第35話 一緒にいたい
世界中の竜を助けるという大きな計画のために、まずは支援してくれる国を取りまとめるために機関を設立した。その代表はヘラルドで、本部は厚意と他国へ行く利便性からグラスネスに置いた。
それと同時に、グラスネスを訪れる際に身を隠していた森に小屋を建てた。小屋は、ヘラルドが中にいてもわたしに触れられるようにと、一面の窓を大きくしてわたしの顔が小屋に入れられる仕様になっている。これは、わたしとヘラルドで考えてお願いしたものだ。
わたしは街に行くことができないので、ヘラルドと一緒に過ごすためにとグラスネスの人が小屋の建設を提案してくれた。ずっとテントで寝るのも辛いだろうと思っていたから、わたしもヘラルドもその提案を有難く受け取った。
それからヘラルドは忙しい毎日を送った。
機関の本部でいろいろな事務作業をしたり、数人で世界中の国に行って竜の群れを見てきて、見張りをするための建物をどこに作るか近隣国と相談したりと、たまに顔を合わせては今回はこういうことをしたとわたしに教えてくれた。
わたしも遠出する時は一緒に行きたかったけど、ヘラルドだけではなくて他にも同行する人がいたから、それはできなかった。二人は乗せられるとは思うけど、大抵二人以上だったから無理だった。
明日からの所用も今までと同じようなものだった。
「ヨリ、また行ってくるね。帰ってくるのは……1か月とかそれくらい後になるかな」
(……うん、分かった! 頑張って!)
たまの休みに小屋まで来てくれたヘラルドは申し訳なさそうな顔をしながら言った。わたしも、精一杯平気なふうを装ってヘラルドにエールを送った。
ヘラルドがいない間、わたしの面倒は機関の人が見てくれることになっている。ごはんは数日おきに持ってきてくれるから、生活には困らない。
でも、身体は問題ないけど、心はとても寂しかった。
もっとヘラルドと一緒にいたい。その思いは日に日に強くなっていた。わたしは実感していたから。終わりが見えてきていることを。
竜は最低でも200歳は生きる。わたしは今150半ばで、あと50年弱は確実に生きる。でも、ヘラルドは今60代になったところ。もし100歳まで生きたとしても、わたしはきっとまだ死なないだろう。よっぽどのことが起こらない限り、絶対に先に死ぬのはヘラルドだ。
そのことを最近は特段考えるようになった。一緒にいられる時間にはもう限りがあるから、少しでも長く一緒にいたい。
でも、ヘラルドが頑張っているのに水を差したくないし、竜を助けるというその願いを応援したい。
だから、今日も感情を押し殺して、ヘラルドを笑顔で見送る。
(、いってらっしゃい!)
「……」
(ヘラルド……?)
いつもならいってきますと返ってくるはずなのに、ヘラルドは黙ったままだった。どうしたのかと呼びかけると、ヘラルドと視線が交わる。
「――ヨリ、一緒に行こうか」
(え!? で、でも、他の人もいるんだよね? その人たちと同じ時に到着しないと、いろいろとやりにくいんじゃ……?)
「大丈夫。俺だけでもやれることだから、同行するつもりだった人には、別の国や竜の群れに行ってもらえば、仕事が倍進むよ」
(たしかに……、でも、ヘラルドひとりだと大変なこと、あるかもしれないし、やっぱり……)
きっとヘラルドのことだから、わたしの思いを読み取って、わたしのためにと無理を言っているに違いない。いつもそうだった。心の中で思っているだけで外には送っていないことなのに、なぜかヘラルドはそれを分かってくれていて、自分のことは後回しにしてわたしを最優先にしてくれた。言葉にするのは恥ずかしいけど愛されているんだと思えた。
とても嬉しいけど、今回は逆にわたしがヘラルドのことを考えて遠慮しようとした。彼の負担になりたくないから。
「大変かどうかは行ってみないと分からないけど、仮に大変だったとしても、ヨリの顔を見ればそれだけで疲れとか全部吹き飛ぶよ」
(っ!)
「俺はヨリと一緒にいたいんだ。……ヨリは?」
ヘラルドの手がわたしの頬を優しく這う。
ずるい。わたしが断りにくくなるようなことを言うなんて、ずるい。ヘラルドはたまにこういうところがある。そして、わたしはそんなヘラルドに弱い。
添えられた手に擦りつけるように顔を動かす。
(ヘラルド……)
「ん? なあに?」
(わたしも、一緒に、いたいから、いいかな……?)
「もちろん!」
嬉しそうに笑うヘラルドに背中を向けて身体を低くする。現地では忙しくなるだろうからあまり会話できないかもしれないけど、飛んでる間はたくさんできる。何を話そうかな、とこの後のことを期待して考えていたけど、ヘラルドが全然乗ってこないから、後ろを振り向くと口元を押さえて笑っていた。
(な、なにかおかしいことした!?)
「っああ、いや、ごめんごめん。予定が急に変わったから、本部に一度行かなければいけないんだ」
(ぁ……そ、それなら、早く言ってよっ!)
一度は断ったくせに、ひとりでウキウキして気が急いてしまって、恥ずかしい。冷静に考えれば分かることだったのに、久しぶりにヘラルドと長く一緒にいられるから、楽しいと嬉しいという感情でいっぱいだった。
「楽しみにしていたヨリがかわいくてつい」
(かっ! また、そうやって……)
「ヨリは今も昔も、ずっとかわいいよ」
ヘラルドは愛おしそうに微笑んで、わたしの頬へと顔を寄せた。
この行動も、かわいいという言葉も。長く一緒に過ごしてきても、全然慣れなかった。
それから、本部で用事を済ませてきたヘラルドを改めて背中に乗せて飛び立った。昔よりも少し軽くなっていたような気がした。
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