東京行きたい。

夜海ルネ

第1話

 私はこの町が嫌いだ。何と言っても、田舎くさい。田舎くさくて仕方ない。


 自分がいま腰掛けている、砂浜を一望できる堤防も、やたら田舎くさい。都会には、堤防なんかないだろう。


「私はこの町にいても、大人の女にはなれない気がするのよね」


「……何言ってんだ、お前」


 私が海を見ながら真面目な顔をして言うと、隣に座る幼馴染は対照的にアホみたいな顔をして、低い声でつぶやいた。


「決めた! 私、高校は東京に行く」


「あ? 何だよそれ。何で急に」


「急じゃないよ。昨日パソコンで調べたの。そしたらね、全寮制の女子校があったの。今から頑張って勉強すれば、特待生として入学できるかも。そしたら、」


「おじさんを困らせずに済むって?」


 私の言葉を遮って、幼馴染はヘラヘラっとにやけた顔で言った。なんだか、馬鹿にされているような気分だった。


「無理だよ、お前には」


「決めつけないでよ。私はやるって言ったらやる女なんだから」


 私は腕を組んで、胸を張った。


 中学3年生の、夏。私──和泉沙奈絵いずみさなえは、東京に行くことを決意した。


 ***


 その日。家に帰った私は、その旨を叔父である“亮にい“に告げた。


 そして、こっぴどく叱られた。


「ダメだ」


「なんで! 全寮制だよ? 女子校だよ? 何を心配してるの?」


「お前を1人で、東京に行かせるわけには行かない」


 亮にいは、いわゆる過保護というやつだった。理由は、分からなくもないけれど。多分、私に両親がいないからだ。


 お母さんは、私が物心つく前、多分4、5歳くらいの時に病気で亡くなった。そのあとすぐ、父親は私を置いて家を出て行った。何も言わず、何も残さず、まるで最初からその家にいなかったみたいに、ひとつの痕跡も残さないで、出て行った。そのまま、現在も行方知れずだ。


 それから私は、父親の弟である和泉亮佑いずみりょうすけ、亮にいに引き取られた。亮にいは町で小さな喫茶店を経営していて、私も時々、店番の手伝いをすることがある。


 お母さんに先立たれ、父親に捨てられた私を憐んでいるのか、叔父である亮にいはとにかく私に対して過保護だった。どこに出かけるにしても、防犯ブザーを携帯させた。何かあったら、この紐を思いっきり引っ張るんだぞ、と、数十回は言われた。


 そんな様子だから、今回の私の東京進学も、許してはくれなかった。


「このっ……」


 あぁ、また。余計な言葉が、喉の奥から顔を出す。


「亮にいの、過保護ジジイっ!」


 小学生か、私は。もう中学3年生にもなって、小学生みたいな捨て台詞しか吐けないのか。我ながら情けなくなる。そして、亮にいがそんな私の低俗な言動に表情ひとつ動かさないのが、余計に腹立たしい。何なんだ、みんなして。


「こんな田舎、大っ嫌い! 絶対抜け出してやるから!」


 今に見てろよ、亮にいも、あの馬鹿な幼馴染も。私はどすんどすんと足音を立てて、亮にいが呑気にコーヒーを啜る居間を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る