じた。


「ふふふっ、隼人緊張してるよね」


「ちさきだって、緊張してる……だろ」


「そりゃね。わたしは、自分の部屋以外でその男の子とふたりきりになるの初めてだし……」


 高校生になってからは、ちさきの部屋に行く機会もめっきり減った。行ったとしても、一緒に同じベッドで寝るとかあるわけがない。


「えっ!?」


 ちさきが肩を俺の方に預けてくる。俺は思わず唾を飲み込んだ。


「ちょっと、くらいなら大丈夫だよ」


 俺はちさきの肩に手を置いた。ちさきの目が閉じられる。真香に唇を奪われたことはあるが、あれをカウントしないなら、これが俺のファーストキスだ。


 俺はゆっくりとちさきに近づいた。その瞬間、バンと扉が開けられる。


「どう、いい部屋でしょ! ここ、わたしが高校生まで使ってたんだよ」


 優衣さんが思わず苦笑いした。


「あちゃあ、ごめんね。その……、ふたりの邪魔しにきたんじゃないよ」


 俺はちさきから離れて、ベッドから立つ。そりゃそうだよな。誰かが俺たちの様子を見にくるのは、当たり前のことだった。


「違います! ちさきとちょっと話してだけで……」


「いや、ノックするべきだったよ。だって、ふたりはそう言う関係なわけだし……」


「いや、まだ彼女と言っても何もしてないから、その想像してるのとは違いますよ」


「そっか。だよね、ちさきちゃん奥手だからね」


 優衣さんは、ちさきの隣に座ってちさきを抱きしめた。


「良かったね。想いの隼人くんにキスされて……」


「そっ、そんなことしてないですって」


「もう、隠さない……、わたしが入って来なかったらしてたでしょ」


「えっと、その……」


「ちさきを困らせないでくださいよ」


「困らせてないよ。わたしは、ただ……良かったね、って言いたかっただけ……」


 そうだ。この半年間のことを思えば、今のこの当たり前に仲良く話してること自体が奇跡なのだ。


「それにしても、わたしって本当にタイミング悪いよね。もう少し遅かったら良かったのにね」


 いや、それはそれで気まずいだろ。


「お姉ちゃん、大丈夫だよ。みんな心配してくれて本当に嬉しい」


「うん、ちさきちゃんがそう言ってくれて、わたしも嬉しいよ」


 優衣さんは、ちさきと暫くそのまま抱き合っていた。


「で、何か用事あったんですよね」


「そうそう、キスシーンで、忘れてしまうとこだった」


「だから、まだしてないですってば」


「うんうん、大丈夫。黙っとくからね」


 唇に人差し指をつけて、ウインクした。いや、優衣さん、部屋出たら絶対俺がキスの続きをすると思ってるだろ。


「そうそう、30分後、みんなで夜ご飯食べるから降りてきてって伝えようと思ってきたんだ。後、お風呂はちさきちゃん、隼人から入っていいってさ」


「その言い方だと、変な誤解を生みそうですけど」


「分かった? わたしも誤解させようとして言った」


「ちさき、ご飯食べたら先入りな」


「うっ、ありがとう、分かったよ」


「ええええっ、てっきり一緒に入るのかと思ったよ」


 絶対、それおかしいだろ! 仲の良い夫婦でも、人の家の風呂利用するのに一緒には入らねえよ。


「まあ、冗談だよ」


 優衣さんはそれだけ言うと部屋を出た。


「ごゆっくりぃ」


「何もしませんから!」


「えええっ、続きできる時間はあると思うけどな」


 じゃあね、とウインクして一階に降りて行く音が聞こえた。


「隼人くん、ごめんね。お姉ちゃん嵐みたいな人でしょ」


「いや、楽しい人だよ」


「ふふふふっ、実は凄いモテるんだよ」


 だろうな。あれだけ胸が大きくて可愛くて積極的なんだ。男との恋話はかなりありそうだ。


「お姉ちゃんは高校の時から、彼氏がいなかった試しがないんだよ。だから、本当に珍しい」


 高校の時から、ずっと告白されてきたそうだ。告白されたら、とりあえず付き合ってみるらしくて、少しでも気になった相手の告白は全てオッケーしてたらしい。


「お姉ちゃんらしいでしょ。だから、結果的に二股になることも珍しくなかった」


 本当に見たままの人なんだなあ。


「でも、男同士が喧嘩しても、お姉ちゃんに酷いこと言う人は誰もいないの」


「だろうな。なんとなく分かる」


「うん、文句でも言った日には、すぐに別れるからね」


 本当に白黒はっきりさせる性格らしく、俺を気に入ってくれていることも、そんなに深い意味がないんだ、と俺は少し残念に思った。


「ああっ、ちょっと残念がってるでしょ」


「いや、そんなことはないって、俺はちさき一筋だからな」


「あっ、えと、……そっ、そうだね。ありがとう」


 どうも変な空気が漂う。今日のちさきは少し変だ。




――――――




今夜は二人で仲良く???


何するんでしょうね。


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まあ、冗談はさておき、応援よろしくお願いします。


読んでいただきありがとうございました。


十万字は目の前ですが、お話はまだ終わりそうにありません。

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