第34話 助けるために②
オズウェンはその静寂にもお構いなしに言葉を続ける。
「彼女は彼女の意志で、彼――ヘラルドと旅をしていますよ」
(オズウェン……ありがと)
「そうは言われても、ねぇ……」
同意を求められた人たちがそれぞれで頷く。オズウェンが助けてくれても、ほんの数人しか納得してくれなかった。わたしの思いを代弁してくれる人がふたりに増えても、これだけしか変わらないなら、もう無理なのではないか。そうわたしは諦めていたけど、オズウェンはまだ諦めていなかったようで、顎に手を当ててなにかを考えていた。
「んー……それじゃあ、彼女が言った言葉をおれとヘラルドが同時に言って、それが同じ言葉だったら聞こえてるってことになりませんかねぇ?」
「それは……そんな芸当ができるならやってみせてもらおうか。もちろん、事前に相談などなしだがね」
「分かってますよぉ。……いいかな?」
オズウェンはわたしとヘラルドを順に見て言う。ヘラルドは頷き、わたしはふたりには(いいよ!)と、他の人には分かるように片翼をあげて返事をした。
そこで気付いた。すぐに返事をするべきではなかったことに。
急に言われて、伝える言葉など考えていなかったからだ。今までの文脈に沿ったことを言うと、それくらい読み取れると思われる。突拍子もない、この場に合わない言葉……。
ヘラルドとオズウェン、それに各国の代表たちの視線がわたしに降り注ぐ。早く、と言われているように思えて、焦ってしまった。だから――。
(っ生クリーム、おいしい! ……ぁ)
だから、とても食い意地の張った言葉を言ってしまった。この場に合わない、ある意味で選択としては正しい言葉を。
暫しの沈黙のあと、ヘラルドが耐えきれなかったのか吹き出していた。一気に恥ずかしくなる。もう今までに十分恥ずかしいところを見せてきたというのに、それ以上のことが今さら起きるとは思っていなかった。
オズウェンも、普段から崩れている表情をさらに崩して「そうだねぇ」と返してくれた。そんなつもりはないのかもしれないけど、なんとなく
わたしの間抜けな発言が聞こえていない代表たちはざわざわし始める。
「なんだ? なにをして……」
「急に笑い出して、どうしたのか……」
それに気付いたオズウェンが鎮めるようにスッと手を真っ直ぐ挙げる。全体が静かになってから、話し始めた。
「ええっと、じゃあ、せーので言いますねぇ。……ヘラルド、いい?」
「はい」
「せーの!」
ふたりの声は見事に揃い、顔を見合わせてにっこりと微笑む。わたしも嬉しくなっている反面、この人数にわたしのその言葉が知られたことで、そちらの方に顔を向けることができなくなる。
「なまくりーむ、ってあの? まあ、たしかに美味しいけど……」
「……相談している素振りもないし、なにより急になまくりーむって……」
一瞬静かになったと思ったら、また口々に今のが納得できる材料だったかの判断をし始めた。これでも信じてもらえなかったら、もう今度こそ打つ手はないだろう。
そうハラハラしていたら、オズウェンが「あ、そうだ」となにか思い出したようにわたしの身体に触れてくる。
「そういえば確認してなかったねぇ。ヨリ、今の言葉、合ってる?」
そう言って、オズウェンは触れていた手のひらを代表たちに向けて差し出す。きっと彼らに合っているかどうかの意志を示してほしいと言っているのだろう。それに従って、恥ずかしいけど、片翼をあげて正しいことを伝える。
ほとんどの人はわたしの行動に感嘆したり静観したりしていたけど、ある国の代表だけはオズウェンの言ったことになにか引っ掛かっていた様子で、一言呟いた。
「……ヨリ……?」
「竜には名前がないのが普通なんですが、彼女にはあって……それが、ヨリ、です」
「ヨリ……気のせいだったらそれで構わないんですが、もしかして、ヨリワッフルとなにか関係ありますか?」
(ヨリワッフル! じゃあ、この人……)
懐かしい、だけど、少し照れくさい響きに、ヘラルドの方を見る。同じことを思っていたようで、ひとつ頷いた。
「貴方は……テンベルクの方ですよね?」
「! では、やはり関係が……?」
「はい。あの商品、彼女が考えてくれたんです。もちろん言えないので、名前に入れたいって俺が言って、彼女が了承してくれて」
「そうでしたか! 私、あれすごい好きなんですよ。普段はスムーロンドで、疲れた時には甘いヨリワッフルを食べてね。そうか、君が……。美味しいよ、すごく」
テンベルクの代表はわたしと目を合わせて柔らかく微笑んだ。
わたしが食べたいから作ったものだけど、わたしがやったことで知らない間に誰かを笑顔にできていた。誰の役にも立てないと言って、自ら死を選んだあのわたしが。
胸に温かい気持ちが広がっていく。頭をできるだけ下げて、感謝の意を伝える。言葉は聞こえなくても、きっと伝わっているはず。
「ヨリワッフルを作ってくれた貴方たちの、竜のためなら、協力は惜しまない。特に、うちの王は、あれがたいそうお気に入りですのでね」
そう言って、まだどういう条件にするとか決めてすらいないのに、どの国よりも真っ先に資金や人員の援助を申し出てくれた。
わたしがしたことが、竜を助けることに繋がったその事実に、思わず泣きそうになる。
でも、他の国はそう簡単にはいかなかった。すべての国でテンベルクのヨリワッフルのような事例があるわけではないから、当たり前ではある。しかたないとは思いつつ、少し残念に思っていたその時、とある国が手を挙げた。
「……我が国も協力しよう」
「なっ!?」
「あれは、グラスネスの……!?」
今回の会合の開催地、グラスネスの代表だった。
この世界で一二を争う大国が動いたことに、他の国の代表たちがざわめき始める。
「あ、ありがとうございますっ!」
「我が王も、ヘラルドさんみたいに竜がお好きでね。そのような蛮行をどう止めるか、思慮をめぐらせておられたところだったんです。王もしっかり支援せよ、と仰っておりました」
グラスネスの代表は前に踏み出して、ヘラルドと握手をする。
そんな彼らを見て、テンベルクとグラスネス以外の国も、次々に挙手をして協力してくれると言ってくれた。さすがに大国のグラスネスが協力するとなると、ヘラルドの考えが泥船ではないと思ったのだろう。各国がどれほどの資金や人員を支援してくれるのかは、また次回の会合や各国を訪問した時に決めることになった。
そうして、そろそろ解散の空気になっていたところで、グラスネスの代表がまた手を挙げて提案してきた。
「もし、ヘラルドさんさえよろしければ、この大きな計画を取りまとめる機関を設立してみたらいかがですか?」
「機関、ですか……」
「いろいろと手続きが大変だとは思いますが、我が国がお力添えいたしますよ。王もきっとそうしろと仰ると思いますので」
「そう言ってくださるなら、お願いしたいです」
「ぜひ。それと……」
グラスネスの代表が言葉を一旦止めて、ヘラルドの顔をしっかりと見る。
「もちろん、ヘラルドさんがその機関の代表ですよね?」
「え? いや、そのつもりは……」
「ここにいる私たちは貴方の考えに賛同した国の者です。肝心の貴方がそこにいないと話が始まらないのでは?」
「それは、そうですが……」
ヘラルドはそう言って、他の国の代表たちの顔を見回す。わたしも一緒になって見るけど、その誰もがヘラルドしかいない、そういう視線で見ていた。彼らと同じ気持ちになっていると、隣にいるヘラルドと目が合った。
(……ヘラルドが考えたことだし、その考えを隅々まで伝えるなら、上に立って指揮した方が物事が進みやすいと思うよ?)
「……そうだね、ヨリ」
少し揺らいでいたのが、覚悟したような目に変わる。わたしの好きな目。
「分かりました。機関を設立し、僭越ながらその代表を務めさせていただきます。では、次の会合は――」
ヘラルドは心なしか先ほどよりも胸を張って話していた。
それから、ヘラルドは竜を助ける計画のために東奔西走の日々を送った。
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