【短編完結】のじゃロリ狐が治療のためと称して自分の匂いを毎日嗅がせて寝かしつけてくれる話
水無月彩椰@BWW書籍販売中
第1話:嗅覚障害の治療には"良い匂い"がするものを嗅げというのじゃ
「哀れな人間、ずずっ……わらわの花粉症を治してくれるなら、お主のっ、たっ……はっ──くしゅっ! うぅ……頼みっ、頼みも聞いてやる! 最近ずっと、っ、くしゃみが酷くて……」
そこそこ由緒ある神社の、仮にも高貴なお狐様が、これほど傲慢……いや、花粉症に悩まされるほど貧弱だとは思いもしなかった。
俺のお腹のあたりに見えるザ・狐色をした獣耳は、くしゃみのたびにぴょこんと揺れながら、そして同時に尻尾を揺らしながら、威厳もクソもない着物姿で俺に抱きついておられる。
もっと威厳があるならば、お狐様の花粉症など気にも留めなかったのかもしれない。夕暮れ時の今、カラスの鳴き声のほうが気になるが。いや前言撤回。こいつのキンキン声うるせぇ。
「あの、俺の服で鼻水吹くのやめて」
「人間ごときが──っくしゅっ! あ"ぁ……生意気なんじゃっ。ずずっ……う"ー、かゆい……」
「おじさんみたいな声だなおい」
なお抱きつかれた上に小さすぎて顔がよく見えない。というか絶対いまの声、濁点ついてたよ。身長一三〇センチくらいのロリ狐が出していい声かそれ。そもそもなぜ拝殿の前で参拝客に泣きついて神様が人間にお願いしてるわけ?
「めんどくせぇな……」
「わらわだって、ずずっ……めんどくさい」
「だから平然と服で鼻をかむな」
──ここはひとつ、状況を整理しよう。俺も何が何だかよく分からなくなってきた。足元で鼻をすする音がするのはこの際ガン無視する。
人間の天敵らしい花粉が跳梁跋扈する春真っ盛り、境内の桜が満開……などでは決してなく、もうとっくに葉桜、葉桜どころか梅雨も通り越して夏真っ盛り、青い空に真っ白い入道雲が朦々と立ち昇っている次第である。ここに来るまでに周囲はすべて田んぼに覆われていた。
夏休み。もちろん通う大学も休み。部活も補習もない。それはもう羽目を外して遊びまくった。課題? ボロアパートでコツコツやってるが? こんなド田舎なら蝉の声がBGMだ。
「いいかロリ狐、よく聞け。俺は流行り病の平癒とかいうご利益があるっていうから、わざわざ居住圏内で普段なら見向きもしないここに来たの! コロナにかかった後遺症で嗅覚障害になったから! 匂いがしないことの辛さが分かるかお前に……。人の服で鼻かみやがって」
「ずずっ……流行り病の後遺症は、そりゃもう流行り病ではないじゃろ。医者にでもなんでもかかればいいの。それよりわらわの花粉──」
「それこそ医者にかかれよアホ狐が。あと服のクリーニング代もよこせよ。どうすんだよこれ、鼻水でシミになってドロドロだよ」
「わらわが人間と一緒に医者にかかれるわけないじゃろバカタレっ。だからこうやって春から秋まで人間に物乞いして花粉症を治してもらってるのじゃ! しっかりと等価交換でねっ」
胸元にぺちんと軽い感触。虫でも当たったかと思ったが、腕を組んでふすんと鼻を鳴らしているロリ狐がいるあたり、どうやらコイツに叩かれたらしい。痛くもなんともないんだわ。
俺はその場にしゃがみこむと、涙と鼻水でよく分からない顔をしているロリ神様と目線を合わせる。まじまじと観察してみたが、耳も黄色けりゃ髪も黄色い。瞳の色も黄色いときた。
「……上から下まで真っ黄色のくせに、着物だけは真っ黄色じゃないとかおかしいだろ。狐としてのアイデンティティとかないのかお前」
「暑すぎて頭でも狂った? お主」
「至って正常。悪かったな」
おっと、こんなくだらない話をしている場合じゃない。なんのためにここまで来たんだ。
「んなことはいいから、早くこの鼻を治してくれ。花粉症に効く薬とか持ってくるから治してくれマジで。匂いがしないとイマイチごはんとか美味しくないんだよ。バーベキューの炭火の匂いも薄けりゃ、雨上がりのあの埃っぽい匂いもまったく分からねぇんだもん。困るよな」
「……お主、意外に風流な生き方しとる?」
「うん、してる。日本人だから。お前のことも何とかしてやるから、頼む、この通り。めちゃくちゃ現代医学に頼って花粉症に対抗する」
「本当に、わらわの──っ、はぁ……不発か。わらわの花粉、症……っくしょん! あ"ぁ……治してくれる? かなり期待しちゃうよ?」
「その下品なおじさんボイスも治してやる」
「……助かるのじゃ」
よし、と勝利のガッツポーズ。夏なのに花粉症というのも珍しい話だが、敏感なんだろう。
「で、具体的にはどうやって俺の鼻を治してくれるわけ? めちゃくちゃちんまいが、これでも狐の神様だろ。病気平癒のご利益とか──あっ、やっぱり油揚げの奉納で御百度参りか?」
「油揚げ……っ!」
「目の色めちゃくちゃ変わったな」
「……じゃなくて、違うっ! そんなことよりも格段に効く方法というのを聞いたのじゃ」
「誰から」
「通りふがりの参拝客からじゃが?」
「鼻詰まりになりかけてんな」
何か知らんがドヤ顔で語るなよガキ狐。
「で、効く方法ってなんだよ」
「おぬひのように、流行り病の後遺症で鼻が利かなくなったとかいう人間はいる。医者にかかっても、へいぜい漢方が出るくらいなのじゃ。ほれも直接の効果はないとかなんとか」
「お前さっき病院行けっつったろ」
「で、実はもう一つ、効果が見られる方法があってに"ゃ、っ……噛んだ……。で、その方法っへいうのが──っくしゅっ! あ"ぁ……」
「……ぜんぜん話が進まねぇじゃん。夏真っ盛りだぞおい。こちとら夕方で涼しくなったとはいえ涼しくなった時を狙ってわざわざ家を出て近場の神社まで歩いていったんだぞおい。感謝しろよ花粉症ロリ狐がよ。治せよ早く」
「で、その方法は、いわゆる『良い匂い』のするものを毎日嗅ぐのがよろしいのじゃとっ! 実際に嗅ぐ、そしてそれを想像することで、細胞が復活するらしいのじゃ。知ってた?」
「いやマジで知らなかった。すごいな細胞」
「そこはわらわを褒めるところ」
「で、それとこれとがどう関係すんの」
「うん」
……いやピーじゃないんだよ。なんだよ。
「はいっ」
「……?」
「じゃから、ほら」
俺の目の前で、着物のたもとが軽く揺れる。謎に腕を広げて待ちの姿勢。なんのこっちゃ。
「なにが『ほれ』だよ。説明してくれ」
「……お主、今の話、聞いてた?」
「お前が鼻詰まりでピーピー言ってるのはな」
睨まれた。そして叩かれた。
……ごめんなさい。痛くないけど。
「じゃから、わらわがお主と同棲で面倒を見てあげる。利害関係の一致ってやつじゃ。お主はわらわの花粉症を治して、その褒美に、わらわがお主の鼻を治してあげる。わらわはきっといい匂いがするぞっ! 尻尾もモフモフじゃしねっ。この匂いでも嗅げば鼻なんてすぐに治るじゃろ。……まぁ、実際ここにいても暇じゃし」
それが本音だろお前。
「……要するに、合法的にバブみを感じていいってことか? 今ここでお前の腕に包まれて匂いを嗅ぎまくっても双方合意の上で済まされるわけか?」
「そういうことじゃ」
「よっしゃ勝つる」
迷いはなかった。理性も何もいらなかった。ただ本能のままに、広げられたその腕、ロリ狐のちんまい身体を抱きしめる。そして思い切り顔をうずめる。大きく深呼吸、して──
「めちゃくちゃ獣臭いじゃねぇかよお前っ!」
「はあ"っ!? そんなことあるわけ……っ、はっ、くしょいっ! う"ぅ……」
「ちょっ、俺の頭に鼻水垂らすな!」
──最初からこれとかクソ不安なんだが?
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