第23話 リリナナさん

「よく戻って来たな。無事で何よりだ」


 リザーズが拠点に戻ってきたのは、ベリンガムの襲撃から三日後のことだった。斥候のチェケが【遠見】のスキルを使ってしばらく監視した後、もう危険はないと判断したらしい。


 拠点内の広場にはコルウィルを始め、リザーズのメンバーが全員揃っている。勿論、田川と鮫島も。彼等の視線は俺の横に立つ小柄な女に集まっていた。


「皆、気になっているようだな。では、新しい仲間を紹介しよう。この拠点の警備を担当することになったリリナナだ」

「リリナナだ」


 と抑揚なく言う。しかし、周囲の反応は違った。コルウィルを始め、リザーズの面々は顔を引き攣らせる。顔に脂汗を浮かべ、嗚咽まで聞こえた。


「お前達、失礼じゃないか?」

「ん。失礼」


 とリリナナが頬を膨らませると、何故かリザーズ全員がその身を地面に投げ出して平伏した。


「大袈裟だな」

「ん。大袈裟」


 と言われ、直ちに立ち上がる。こいつら、そんなにリリナナが怖いのか? 確かに不思議な術を使うし、やたらと強いが同じ人間だろ。まるで神にでも出会したようなリアクションだ。


「コルウィル。リリナナは有名人なのか?」


 話を振ると、コルウィルは顔を背ける。


「おい。コルウィル。聞いているのだが……!?」


 再度声を掛けると、「俺かぁ……」と言いながら前に出た。


「リリナナを知っているのか?」

「……存じ上げています」


 めちゃくちゃ緊張している。


「S級冒険者って有名なんだな」

「……そうだな」


 リリナナは少しだけ頬を緩める。嬉しいらしい。


「なんでそんなにビビっているんだ?」

「……いや……その。リリナナさんは、なんというか、お国を一つ、滅ぼされているので」


 国を滅ぼした? なんだそれは?


「リリナナ。そんなことしたのか?」

「過去は捨てた。今を生きている」


 本人は話すつもりはないらしい。しかし気になる。


「よく分からないな。コルウィル、教えてくれ」

「えっ……!? 俺が……!?」

「そうだ」



 ぽつりぽつり話し始めた。


 五年ほど前のことだ。ザルツ帝国の最北端でレジスタンスが独立を宣言したそうだ。


 元々、北方の民は自分達の国を持っていた。それを帝国が武力で脅して百年程前に併合していたらしい。


 併合後は豊富な水産資源を目当てに帝国中から人が集まり、大いに栄えたそうだ。しかし、北方民族の不満はずっと燻り続けていた。


 きっかけは北方民族の王家筋だという若い男の存在だ。レジスタンスは男を祭り上げて武力蜂起し、一気に独立を宣言した。


 そしてレジスタンス政権は北方民族を優遇し、その他の人々を奴隷化した。


 勿論、皇帝は怒り狂った。


 帝国軍を集め、直ちに進軍を開始する。


 しかし、相手は最北の地にいる。軍の到着には時間がかかる。そこで、皇帝は冒険者ギルドにある依頼を出した。「レジスタンスを攻撃し時間を稼げ。首一つに金貨五枚出す」と。


 身軽な冒険者達は一斉に北方に集まり、レジスタンスの首を狙った。駆け出し冒険者のリリナナもその一人だったそうだ。


 リリナナの称号は【屍術師】。あらゆる生物の死体を操作する、非常にレアな存在らしい。ただ、普通の屍術師が同時に扱える屍の数は最大でも十体程度。しかし、リリナナは──


「数千の屍を率いて、一晩でレジスタンスを捻り潰した」


 ──静寂。


 リザーズだけでなく、田川と鮫島まで脂汗を流し始めた。


「リリナナ。やったのか?」

「ちょっと、やった」


 俯きながら照れ臭そうに答える。


「その功が認められ、リリナナさんはS級冒険者になった」とコルウィルが締め括った。


 なるほど。よく分かった。


「リリナナはちょっと変わっているが、普段はただの女の子だ。皆、仲良くするように!」


 一同ピシャリと背を伸ばし、ハキハキと返事をするのだった。

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