パパ活JKを10万円で止めようとしたら俺がパパになった。

じゃけのそん

1章 立志

プロローグ ギャルが来た

 あまりにも飲み過ぎた。

 今日は華の金曜日。いくら人生に不満が溜まっているからとはいえ、高校教師の端くれであることを忘れて、つい羽目を外してしまった。


 それもこれもあの人のせいだ。

 乙川おとかわしずく先生。

 俺が担任を務める2年6組の副担任であり、英語教師。彼女を一言で表すとするならば……そう、黒髪ロング色白清楚系ロリ巨乳。これしかない。


 歳は俺よりも一つ下の26歳で、お淑やかな雰囲気と教育に不適切な巨乳を持つ彼女は、教師生徒問わず、様々な方面から頼りにされている存在だ。


 担任の俺が困れば、嫌な顔一つせずに助けてくれる。俺はそんな懐の深さと、その溢れんばかりの巨乳に惹かれ、気づけば恋に落ちていた。


 今日だって、本当は乙川先生と食事するはずだった。

 なのに「予定があるからまた今度」と断られ、毎度のごとくクソ生意気な後輩教師と大衆居酒屋に来る羽目になったのだ。


「また今度、また今度って……一体何年後の話だよ、くそっ」


 俺は毒を吐きながら、重い足取りで秋葉の街を歩く。

 時刻は終電ギリギリ。明日は休みだからいいものの、この状態で無事に家に辿り着ける自信はない。まるで宇宙空間を歩いているような気分だった。


「ったく、この時間の秋葉は腐ってやがる」


 ぼんやりとした視界に映るのは、仕事帰りだろうおっさん。ほとんどの場合、その隣に若い女が並んでいる。少し目で追ってみれば、向かう先は想像通り。


 この辺りはホテル街だ。

 近くで飲む時は毎回思うが、そういう輩があまりに多い。


「堂々と歩きやがって……少しは恥を知れ恥を」


 人生への不満が毒となって吐き出される。

 そんな脳内処理が成されているうちに、段々と意識が遠退いてきた。これは電車で寝落ちする可能性がある。こんなことなら、後輩に介抱してもらえばよかった。


 いや、あの生意気な男に恩を売るのも癪か。

 俺の帰省本能はミツバチ並みだ。きっと今日だって家に帰れる。


「ん?」


 地面を這わせていた視界に、人の足が飛び込んできた。

 俺は即座に足を止める。

 顔を上げると、そこには塀に寄りかかる制服姿のギャルがいた。


「ん、おじさん誰?」


 それは見るからに女子高生だった。

 でも、この辺りの制服じゃない。となると、コスプレという可能性もあるが、今回に関してはそうじゃないと断言できる。


 俺は毎日のように現役女子高生を見てる。

 酔っ払っているとはいえ、コスプレかどうかの判断くらいつく。この子はガチのJKだ。合法じゃない匂いがプンプンする。


「お前、高校生だろ。こんな夜遅くに何してる」


「何って、人を待ってる」


「人って、まさかああいうのじゃないだろうな」


 俺はそう言って、若い女を連れるおっさんを指差した。


「あの人よりは歳上かも。あと、禿げてるし太ってもいる」


「で、その禿げたデブのおっさんと何の用事だ」


「それは、あれだよあれ」


「あれって」


「パパ活」


 はぁ……と、特大のため息が漏れた。

 青春を生きる女子高生ともあろう者が、なんて馬鹿なことを。


「それ、ご両親は知ってるのか」


「ウチ、親いない」


 そんな重たい事情を軽々と口にしたギャルは、


「でも、パパはいる」


 平然とした調子でそう続けた。

 それをさも当然のように語るあたり、この子は相当拗れている。


「あのなぁ、もっと自分を大事にだなぁ」


「ああ、ストップストップ。そういう説教いらないから」


 俺の言葉を遮ったギャルは、心底めんどくさそうに言った。


「ウチはただお金が欲しいだけ。それ以上でもそれ以下でもないの」


「じゃあ、そのパパからはいくら貰う予定なんだ」


「2万。気分で多く貰えたりもする」


 2万か……まあ、そんなもんだろう。俺は働いてるからまだしも、早急にお金が欲しい人間にとっては、馬鹿にならない金額だ。


 それでも、欲まみれのおっさんに若さを売るには、あまりに不釣合と言える。


 見たところ、随分と可愛らしい様相をしている。

 大きく切れ長の目。顔立ちはスッキリ整っていて、年齢の割には体型も大人っぽい。その長い金髪は、夜街よまちの光を反射して一層煌びやかに映った。


 学校にいれば間違いなく男子にモテるだろう。

 しかし彼女の容姿が活きるのは、そんな真っ当な世界じゃないときた。


 全くもって気に食わない。守るべき家族もいるだろうに。それを二の次にしてこんな子供に手を出すなんて……腹立たしいことこの上ない。


「ちょっと待ってろ」


 俺はそう言って、近くのコンビニに入った。

 向かったのはATM。財布から銀行のキャッシュカードを取り出して、それを入口に差し込んだ。暗証番号を入れると、表示されたのは金額入力画面。


 あの子は2万貰えると言っていた。

 仮にも俺がその金を渡したとて、素直に手を引くとは考えにくい。


 中途半端な額じゃダメだ。ならいっそのこと……。


「ちくしょう、俺の半月が……」


 俺は10万円と入力し、確認ボタンを押した。

 桁が変われば、流石にあの子だって考え直すはずだ。


 一時的でもいい。今月だけは……いや、せめて今日だけは、真っ当な気持ちのまま寝床についてほしい。


「何が教師だよ……聞いてあきれる」


 俺は手にした10万円に向かってぼやいた。

 たかがJK一人守れない教師が、乙川先生に振り向いて貰えるわけがない。


 所詮俺はこの程度の人間なのだ。

 金に頼るしか方法がない。結局はおっさんたちと同じだ。


「ほれ、これやる」


「え、何これ」


 俺が10万円を見せれば、ギャルは驚いたように目を丸める。


「言っとくが、お前に何かしてもらおうっていうんじゃないからな」


「じゃあ、なんでこんな大金……」


「俺は歪んだものが嫌いなんだ。だから今日はこれ持って帰れ」


 ポカンとするギャルに、俺は無理やり金を押し付けた。


「いいか、絶対に今日は帰れよ」


「ウチ、帰る家ない」


「なら、その辺のネカフェにでも泊まれ」


 俺はそう吐き捨てて、そのギャルに背中を向けた。

 数歩進んだところで不安がよぎり、即座に振り返る。


「帰れよ」


「わ、わかったよ」


 別れ際の彼女は、奇妙な物を見たような顔をしていた。


 これだけ言えば大丈夫だろう。

 俺は自己肯定感と半月分の給料を失い、重い足取りで帰路についた。


 *


 頭が痛い。気分が悪い。

 視界には見慣れた白の天井が。どうやら家には帰れたらしい。


 昨日の記憶が曖昧だ。

 後輩とのサシで、浴びるように酒を飲んだのは覚えている。


 会計は……多分払った。

 そこからはホテル街を歩いて、若い女を連れるおっさんに悪口を吐いたりして——。


「そうだ、ギャル」


 思い出した。

 ギャルっぽい女子高生に会ったんだ。


 しかもあの子は、パパ活をしていると言っていた。本当にけしからん奴だった。

 そんで俺はむしゃくしゃして、一発説教してやろうと思った。でも、聞きたくないと止められて。最終的にはやけくそで、大金渡して帰らせたんだ。


「くそっ……10万……」


 今になってあの出費が効いてきた。

 パパ活回避のためとは言え、10万はデカすぎだ。


「本当に帰ったんだろうな、あいつ」


 これでパパからのお小遣いまで貰っていたら、どうしてくれようか。泣きべそかくまで説教して、一生消えないトラウマを植え付けてやろうか。


 なんて、思っていたその時だった。


 ピンポーンと、家のチャイムが鳴った。

 最近は何も買ってないし、何かの営業だろうか。

 だとしたら、早急にお帰り頂こう。


 俺は重い身体を無理やり起こす。

 あらかじめ「結構です」の用意をして、玄関を開けば。


「やっほ、おじさん」


 立っていたのは営業マンではなく、見覚えのあるギャルだった。


「な、なにやってんだお前!」

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