第80話 文化祭が始まり、接客中の二人
春陽は今少々焦っていた。
春陽はずっとフェリーチェで接客をしてきた。
愛想がいいとは言えなくても、その丁寧な接客はクールな印象を相手に与える。
そしてその歴も長く、不慣れな他のクラスメイトと比べると春陽の仕事ぶりがより際立って見える。
そんな春陽が今は執事服に身を包み、その衣装と相まって接客が実に様になっているのだ。
完璧な接客をする、整った顔立ちの爽やかでありながらクールな執事のできあがりだ。
するとどうなるか。
当然、女子人気がすごいことになった。
先ほどから接客をする度に一緒に写真を撮りたいという女子が後を絶たない。
中には彼が雪愛と付き合っている春陽だと知らないのか気づいていないのか、休憩時間に一緒に回らないかと誘ってくる女子もいた。
知ってて誘ってきているとは思いたくないところだ。
客と写真を撮ったりしていれば時間がかかってしまうため、それはご遠慮くださいと注意書きもされているのだが、いざコスプレした彼らを目の前にするとその効果は薄いようだ。
生徒同士ということもあり、ノリが軽くなっているということもあるだろう。
彼女達はこのコスプレ喫茶を楽しんでいるだけなのだ。
準備のときに話したことを思い出し、春陽は溜息を吐いた。
(マジでちゃんとしないと、な)
和樹によって、春陽の撮影会のようなものが終わった後、悠介が春陽の肩を叩いて言った。
「春陽、お前早く自覚した方がいいぞ。麻理さんがいつも言ってただろ。お前はイケメンだって。海の家でも毎年逆ナンされてるだろ?つまりはそういうことなんだよ。フェリーチェで話しかけられたりしなかったのは麻理さんのおかげってだけだ」
「…………」
美優、そして雪愛に言われたばかりのタイムリーなことを言われ、春陽は何も言い返せない。
フェリーチェで何もなかったのは麻理のおかげというのも初めて知った。
麻理が目を光らせていたため、春陽に声をかける客がいなかったのだ。
全部知っているように言う悠介が憎たらしく感じる。
「でなきゃ、白月が大変なことになるぞ?ほら」
そう言って悠介が指し示す方には雪愛がいた。
雪愛を見て春陽はすぐに気づく。
ずっとこちらを見ていたのか目が合った雪愛は機嫌が悪そうだ。
これには春陽も参ってしまった。
「はーい、皆!最終準備始めるよー!気合入れていこー!」
そんな葵の掛け声で始まった準備中、手は動かしながらも、春陽は雪愛に話しかけた。
「雪愛?その、悪かった。ああいうの慣れてなくて……」
「何が?」
春陽の方に顔を向けた雪愛は笑顔だった。
だが何だろう。
ちょっと怖いような……。
「いや、何がっていうか……」
「春陽くんは何か悪いことしたの?」
雪愛から何か見えない圧力を感じる春陽。
気のせいなのだろうか……。
「……雪愛が男子から次々寄って来られるのを見たら、俺はいい気はしない。それなのに俺のさっきの状況はそれと同じだ。だから、本当にごめん。これからは気をつけるから、……許してくれないか?」
春陽の言葉に雪愛は目を大きくする。
鼓動も一度大きく鳴った。
自分の気持ちをわかってくれたこと、春陽も同じ気持ちだということ、すべてが嬉しかった。
するとどうしたことだろう。
雪愛は急にしょんぼりし始めた。
「ごめんなさい。許すも許さないもないの。ちょっとだけヤキモチを焼いちゃっただけで……」
「いや、悪いのは俺だから。本当にごめんな。ただ……悪い。雪愛が妬いてくれたって思うとちょっと嬉しいな」
最後、春陽の口元には小さく笑みが浮かぶ。
「もうっ、春陽くんの意地悪っ」
雪愛は頬を膨らませた。
「ごめん……」
後頭部に手をやり、すぐに謝罪する春陽。
それで雪愛の頬は元に戻った。
「……後で私とも写真撮ってくれる?」
「ああ、もちろんだ。俺も雪愛と撮りたい。雪愛を見たときから言いたかったんだ。衣装すごく似合ってる」
「ありがとう……。春陽くんも似合ってるよ」
春陽に褒めてもらえたことで雪愛の頬が僅かに染まる。
「ありがとう。休憩時間には一緒に回るんだし、めいっぱい文化祭を楽しもう?」
「うん!」
雪愛の機嫌がよくなってくれたことに、春陽はそっと安堵の息を吐くのだった。
そしていよいよ文化祭の開催が校内放送で知らされた。
「さあ、それじゃあ皆。これから一日目。頑張っていきましょう!そして楽しみましょう!」
葵の掛け声でコスプレ喫茶が始まり、今に至る。
準備中にそんなやり取りをしたばかりだというのに、いざ始まってみたらこの状況だ。
当然すべてお断りしているが春陽は気が気じゃなかった。
雪愛の方を見ればそちらはうまくやっていた。
心配もあってつい目が行ってしまう。
体育祭で雪愛があれだけ堂々と彼氏がいると言ったのに、未だにあわよくばと考える男子生徒がいることは腹立たしいが、雪愛は接客として失礼にならない程度にあしらっているようだ。
ただ、自分が雪愛は大丈夫かと気にしているのもあると思うが、何度か雪愛から視線を感じ、そちらを見ると毎回雪愛が自分に向けて笑みを浮かべているのだ。
なぜか客も自分の方を見ているのが不思議だったが。
疚しいことは何もないのに、それが春陽には無言のプレッシャーになっていた。
春陽は気合を入れなおして接客を続けた。
一方、雪愛の方は確かに話しかけられたりはしているが、春陽に比べれば断然少なかった。
彼氏がいると言ったことはちゃんと効果があったようだ。
それに、雪愛達は理解していないが、朝、春陽と登校しているのを見た者はそんな気もなくしていた。
そのため、客で来た者は、純粋にこの出し物を楽しむ生徒がほとんどだった。
だから今雪愛にちょっかいをかけようとしているのはまだ本当の春陽を知らない男子達、ということになる。
そして、そんな男子に話しかけられ、普通に対応してもやめてくれない者に対し雪愛がどうやってあしらっているかというと―――。
「彼の前なのでそういうのはやめてもらえますか?」
「ああ、彼ってあれでしょ?陰キャっていう噂の。どこにいる―――」
「あの人です」
そう言って春陽を示し、自身も春陽に目を向ける。
すると春陽と目が合い、雪愛は嬉しくなり笑みを浮かべる。
先ほどから何度か同じようなことがあるが、その度に春陽はこちらを確認してくれている。
回数自体少ないが、毎回気づいてくれるのだ。
春陽だって忙しく接客しているのに、自分のことを気にかけてくれているのがわかる。
そんなの嬉しいに決まっている。
春陽の方は女子生徒からよく声をかけられているみたいだが、丁寧に断って、平穏に済ませているようで、雪愛は安心していた。
春陽が断ってもぐいぐい来る人がいたら助けに入ろうと考えていたから。
朝のクラスメイトとのことだって春陽の気持ちを疑ったとか怒ったとかではないのだ。
ちょっと拗ねてしまっただけで……。
春陽がそういうのを喜ばないことはわかっているし、春陽のことを信じているから。
雪愛に言われて、執事服の男子生徒を見た客は目を大きくする。
そこにいるのはどう見ても陰キャなどではなかったから。
そして、その執事服の男もこちらを見ている。
整った顔の男が自分達を見てくる姿には妙な迫力を感じ、思わず冷や汗が出る。
「私のことを気にかけてくれているみたいなので。これ以上は他のお客様のご迷惑にもなってしまいますし、ご退席いただくことになってしまうかと……」
「あ、いや……まあ冗談だから。そんな真に受けないでくれよ」
「そうそう。もう言わないからさ」
「……そうですか。それでは失礼します」
そう言って男子二人組のテーブルを後にする雪愛。
残された客の二人は執事服の男からの視線も外れたことにほっと安堵するのだった。
春陽が感じていた雪愛の視線というのは、このことだった。
雪愛は、単純に目が合って嬉しくて笑っているだけなのだが、先ほどのやり取りもあり、春陽が無駄にプレッシャーに感じていたのだ。
そして、そのタイミングは雪愛が面倒な客に捉まったときで、客からの視点では春陽に睨まられているように感じたのだ。
イケメンの真顔というのは相当迫力があるもののようだ。
こうして、それぞれが感じていることは異なっているが、絶妙なかみ合い方をして、春陽と雪愛の接客時間は忙しくとも大きな問題はなく過ぎていった。
そして、この文化祭以降、校内で春陽と雪愛のことを悪く言う声が二人に届くことは二度となかった。
二人の休憩時間となり、春陽と雪愛は早速先ほど撮れなかったツーショットの写真を撮った。
そこに写っているのは、執事服姿の春陽と春陽の腕に抱き着く和風メイド服の雪愛。
二人とも笑顔だ。
美男美女という意味でも、衣装の組み合わせという意味でも、とてもお似合いの二人だった。
それから二人は文化祭を楽しむべく教室を後にするのだった。
―――――あとがき――――――
こんばんは。柚希乃集です。
読者の皆様、いつも応援くださりありがとうございます!
今日は少し短めですみません(>_<)
本作はカクヨムコン9に参加中です!
よろしくお願いいたしますm(__)m
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