第6話 パンケーキ①
――数時間後。
腹の虫が鳴き始めたのを聞かないフリをしていたら、なにかの足音が近付いてきた。
人間、っぽいけど、肉食動物とかだったら怖いから、少し身構えると、木々の間からヘラルドの姿が見えた。
「ヨリ、ただいま!」
(っ! おかえり!)
尻尾が左右に勝手に動いて、地面の土を舞い上がらせる。それを見たヘラルドが小さく微笑む。
と、止まってよ……!
「買ってから時間経って冷めちゃったから、少し温めるね」
(? レンジ……はないよね……)
「れんじ? 俺も火魔法が使えるから、それで」
そう言って、ヘラルドはてきぱきと準備を始める。
木の枝を集めて積み上げ、その上に金属の板を置く。言うなれば、即席のホットプレートだ。
(! でも、生クリームとかついてるから、温めたら溶けちゃうんじゃ……)
「なまくりーむ、が何かは分からないけど、熱で溶けるようなものはかかってないよ」
(そう、なんだ)
……この世界には生クリーム、ないんだ。
牛乳みたいなのはあるようだったから、生クリームがあってもおかしくないんだけど……。牛も鶏も名前が違ったから、もしかしたら全然違う名前であるのかもしれない。
とにかく、このえくんぷ、というのには生クリームが乗っていないのは確かだ。ヘラルドが持ってきた袋の大きさからしてないだろうとは思っていたけど、テレビで見たあの山盛りクリームのようなものが食べてみたかったなぁ。
少し残念な気持ちでいたら、それが顔に出ていたようで、ヘラルドが申し訳なさそうに問いかけてきた。
「その、なまくりーむ、っていうのがある方がよかった……?」
(う、ううん! えくんぷ? 初めて食べるから楽しみ!)
「もしよかったら、なまくりーむの作り方、今度教えてよ。自分たちで作ってかけるのもいいだろうし」
(作り方……もちろん、いいんだけど、作れるかな……)
「難しい?」
(そうじゃなくて、えっと、なんとかの乳の脂肪分によってはできないかもしれなくて……)
わたしもあんまり知らないけど、たしか生クリームは脂肪分がすごく高い牛乳だったはず。どのくらいの割合だったかまでは記憶にないから、とりあえず半分くらいあればきっとできる、と思う。
でも、この世界の牛のような生き物の乳がどんなものか分からないから、絶対にできるとは言えなくて、つい語尾が小さくなってしまう。
「シュクーカの乳に含まれる脂肪分か……考えたことなかった。それに、そもそも計測自体、誰もしてないと思う。どういうふうに分けるんだろう」
(あ、たしかに……わたしも、そこまでは……)
「何も含まれてないのより脂肪がある方が重いだろうから、その性質を利用すればできるかも? 今度試してみよう。……よし、いい感じに火がついたから、エクンプ温めようか」
ヘラルドは持ってきた袋から、平たい箱を取りだす。ピザが入るような箱。……食べたことないけど。
その箱から、えくんぷというのを取り出す。思った通り、パンケーキのような見た目をしていた。
温まった金属の板の上に乗せると、甘い香りが周りに徐々に漂ってくる。いい頃合いになったそれを紙皿のようなものに移す。
わたしの今の身体と比べるとだいぶ小さいけど、その大きさなど全然気にならない。まるで特別なごちそうのようだ。
「どうぞ、召しあ……っと、皿があると食べにくいかな? 口に運ぼうか?」
(大丈夫! いただきます!)
顔を皿に近づけて舌をそろりと出し、えくんぷに触れる。少し熱いけど、火傷しない程度。舌で掬いあげて落とさないようにゆっくりと運ぶ。
口の中に香ばしい味が広がって、鼻に抜けていく。甘くてふわふわな食感。こんなもの、初めて食べた。思っていたパンケーキとは違って、派手というよりは素朴な見た目や味だった。けど、前世では甘い物を制限され、今世では百年以上肉や野菜のようなものだけを食べていたわたしにとっては、十分すぎる味だった。
涙が出るくらいには。
「ど、どうしたの!? 美味しくなかった? あ! 熱かった!? 少し冷ませばよかったね、ごめんね!」
(っう、ううん……おいしいのっ……おいしいから、嬉しくて……)
「……美味しくて? 本当に? それなら、いいんだけど。エクンプ、国外でも有名だけど、泣けるほど美味しいなら、よかった、のかな?」
ヘラルドはまだ心配そうに瞳からこぼれる涙を拭ってくれる。
美味しいのはもちろん、なにか、すべてから本当に自由になれたような感じがして、安堵とか、そういう感情もある気がする。
それは甘い物のおかげだけじゃなくて、隣に誰かが、ヘラルドがいてくれたから。かもしれない。
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