第56話 二学期の始まりは変化がいっぱい

 夏休みが明けた。

 二学期は、体育祭、文化祭、修学旅行とイベントがいっぱいだ。

 二学期初日の今日は、始業式の後、早速、英語、数学、国語、三教科の実力テストがあるが、春陽達のクラスでは多くの者が、夏休み中のことを思い思いに話していて騒がしくなっている。

 こんがりと日焼けしている者や髪の色が変わってる者などもおり、各々夏休みを楽しんだようだ。

 中には、ノートを借りて必死に宿題を写している者もいれば、テストに向けてか勉強をしている者もいる。


 そんな中、雪愛が教室に入ってきて席に着くと、いつもはあまり話さない女子生徒が三人、雪愛のところへとやってきた。


 雪愛は三人と朝の挨拶を交わす中、どうしたんだろうと疑問に思っていたが、次の言葉でなぜ話しかけてきたのかがわかった。

「ねえ、白月さん。夏休みの最初の方、男の人と一緒にショッピングモールにいなかった?」

「え?」

 ほら、あの――と説明してきた内容は、雪愛が春陽と出かけたショッピングモールで間違いなかった。

「ええ。行ったわね」

 嘘を吐いても仕方がないため正直に答える雪愛。

「やっぱり!私たちもあのときあそこにいたの!あの人って白月さんの彼氏!?すごいイケメンだったよね!」

 女子生徒の言葉に教室内が一瞬静かになる。

 男子の中には信じられない、と目を大きくしている者も多い。

「えーと……」

 雪愛は戸惑っていた。

 皆の視線が集まり、注目されてしまっていることを犇々ひしひしと感じたからだ。

 春陽だと気づいていないようだが、あまり騒がれるのも困る。

 春陽はそういうのを嫌がるだろうから。

 すると、そこで雪愛の前の席に座る瑞穂が助け船を出した。

「ちょっとちょっと。みんな騒ぎ過ぎじゃない?雪愛にだって男友達くらいいるし、一緒に遊びに行くことだってあるよ。ね?雪愛」

「え、ええ。そうね」

「でもさー、二人で出かけてたってことはデートでしょ?結構いい感じなんじゃない?」

「だよねー。普通にお似合いっていうか、仲良さそうだったし」

「雰囲気あったし、声かけれなかったもんね」

 それでも三人は雪愛から聞き出そうと言葉を続ける。

 さらには。

「今まで白月さんにそういう噂なかったから気になるじゃん。男友達って風見のことだよね?私、もしかして白月さんは風見のこと、って思っちゃってたからさぁ。ごめんね、白月さん。そんなのあり得ないのにね」

「よく話してるし、球技大会のときとか応援したりしてたもんね。正直なんで風見って思ったけど。ちゃんと本命がいたんだって私達も納得っていうか」

「風見には悪いけど釣り合ってないもんねぇ」

 無神経な言葉の数々に雪愛の機嫌が悪くなっていく。

 言い返したいのは山々だが、こうした相手に自分と春陽のことを話すのも嫌だ。

「……これ以上は内緒、ってことで。ご想像にお任せするわ」

 だから、雪愛はそう言って終わらせることを選んだ。

「「「えー」」」

「雪愛もこう言ってることだし、この話はお終い!」

 瑞穂に断言されて、女子生徒三人は不満に思いながらも渋々自席に戻っていった。

 おかげで集まっていた視線も元に戻っている。

「ありがとう、瑞穂。助かったわ」

 瑞穂と雪愛二人になり、雪愛はほっと安堵の息を吐く。

 まさか、クラスメイトに見られ、それを教室で聞かれるとは思ってもみなかった雪愛は、助けてくれた瑞穂にお礼を言った。

「どういたしまして。でも、雪愛。ああやって見られてたんだとしたらもう隠すのは無理かもしれないよ?」

「そうかもしれないけど……春陽くんの嫌がることしたくないの」

「あ~、風見って目立つの嫌そうだよね。雪愛と付き合ってるなんて知られたら……、うん、男子からの恨みが凄そうだね」

「なんで春陽くんが恨まれるのよ」

「なんでって……雪愛がこれまで振ってきた人数を考えればわかるんじゃない?」

「……私が好きなのは春陽くんだけだもん」

「だ、か、ら、そんな難攻不落だった雪愛のハートを射止めたのが風見ってことでしょ?そんなの面白く思わない連中はいっぱいいるんじゃない?まあ風見だって気づいてないみたいだしまだ大丈夫だとは思うけどね」


 その後、春陽が登校してきて、雪愛が話しにいくといういつもの流れになった。


 そんな中、教室内のとある男子生徒がじっと雪愛の席を見つめていた。

 その目は昏く澱んでいる

 先ほどの話し声も聞こえており、彼は腸が煮えくり返るような思いを抱いていた。

 彼は雪愛が出かけた相手が春陽ではないかと予想がついていた。

 

 花火大会の方が時系列としては後なのだが、彼の中ではそんな些細なことはどうでもいい。

「早くなんとかしないと。と接触はできた。あんな都合のいいやつがいたなんて、神様も俺に味方してくれている。後は、あのゴミをうまく使ってゴミ掃除させればいい。…待っててね白月さん。もうすぐ助けてあげるから」

 そう言って彼は歪な笑みを浮かべるのだった。

 彼は花火大会で雪愛を見かけて以降、夏休みの間、ずっと春陽のことを調べ続けていた。

 準備は、着々と進んでいた。



 昼休み。

 春陽は、いつもの五人で昼食を食べていた。

「そういえば、朝のあれ、大丈夫だったか?」

「あれ?」

 和樹が春陽に聞くが、春陽には何のことだかわからない。

 悠介も登校前でいなかったため、春陽と同じく疑問顔だ。

「ああ、春陽君あの時まだ来てなかったんじゃないかな?」

 春陽の疑問に気づいた隆弥が朝雪愛に詰め寄った女子のことを説明した。

「そんなことがあったのか」

「出かけてたのって、相手春陽だろ?あいつら学校での春陽と一致しなかったみたいで、色々白月さんに言ってたからな。遠野も心配してた」

 蒼真も眉間に皺を寄せている。

 蒼真は、朝の時間、香奈と勉強をしていた。

 予備校が一緒の二人は、よく顔を合わせていたが、今まではあまり話したりはしていなかった。

 けれど、花火大会で一緒に遊んで大分打ち解けたため、香奈が模試の結果が芳しくなく悩んでいる様子だったところに蒼真が声をかけ、そういうことなら勉強を教えようかと蒼真が提案し、以降二人はよく一緒に勉強をするようになったのだ。

 今朝も蒼真が香奈に数学を教えていたところだった。


「大切な人を悪く言われたら誰だって頭にくるよ。友達のことでもそうなのに、好きな人のことだから尚更白月さんは嫌だったと思うよ。綾瀬さんも自分のことみたいに怒ってた」

 隆弥も珍しく怒っているようだ。

 隆弥は、夏休みのオープンキャンパスで、たまたま同じ大学に来ていた未来が去年のクラスメイトから酷いことを言われている場に出くわし、割って入ったときのことを思い出していた。

 実際、このときの隆弥は非常に頼もしく、未来の心に響いていたのだが、隆弥本人は全く気づいていない。

 そんな未来と朝話しているときの出来事だったのだ。


「春陽と白月のことを知らないとはいえ、やっぱああやって直接言われるのはきついと思うわ」

 和樹が実感がこもったように言う。

 瑞穂とのことで思い当たることがあるのかもしれない。


 悠介は何も言わず、春陽を気遣わしげに見ている。


 ちなみに、和樹、隆弥、蒼真も春陽と雪愛が付き合い始めたことは知っている。

 花火大会にも一緒に行き、九人だけのメッセージアプリのグループもあるのに、女子は皆知っていて男子が知らないのも何だか仲の良い相手に隠し事をしているみたいでモヤモヤするため、春陽と雪愛は話し合って、グループメッセージで報告することにしたのだ。

 そのメッセージが送られた後、和樹達から、そしてあらためて瑞穂達からも次から次へとお祝いの言葉やスタンプがひっきりなしに並んだ。


 皆、言いふらすような人間ではないため、学校で知っているのはこのメンバーだけだ。


「わかった。雪愛と話してみる。皆ありがとう」

「何かあったら一人で抱え込まずに俺らに相談しろよ?」

 春陽の言葉に悠介はその場を明るくするような笑顔で春陽の肩をポンと叩いた。


 一方、雪愛達も朝のことを話していた。

 皆雪愛と春陽のことを心配しており、雪愛もそんな皆の言葉に、ありがとうと、春陽くんとも相談してみると返していた、のだが……。

もすごく怒ってたよー。本当のこと知りもしないで勝手なことばっかりーって」

「高橋君も風見君のこと悪く言われて不機嫌な顔になってた」

 未来、そして香奈の言葉に雪愛と瑞穂は目を大きくした。

 そう言えば、今朝は二人ともそれぞれ隆弥と蒼真のところにいた気がする。

「ねえ、未来。今隆弥っちって呼んだ?あんた男子は名前で呼ばないようにしてたんじゃ……」

 それは以前未来から教えてもらったことだ。

 変な風に思われるのが嫌なため、男子とは一定の距離を置いていると。

「香奈も。自分から男子のところに話しにいくなんて珍しいわよね?」


 急に近づいた距離に、いったい何があったのかと気になる雪愛と瑞穂だったが、未来も香奈も大したことじゃないとこの場では具体的に答えなかった。

 ただ、夏休み中に、未来はオープンキャンパスで、香奈は予備校で色々あったらしい。

 雪愛のときもそうだったが、こうした話が好きな四人だ。

 近いうちにパジャマパーティーが開かれることは間違いないだろう。


 その日の夜。

 春陽と雪愛はいつものように電話していた。

 今話しているのは今朝のことだった。

 学校では目立たない春陽が今日の雪愛のように色々聞かれることは今後もないだろう。

 雪愛は学校での春陽だろうと外で会うときの春陽だろうと悪く言われるのが我慢ならない。

 ただ、できれば平穏に過ごしたいのが二人の本音だ。

 今なら瑞穂が隠したがっていたのがわかる気がする。

 結論としては、今後、雪愛が誰かから色々言われることに耐えられないと思ったときには、二人が付き合っていると言ってしまうということになった。

「春陽くんはそれでいいの?そういう興味本位の人とあまり関わりたくないんじゃ……」

「問題ない。雪愛と付き合うことになった時から覚悟はできてるから。そんなことで雪愛のストレスが溜まる方がよっぽど問題だ」

「ごめんなさい……。ありがとう、春陽くん」


 雪愛は、今まで自分が周りにどう思われているかあまり考えたことはなかった。

 これまでは今日のようなことを聞かれても全部見当違いのことばかりだったから真面目に受け取ったことがなかったのだ。

 こうして春陽と付き合うことになって初めて自分の恋愛事に周囲が興味を持っているということを実感してしまったのだった。



 ―――――あとがき――――――

 こんばんは。柚希乃集です。

 読者の皆様、いつも応援くださりありがとうございます!

 また、本作の短編を限定近況ノートに投稿しています!

 https://kakuyomu.jp/users/yukinosyu/news

 本編には影響ありませんがよろしければぜひ。

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