第23話 リリパット族VS死者の群れ
「どんどん木を切り倒せ! もう死者の群れはすぐ近くまで来ているぞ!」
族長は魔法の使えるリリパット達を鼓舞する。風魔法によって根本から切り倒された大木が、ドン! と倒れて地面を揺らした。
「さぁ、急げ急げ! バリケードがないとアンデッドを食い止められないぞ!」
切り倒された木に何十人もリリパット族が群がり、「エイヤエイヤ」と運び始める。
枝を落とされた丸太は綺麗に並べられ、地面には三角柱を倒したようなバリケードが次々と出来始めていた。
奇跡の泉の周辺は急造の陣地に様変わりしつつあった。
「族長! 汲んできた聖水は何処に並べればいい?」
両手に桶をもったリリパット達が族長に声を掛ける。
「バリケードの後ろに並べてくれ! 決して溢すんじゃないぞ? 神が我々に下さった聖水なのだから」
「はい!」と威勢の良い返事をし、小人達は桶をバリケードの後ろに並べていく。
族長はバリケードに登ると、遠見の魔道具をリュックから取り出した。そして、真剣な表情で覗き込む。
視界に飛び込んで来たのは、血相を変えて走る斥候の姿。一番始めにアンデッドの群れを見付けた者だ。
その遥か背後には、ゆっくりと進む死者の行進がある。報告にあった通り、百や二百ではない。千を超えるアンデッドの群れが、フラフラと体を揺らしながら森を進んでいた。
「……来たか……」
族長は妙に落ち着いた声を出した。覚悟を決めたのだろう。
「族長! バリケードの設置が終わりました!」
若い男のリリパットが声を掛けると、族長は遠見の魔道具を顔から離し、ゆっくりと向き直った。
「皆、持ち場につけ。もうすぐやってくるぞ。アンデッドの群れが……!」
「はい!」という返事があちこちから聞こえ、小人達はテキパキと動きだす。
若い男はバリケードの上に登り、若い女はその後方で聖水の入った桶を構える。いつ、死者の行進が近づいて来ても対応できるように。
それまで騒々しかった奇跡の泉の周辺は、急に静まり返った。
リリパット達の小さな呼吸音だけが聞こえる。
どれぐらい時間が経ったであろう。
バタバタと地面を蹴る音が徐々に近付いてくる。アンデッドの群れを見張っていた斥候だ。
勢いよく陣地に転がり込むと、バリケードの上に立つ族長の傍までやってきた。
「はぁはぁ……。もうすぐ、やってきます」
「あぁ。もう、肉眼でも見えている」
族長は前方を睨む。
死者の行進の先頭は、プレートアーマー姿の騎士だ。ヘルムの奥には髑髏があり、眼窩の青白い炎が昼間でも暗い森の中で、不気味に浮かび上がって見えた。
その後ろではローブを纏った髑髏がプカプカと宙に浮いている。さらに後ろには身丈が三メルを超えるような巨人のアンデッドも見える。
グールが、スケルトンが、得体のしれない魔物の屍が、同じリズムで体を揺らしながら、リリパット達へと迫っていた。
「そろそろだ……」
族長の鋭い声に、男達は手に聖水の入った桶を持ち、バリケードの上で構えた。
ゆっくりと行軍していたアンデッドの群れが、俄かに様子を変える。
先頭のプレートアーマーの髑髏が、物凄い速度で走り始めたのだ。
「来る……!!」
プレートアーマーの髑髏は剣を大上段に構えたまま、駆け込んでくる――。
「今だ!」
族長の声を合図にして、バリケードの上から聖水が勢いよく放たれ、髑髏の騎士に掛かる。
「グオォォォォ……!?」
なんとも不思議な悲鳴だった。戸惑ったような、棒読みのような。それと同時に髑髏の騎士はパタリと地面に倒れ、やがて吸い込まれるように姿を消す。
「さすがは神の聖水だ! アンデッドなど恐るるに足らず……!!」
族長が煽ると同時に、死者の群れが一斉にバリケードに取りつく。が、放たれる聖水によってコロコロと地面に転がり、直ぐに姿を消した。
アンデッドは次々に押し寄せるものの、聖水の効果は凄まじい。一滴でもその体に掛かろうものなら、瞬時に効果を現し、地上からその存在を消してしまう。
リリパット達は奇跡の泉から聖水を汲んではバリケードまで運び、アンデッドに向けて放つ。
気は抜けないものの、危なげもない。
このままいけば、大丈夫。そう、誰もが考えていた時、アンデッドの群れがサッと二つに割れた。その奥から、得体のしれない何かが現れる。
その存在は頭を綺麗に剃り上げた老人のアンデッドに見えた。豪奢なローブを纏い、悠然と歩いてくる。
明らかに他と違う雰囲気に、リリパット達は手を止めて警戒した。
老人のアンデッドはバリケードの前までくると、族長を睨みつける。
「我ハ、アンデッドノ王、アウグスト! 全テノ死者ヲ統ベル者デアル……!! 貴様達モ死シタ後、我ガ軍勢ニ加ワルコトニ、ナルデアロウ……!!」
「ふざけるな! 我々には新しい神がついている! 聖水を食らえ!!」
族長が叫ぶと同時に、四方からアウグストに向けて聖水が放たれた。しかし──。
「効かない……だと……!?」
聖水を浴びたにもかかわらず、アウグストは全く堪えた様子はない。平然と立ち、ニヤリと口元を緩める。
「もう一度聖水を……!!」
再びバリケードの上からアウグストに聖水が放たれるが、ただそのローブを濡らすのみ。全く効果は見られない。
「フハハハ……! 聖水程度デ、我ヲ消滅サセルコトガ出来ルト思ッテイルノカ……!?」
アウグストはゆっくりと一歩踏み出す。
一人のリリパットが手に持った桶を放り投げ、バリケードから転がるよう降り、逃げ出した。
そもそも、リリパット族は貧弱で臆病だ。これまで、アンデッドの群れと対峙出来ていたことが奇跡だったのだ。
恐怖は伝播し、次々と小人達は逃げ出し始める。
「皆! 奇跡の泉に!」
族長は必死に声を上げ、自身も駆ける。リリパット達は縋るように奇跡の泉の周りに集まり始めた。
アンデッドの群れはバリケードを乗り越え、じりじりと追い詰める。
「ここまでなのか……」
泉の周りをリリパット達が囲み、その周りをアンデッドの群れが更に囲んだ。
「神様……」
族長は泉に向かって手を組んで祈り始める。他のリリパット達もそれを真似、一心不乱に言葉を紡ぐ。「神様……! どうかお助けください……!」と。
奇跡の泉の水面には曇った空が映っている。陽の光が照らすことはないように思えた。
「神様……! どうか……!!」
それは誰の祈りだったのだろうか。もう、アンデッドの群れがリリパット達まであと数歩のところまで迫った時、俄かに奇跡の泉が輝き始めた。
徐々にその輝きは強くなる。まるで、泉の底から光が昇ってくるように。水面が泡立ち始める──。
「ぷはぁぁぁぁ……!!!!」
奇跡の泉から現れたのは、その身を光に包まれた偉丈夫と、黒い瞳を持った二人の男だった。
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