第88話 【お正月特別番外編】それぞれの初詣(前日譚)
一月一日の午前中のこと。
春陽は今悠介、楓花との待ち合わせ場所に向かっていた。
なぜなら悠介から初詣の誘いがあったからだ。
春陽自身は全く興味がなかったが、話の流れで行くことになってしまった。
発端は昨年中、佐伯家で夕食をいただいているときのこと。
悠介の父と母から正月の予定を聞かれた春陽は、素直に家で過ごすつもりだと答えた。
高校生になり、一人暮らしを始めた春陽にとって初めて迎える正月だ。
冬休みも店が休みになる年末年始以外、毎日フェリーチェで働く予定の春陽に、麻理は年末年始をこっちで過ごさないかと誘ってくれたが、自分なんかがあの家で過ごす訳にはいかないと春陽は断った。
年始にはちゃんと挨拶に顔を出すから、と。
だから年末年始は一人、アパートで過ごそうと思っていた春陽の答えに対し、佐伯家の両親は、そういうことならお正月はおせちとお雑煮もあるから家に食べに来なさいと勧めてきたのだ。
もちろん春陽は丁重に断ろうとした。
正月から他人の家にお邪魔するのはさすがに気が引ける。
今でさえ、こうして食事をご馳走になっていることに引け目を感じているというのに。
だが、彼らの押しは強かった。
さらには楓花もそこに乗っかり、それらを見た悠介が諦めろというように苦笑を浮かべている。
結局、春陽は彼らに負ける形で正月の夕方から佐伯家へお邪魔することになってしまった。
すると、悠介がそういうことならその前に初詣に行かないかと誘ってきたのだ。
楓花も一緒に行きたい、と言うので三人で行くことになった。
それが今回の経緯だ。
待ち合わせ場所に着くとまだ悠介と楓花はいなかった。
春陽がその場でしばらく待っていると声をかけられる。
「あけましておめでとう、春陽」
「あけましておめでとう、ハル兄」
「ああ、あけましておめでとう、悠介、楓花」
悠介と楓花がやって来て、新年の挨拶を交わした三人は、そのまま近所にある神社へと向かう。
それなりに大きい神社で、すでに多くの人が来ていた。
屋台も出ており、結構な賑わいだ。
境内へと続く参拝者が並ぶ列に三人も加わる。
「こんな寒い中、よくこんなことしたいと思うな」
列の長さからかなり時間がかかると思った春陽が口にする。
「えー、初詣って楽しくない?」
「だよな。おみくじしたり、屋台回ったり、なんかわくわくしないか?」
春陽の感想に二人がかりで訴えてくる。
「全然。ってか初詣もしたいと思ったことないしな。麻理さんが一緒に行くぞって言うからあの家にいたときは毎年行ってたけど、それまで行ったことってなかったし」
だから一人になった今年は本当に来るつもりがなかったのだ。
「相変わらず冷めてんなー」
春陽の事情を知っている悠介はあえて茶化すように言う。
「ハル兄はもっとバイトばかりじゃなくて色々楽しんだ方がいいと思うよ?」
「ほっとけ」
「けど、毎年行ってたならさすがに何か願い事はしてたんだろ?」
「いや、特に何も。願いとかないしな」
「マジかよ!?」
「ハル兄……」
楓花が残念なものを見るように春陽を見てくる。
「……そんなに変か?」
「そりゃそうだろ。……わかった。なら今回はまだ時間あるし今から何か考えとけよ」
「考えろって……。そもそも願い事ってどんなことお願いするんだ?」
神に願ったことなんて一度もない。
いや、嘘だ。
一度だけ願った。
貴広が病気だとわかったとき。
医者の診断で完治は難しいと言われてしまったから。
麻理と一緒に神社にお参りに来たことがある。
貴広の病気を治してほしい、と。
けどそれは叶わなかった。
春陽が唯一神様に縋ってでも叶えたかったその願いは。
そのとき以外、何も願ったりしていない。
「何でもいいんだよ。漠然としたことでも何でも。もうすぐ二年になるし、可愛い子と同じクラスになりたい、とかな?」
「それ、お兄の願い事?」
「っ!?いや、俺がそう思ってる訳じゃねえぞ?」
悠介に言われて春陽は改めて考える。
今も特に願いなんてない。
強いて言えば来年も平穏に過ごしたい、というくらいか。
春陽が黙り、願いをどうするか考えていそうなのでそこには触れず、悠介が春陽にお参りの仕方を説明する。
いわゆる二礼二拍手一礼だ。
それくらいは春陽も知っていた。
続いて、願い方にもやり方があるようで、まず、自分の名前と住所を伝えて、去年について報告し感謝を伝え、新年の願い事を伝える。
これを説明したときの春陽の嫌な顔と言ったら。
面倒です、と顔に書いてあったが、悠介が強くそうするように言うので、不承不承春陽は頷いた。
そんな二人のやり取りを見て楓花はけらけら笑っていた。
それからもしばらく並び、鳥居をくぐり、参道を行き、手水舎でお清めをした。
春陽は面倒そうにしていたが、悠介達に付き合う形できちんとやった。
そしてとうとう春陽達がお参りする番になった。
お賽銭を入れ、二礼二拍手。
春陽は悠介に言われたとおり、心の中で、自分の名前と住所、そして去年一年平穏に過ごすことができたと一応お礼を言った。
そして今年の願い事。
春陽が初詣でする初めての願いは――――。
(麻理さんが幸せになれますように。貴広さんを失った悲しみが少しでも癒えますように)
麻理のことだった。
これが春陽にとっての願いだ。
自分では貴広を失った麻理の悲しみを癒すことなんてできないから。
どうなれば麻理が幸せを感じてくれるかはわからないが。
そういう意味では隣で祈っている男にも、その気持ちを聴いたときから、僅かばかり期待しているところはあるが、どうなるかはわからない。
初詣を終えた三人はおみくじを引いて、屋台を少し見て回り、麻理に新年の挨拶をしにフェリーチェへと向かった。
悠介の家へと行くのはその後の予定だ。
ちなみに、おみくじの結果は、春陽が中吉、悠介が末吉、楓花が大吉だった。
書かれている内容については、楓花がテンションを高くし、春陽と悠介が微妙な顔をしていた。
なぜそんな顔になったのか本当のところはわからないが、二人とも総合運と待人、恋愛運のところの記載が自分の気持ちと真逆だったとだけ言っておこう。
一方、春陽達がこの神社にやって来たとき、少し離れたところには女子三人の姿があった。
雪愛、瑞穂、香奈の三人だ。
三人で初詣に行く約束をしていたのだが、街まで出ると人が多すぎるんじゃないかという話になり、それなら、と雪愛が家の近くにあるこの神社を勧めたのだ。
結構大きな神社なのにそれほど混まないはずだと。
そんな経緯があって三人はこの神社にやって来ていた。
寒い中ではあるが、三人は、周囲の人々と同じように楽しくお喋りをしながら列に並んでいる。
「もうすぐ私達も二年生だね。また同じクラスになれたらいいなぁ」
「そうね。私も香奈と瑞穂とまた同じクラスになりたいわ」
「私も!けど雪愛は大変だよね。新しいクラスになったらまた男子達が騒ぐんじゃない?」
「瑞穂、そういうこと言わないで……。本当に嫌なんだから」
新年早々考えたくもないとでもいうような雪愛の心底嫌そうな顔に瑞穂も香奈も苦笑してしまう。
「最初は何の冗談かと思ったけど、雪愛の場合本気だもんね」
「今年よりはさすがに落ち着いてるんじゃないかな?」
一年の最初の頃はそれこそ学年問わず男子から本当にすごい人気だったが、雪愛が誰とも付き合う気がないため、この頃には大分落ち着いてきていた。
ただ学年が上がり、クラスが変わればまたどうなるかわからない。
香奈の言葉は雪愛を慮ってのものだ。
「ありがとう、香奈」
「ま、私達は来年も仲良くやっていこう!」
「ええ」「うん!」
そんな風に話をしながら進んでいき、三人がお参りをする番になった。
先ほどまで話していたということもあるが、雪愛の願い事は決まっていた。
(瑞穂と香奈……私の大切な人たちと一緒に楽しく過ごせますように)
高校に進学して、ここまで気の置けない友達に出会えた。
それがどれほど幸運なことかはわかっているつもりだ。
けど、もしかしたら二年に進級しても新たにこんな友人のような人と出会えるかもしれない、と期待してしまう自分もいる。
当然二人きりの家族である母の沙織とも仲良く過ごしていきたい。
だから雪愛は、心の中で二人の名前を挙げたところで、瑞穂と香奈に限らないお願いにしたのだった。
初詣を終えた三人はおみくじを引いて、カフェかファミレスにでも入ろうと駅前に向かった。
これから暖かいところでお喋りを楽しむつもりのようだ。
ちなみに、おみくじは、雪愛が大吉、瑞穂が小吉、香奈が中吉だった。
書かれている内容については、雪愛が微妙な顔をし、瑞穂は苦笑を浮かべ、香奈は喜んでいた。
なぜなら、瑞穂は総合運と恋愛運で隠し事はやめなさいという内容だったためで、香奈は学業運がよく、周囲の助けで願いが叶うという内容だったためだ。
そして、雪愛は自分の気持ちに反して、総合運含め、いいことが書かれているのは恋愛方面が多かったからだった。
大吉といってもその方面が主だとすると雪愛にとってはあまり嬉しくない。
雪愛は恋愛事なんて一つも求めていない。
しかもその内容は、長年待ち続けた想い人が現れる、というものだった。
だから今まで恋なんてしたことがない雪愛は自分にそんな人はいないとおみくじの内容を気にも留めなかった。
―――――あとがき――――――
読者の皆様、あけましておめでとうございます!
いつも応援くださりありがとうございます!
本年もどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m
次話から本編です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます