第81話 文化祭一日目、二人は休憩時間を満喫した

 春陽と雪愛は屋台の立ち並ぶグラウンドへとやってきた。

 時間的に少し早いが昼食の代わりだ。


 手始めに二人は一つの店に寄った。

 春陽はそこでフランクフルトを、雪愛はチーズドッグをそれぞれ一つ買った。

 食べながら色々な屋台が並ぶ通りを歩く二人。


「春陽くん、フランクフルト本当に好きだね。この前の花火大会のときも買ってたし、すごく嬉しそう」

「そうだったか?」

 意識していなかったことを言われた春陽は不思議そうな顔になる。

 自分は今も嬉しそうにしていたのだろうか。

「そうだよ。ふふっ」

 雪愛はそんな春陽の反応が可笑しかったのか楽しそうに笑っている。

 言われてみれば花火大会のときにも買った記憶はある。

 どうしてついつい買ってしまうのか、と考えたとき思い当たることがあった。

「ああ、そうか……」

「どうかしたの?」

「ん?いや、今雪愛に言われてなんで買っちゃうんだろうって考えたんだけど、たぶん小さい頃の思い出だからかなって。小さい頃何度か姉さんに祭りに連れて行ってもらったことがあって、そのときにいつもフランクフルトを買ってもらってたんだ。それが楽しくて美味しくて……。ははっ、言ってて恥ずかしくなってきた」

「そんなことないよ!すごく素敵な思い出だと思う」

 春陽の幼少期に楽しい思い出があったことが雪愛は嬉しかった。

 その思い出を春陽に与えてくれたのも美優だと思うと、二人の仲が戻って本当によかったと改めて思う。

「そうか?」

「うん。私も食べたくなっちゃった」

 明るくそんなことを言う雪愛。

 雪愛の言葉に自分の持つフランクフルトを見る春陽。

「……食べかけで悪いけど、食べるか?」

「っ、……いいの?」

「雪愛がいいなら」

「じ、じゃあ一口だけ……」

 雪愛は春陽が差し出すフランクフルトを一口もらった。

「ふふっ、美味しい。ありがとう春陽くん」

「どういたしまして」

「そうだ、春陽くんもチーズドッグどう?」

「……じゃあ一口だけ」

 今度は春陽が雪愛の差し出すチーズドッグを一口もらう。

「美味いな。ありがとう雪愛」

「どういたしまして」

 その後も二人はいくつかの屋台を巡り、雪愛がタピオカミルクティーを、春陽も珍しく甘めの飲み物、わらび餅入り抹茶オレを買い、食事とデザートを仲良く分け合いながら食べるのだった。


「まだ休憩時間はあるな。雪愛はこの後行きたいところはあるか?」

「んー、校舎内を色々見て回りながら気になるところに入ってみるっていうのはどうかな?」

「体育館の方はいいのか?」

「ライブとか演劇とかだよね?そっちの方は明日行ってみない?」

「ああ。じゃあそうしようか」


 食後、二人はそんな話をしながら校舎の中に入っていき、各クラスの出し物を見て回った。

 順番に見ていたら、三年生のあるクラスがお化け屋敷を行っており、その客引きを頭にボルトが刺さった怪物に扮した先輩がやっていた。


 その人物が春陽そしてその横を歩く雪愛を見つけ話しかけてくる。

「ん?風見じゃないか?なんだデート中か?」

 一瞬誰だかわからなかったが、それは春陽の知る先輩だった。

 球技大会の最後の試合で対戦した三年生チーム、その選手だったバスケ部の田島だ。

「田島、先輩、ですか?」

「おー、覚えててくれたか。お前は体育祭で一躍有名になったよな。彼女とのことで。まあ球技大会のときから仲は良さそうだったが」

 田島は試合中雪愛が春陽の応援を一生懸命していたのを覚えていた。

 そして、春陽の印象はあの試合でまたバスケをしたいと思うほど強く残っていた。

 それくらい熱い試合だった。

 春陽の顔がわかったのは、和樹と同じ理由だ。

 試合中、近くで春陽を集中して見ていたため春陽だとわかった。

 バスケ中心で考えているところが部活一辺倒だった田島らしい。

 雪愛のこともよく知らなかったが、体育祭の公開告白のようなものは見ていたため、それでわかったのだ。

「は、はぁ……」

 なぜこの先輩はこんなにフレンドリーなのか。

 春陽には理由がわからなかったが、悪い感じは全くしない。

「随分様になっている衣装だな。クラスの出し物か?」

「はい。コスプレ喫茶をしていて、これはその執事服のコスプレです」

「へえ。完成度高いな。よく似合ってるじゃないか」

「ありがとうございます。……よかったらぜひ遊びに来てください」

「ああ。ありがとう。それなら、もしよかったらお化け屋敷に入っていかないか?結構いいできなんだ」

「いえ、俺達は……」

 一般知識として、お化け屋敷は好き嫌いがあることは知っている。

 自分の一存だけでは決められない。

「折角だし入ってみようよ、春陽くん」

 やんわりと断ろうとする春陽を雪愛が止めた。

 雪愛は嬉しかったのだ。

 一度試合をしただけなのに、春陽に気づきこうして話しかけてきてくれたことが。

 春陽に好意的なのも嬉しいポイントだ。

「雪愛?」

 春陽は雪愛が積極的なことに驚いた。

 満面の笑みだし、好きなら別にいいのだが……。

 ちなみに春陽はこういったものに入ったことがないため、怖いも何もない。

「お、彼女さんもこう言ってることだしどうだ?」

「……わかりました」

 こうして田島に案内される春陽と雪愛。

 お化け屋敷に入ったところで春陽が雪愛に訊く。

「雪愛はこういうの大丈夫なのか?」

「……実は得意ではなかったりして……」

「っ、なら、どうして―――」

「だから春陽くんにくっつかせてね?」

 どうやら理由を言うつもりはないらしい。

「はぁ…、わかった」

 雪愛は片手を春陽と手を繋ぎ、春陽の腕にしがみつくようにした。

 こうして二人はくっついて順路を進んでいく。


 録音したであろう音や声と組み合わせて中々怖い仕上がりになっているお化け屋敷。

 さすがは三年生の出し物といったところだろうか。

 かなり凝った作りをしている。

 両サイドから突然大量に腕が飛び出してきたときは春陽もぞわっとしてしまった。

 雪愛は短い悲鳴を上げて、春陽の腕を抱き込み目を瞑っている。

 大変歩きにくいが、春陽は安心させるように雪愛の頭をぽんぽんする。

「雪愛、大丈夫だから。な?」

「うん……」

 春陽の手は嬉しいが、雪愛はすでに涙目だ。

 高校生の出し物だし大丈夫かと思ったがそれが大間違いだったことを悟る。

 これは怖い。

 それでも一度入ったのだ。

 なんとか先へと進んでいく。

 その後も暗闇の中突然浮かび上がる特殊メイクばりに加工がされた生首があったり、急に足元がぶにゅぶにゅした感触になったかと思えば、ブラックライトにより床と壁一面に手形が浮かび上がったりした。

 雪愛は一瞬目を瞑ってしまうことはあってもちゃんと目を開けて進んでいるようで、何か出てくる度にびくっとして短い悲鳴を上げている。

 春陽は雪愛の様子に苦笑を浮かべており、あまり怖がっている様子はない。

 とういうか、雪愛が大丈夫かと気になってそれどころではないのかもしれない。

 そうこうしているうちに、ようやく終わりが近づいてきた。

 次が最後の演出だった。

 ディスプレイを最後まで見てから進むように指示が入る。

 すると、砂嵐が流れていた液晶ディスプレイに突然白い服を着た女性と思われる髪の長い人物が映し出され、這うようにして近づいてくる。

 有名なホラー映画のオマージュだろうか。

 そしてその人物が画面いっぱいまで近づくと画面が砂嵐に戻った。

 これで映像は終わりのようだ。

 そのまま順路を進み、液晶ディスプレイに背を向けたタイミングで、その横から白い服の人間が飛び出してきて二人を追いかけてきた。

 雪愛が悲鳴を上げ春陽の腕を引っ張る。

「ちょ、雪愛!?」

 春陽が雪愛に引っ張られる形でそのまま出口から出た二人。


「はぁ、はぁ……終わったぁ……」

「雪愛、大丈夫か?」

「うん……大丈夫。ごめんね?もう少しだけこのまま……」

 春陽の腕を抱きしめ、その腕に顔を押し当てる雪愛。

「いや謝ることは何もないから」

 そう言って春陽は雪愛の頭を撫でる。


 するとそこに田島がやってきた。

「お、出てきたな?どうだった、って聞く必要もないな。……怖がらせすぎちまったか?」

 春陽の腕に抱きつく雪愛を見て田島は心配そうに訊く。

「田島先輩。まあ結構怖かったと思います。隣でずっとこんな調子でしたから」

「そうか!けど悪いことしたなぁ。も本当ごめんな?」

 田島は春陽の感想に喜ぶが、雪愛を見て表情を曇らせた。

「っ、いえ。私が怖がりなだけで、心配をおかけしてすみません。すごく本格的だったと思います。春陽くんもごめんね?もう大丈夫」

 雪愛が元気を取り戻ししっかりと受け答えをする。

「それならいいんだが……。そうだ!三年は最後の文化祭ってことで結構気合入れてるクラス多いからもっと楽しめるような出し物もいっぱいあると思う。そっちで気分転換してくれよ」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、俺はまだ客引きがあるから戻るわ。文化祭楽しんで来いよ」

 そう言うと田島は入口の方へと戻っていった。


「……あの人、なんであんな気安いんだ?一回試合しただけなのに」

「ふふっ、きっとそのときに春陽くんのこと気に入ったんだと思うよ?」

 田島が話していたのはずっと春陽だけ。

 それも自分から話しかけてきたのだ。

 いかに春陽を気に入っているかがわかる。

 雪愛のことは春陽の彼女という認識だった。

 雪愛は内心この春陽の彼女という呼ばれ方も嬉しかった。


 たとえ時間は短くても春陽と関わって、春陽のことをよく思ってくれる人はたくさんいる。

 今の田島もそうだし、クラスの調理担当の女子達もそうだった。

 それが雪愛には本当に嬉しい。


 お化け屋敷は怖かったが、田島が春陽と自分を善意で誘ってくれたのは嬉しかったし、春陽といっぱいくっつけたし、優しくしてもらえたしで結果よかったと雪愛は思った。


 この後、二人はバルーンアートをやっているクラスでハートを作ってもらったり、教室内を全部飾り付け、フォトスポットにしたクラスで写真を撮ったりと休憩時間を楽しんだ。

 このフォトスポットでは、ぜひ室内に飾る用にモデルとして二人の写真を撮らせてほしいと頼まれ、先輩女子生徒の押しに断りきれず写真を撮ってもらうことになった。

 今日中、遅くとも明日には春陽と雪愛の写真がここに飾られることになるだろう。


 こうして休憩時間を満喫した二人は、クラスへと戻り、衣装を脱ぐと、今度は裏方として働くのだった。

 その後もう一度休憩時間をもらえた二人は、校舎内のまだ見ていないクラスを見て回り、文化祭の一日目は終わった。

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