第21話 奇跡の泉

 チキがパラム神への生贄として捧げられてから二十日程経った頃、リリパット族の集落ではある噂が広がっていた。


 その噂とは集落の近くに突然出来た、湧き水の泉に関するものだった。


 最初の噂は「泉の水がとても美味だ」というもの。


 噂はあっという間に集落全体に広がり、小人達はこぞって水を飲みにいった。


 そして口々に「確かに美味い」と呟く。


 しかし、噂はそれだけに留まらなかった。


 狩りの最中に怪我をした若い男が、傷口を洗う為に泉の水を使った時のこと。なんと、傷がみるみるうちに塞がってしまったという。


 リリパット族にポーションを作る技術はない。ドワーフ等の別の種族から魔石と交換で手に入れるしかない、貴重なものだった。


 そのような状況で、泉の水は怪我を治してしまったのだ。


 リリパット族は熱狂し、家中の桶や壺に泉の水を溜めた。そして、手を合わせ天に向かって祈りを捧げる。「神様、奇跡の泉を有難うございます」と。


 しかし集落の実力者である族長と司祭は、突然現れた湧き水の泉に対し、素直に喜びの感情を向けられないでいた。


「族長……。どう思う?」


 深夜。集落全体が寝静まった頃に、司祭は族長の家を訪れていた。薄暗い応接の間で族長と司祭は向かい合って座っている。


「どう、とは……?」

「あの奇跡の泉についてだ」


 薄暗い部屋の中でも、族長の眉間に深い皺が刻まれるのが分かった。


「うーん……」と族長は言葉を濁す。


「前回の生贄の件で、パラム神は怒ってらっしゃる筈だ。なのに、奇跡の泉が現れた。この時期に……」

「パラム神からの神託はなかったのか?」

「ない。不気味な程に静かだ」


 族長は司祭の顔色を窺いながら、ぽつり呟く。


「もしかしたら、別の神からの贈り物かもしれないな」

「別の神……?」

「あぁ。パラム神が奇跡の泉を我々に下さる道理がない。それならば、別の神の御業と考えるのが自然ではないか?」


 司祭は眉を吊り上げる。


「その発言、パラム神から神託を受ける司祭としては許容出来ぬぞ?」


 しかし、族長は引かない。


「では、司祭は奇跡の泉の存在をどう捉えているのか? パラム神からの贈り物だと、本当に思っているのか……!?」

「……」

「黙っていては分からぬ。この世界には数多の神が存在することは知っておるだろう? 何故別の神の贈り物ではないと言い切れる?」

「くっ……」


 言葉を繋げることが出来なくなった司祭は悔しそうな表情を浮かべたまま立ち上がり、肩を怒らせたまま部屋から出て行ってしまう。玄関を乱暴に閉める音が響いた。


「ふぅ……」


 族長は緊張から解放されたように、息を吐く。


「これでよかったのか?」


 暗い廊下に向かって問い掛ける。闇の中にほのかに人影が見える。


「そこにいるんだろ? チキ」

「ふふふ」


 若い女の声だった。


「これから、一体何が起こるんだ?」

「私にも分からない。でももう、流れに身を任せるしかないの。きっと悪くない結果になるはず」


 そう言って、女の気配はスッとなくなる。


「流れに身を任せる……」


 族長はチキの言葉を何度も繰り返した。


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9/25に発売予定の『クラス転移したけど性格がクズ過ぎて追放されました』ですが、一部の書店では既に店頭に並んでいるようです! めちゃくちゃ加筆してます!! 三連休のお供に是非!! 

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