第12話 テストの打ち上げという名の(春陽)
一方その頃、春陽は悠介の部屋にいた。
悠介の部屋はベッドに本棚、テレビ、小さなテーブルと勉強机がある。男子高校生の部屋と考えれば綺麗な部屋と言えるだろう。本棚には漫画が並んでおり、バスケを題材にしたものも複数ある。バスケが主題のスポーツ雑誌もいくつも並んでおり、バスケが好きなことが窺える。
テスト期間中はバイトは休みと麻理から言われているため、春陽は今日もバイトはない。
春陽と悠介もテストが終わったことをジュースとお菓子で祝っていた。今日はこの後、佐伯家で夕食もご馳走になる予定である。
そして、こちらでももうすぐ行われる球技大会へと話題が移っていた。
「そう言えば、春陽は球技大会、白月の応援には行くのか?」
確か、バドミントンだったか、と悠介が春陽に聞いた。
「ん?なんでだ?」
春陽は悠介の言葉に疑問顔だ。春陽の中では誰かの応援をしに行くという考えがそもそも無かった。雪愛の種目も今知ったところだ。
「いや、だって白月なら絶対お前の応援に来ると思うぞ?」
悠介は呆れたように春陽に言った。
春陽はハッとしたように目を少し大きくし、黙って考え込み始めてしまった。
黙ってしまった春陽に悠介が別のことを話しかける。その表情は先ほどよりも真剣みを帯びているようだ。
「なあ春陽、今度の球技大会、やっぱマジでやるってわけにはいかねえか?」
「……なんだいきなり?」
考え込んでいても悠介の声は聞こえていたようで、少し遅れて春陽が返事をした。
「いやー、やっぱ折角ならお前のあのすげーパスまた受けたいなと思ってな。後、お前のカットも久しぶりに見てみたくなった」
「……………」
春陽は悠介の言葉に再び黙ってしまった。
春陽がなぜバスケに嫌気が差してしまったのか、悠介は知っている。
中学のバスケ部員達がどうしようもないクズ揃いだったからだ。
春陽と悠介の通う中学のバスケ部はそこそこの強さだったがあと一歩という感じだった。
それでもその結果から高校へスポーツ推薦で行く者が多くいた。
だが、素行が悪い者が多く在籍していることは学校内では有名だった。
生徒達から見れば噂レベルだが、実際、学校側の思惑として、そうした生徒をなるべく高校へと推薦で進学させるためのバスケ部、という面があったことは否定できない。
そんなバスケ部の練習は厳しいものだったが、練習自体は皆手を抜いたりせず取り組んでいた。
悠介も入部時点で上手い方だったが、練習についていくのが大変で周りに気を配るほどの余裕はなかった。
だから悠介が気づいた時にはすべてが終わってしまっていた。
春陽はバスケ部に入部してすぐから飛び抜けて上手かった。当然だ。同年代で、この地域でミニバスをやっていれば春陽のことを知っている者は多いだろう。それほど小学生の頃から上手かったのだ。悠介も小学生の頃に対戦しており、強く印象に残っていた。
小五の途中から試合などで見なくなり、辞めたらしいと聞いた時は悠介自身心底驚いた。そんな春陽が同じ中学でバスケ部に入部してきたのだ。顔を見た時、雰囲気が変わったように感じたが、間違いなく当時周囲からハルと呼ばれていた彼だとすぐに悠介はわかった。
当時、彼の名前は橘春陽だったはずだが―――ご両親の離婚があってミニバスを辞めることになったのかもしれないと推測し、ならばその辺りのことを聞くのは失礼だと自分の中で結論付けた。
そして、ブランクを感じさせない春陽の姿に悠介のテンションも上がるというもので、春陽と共に試合に出て、自分達の代ではさらに上へ行こうと、そのためにもっとバスケが上手くなりたいと練習に励んでいた。
春陽はただ上手いだけではなく、真面目に練習にも取り組んでいた。そんな春陽を同級生の部活仲間は、目標にしたりライバル視したりと色々だが、その関係は悪いものではなかった。春陽から積極的にコミュニケーションを取る、ということは無かったが、一年生を引っ張っているのは事実だった。
だが、そんな春陽のことが当時の先輩達は気に入らなかったのだろう。春陽は標的にされてしまった。
最初は偶然を装って、練習中に春陽へラフプレーが行われた。それは徐々に、しかし確実に激しくなっていった。加えて、一年だからと雑用を押し付けられることも多く、春陽が優先してやらされるようになっていった。
悠介は当時気づけていればと悔しがったが、彼らも隠すのが上手かった。自分達側ではない、と判断すれば徹底的に隠し、逆ならば言葉巧みに仲間に引き込んでいった。同級生まで何人も彼ら側につき、嫌がらせは陰湿さを増していき、表面上は余計にわかりにくくなった。
隠していると言っても、上級生の中には気づいている者もいたが、自分に被害が来ないよう見て見ぬふりを貫くものばかりだった。
彼らの仲間になっていない悠介を含めた一年生は本当に気づけなかった。
そうして、同級生も含めて春陽にとって敵と言えるような相手が部活内にどんどんと増えていった。
実際、この学校のバスケ部は春陽に対してだけでなく、代々気に入らない人間を標的に定めて、その相手で自分達のストレスを発散する、ということをしていた。先輩がしているのを見てきた後輩が、先輩の引退後、今度は自分がその立場となり、そういった行為を引き継ぐように代々と。
それでも春陽はその程度のこと気にもしていないというように部活に出ていた。
だが、春陽は何も感じていない訳ではなかった。夏になる前には、春陽はこのバスケ部だけでなく、すでにバスケそのものが嫌いになっていた。ただ義務のようにバスケ部に来て黙々と練習をしていた。悠介を含め、春陽に対する仕打ちに気付いていない一年生部員は春陽が練習に集中していると思っていたが、実際は春陽の人間不信が強まりバスケ部のすべてに対して春陽が壁を作っただけだった。
夏が過ぎ、三年が引退しても春陽への仕打ちは変わらなかった。
メインの人間が二年生に変わっただけで、標的は変わらず春陽のままだった。
そして、もうすぐ二学期も終わるという時にそれは起こった。
その日悠介は担任に用事を頼まれ、部活へ行くのが遅れた。
引退したはずの三年生達が練習中に現れた。今から面白いものが見られるとでもいうようにテンションが高い。自分達の仲間側である部員を取り巻きにしながら三年生のリーダー格である
「なあ、風見。お前ミニバスやってたんだってな。けど途中で辞めちまったんだろ?なんでだ?」
工藤を筆頭にニヤニヤと嫌な笑いを浮かべ、春陽の返答を待っている。
「別に。特に理由なんてありませんけど」
春陽は心底面倒臭そうに、ただし、無視しても面倒なため、平坦な声で答えた。
「そんなことはないだろう!お前のせいで!お前が生まれてきたせいで!お前の家族めちゃくちゃになったんだろ?それで続けられなかったんだよなぁ?」
大仰に腕を広げ、芝居がかった口調で言う工藤の言葉に春陽は息を飲んだ。
どうして
春陽が小五の時に、とあるきっかけで春陽はミニバスを辞めることになった。そして、しばらくすると春陽の両親は別居した。その後、離婚が成立したのは春陽が小六の時の夏だった。
麻理のところに住むようになっても、残り半年ということもあり、住民票等も移さず、春陽は通っていた小学校を卒業するまでずっと橘春陽として過ごした。
中学になるタイミングで風見姓にし、麻理の家は学区が異なるため、中学に春陽の小学校時代の同級生はいない。
工藤が春陽の家の家庭の事情など知っているはずがない。
そもそも、一家族内の裏事情を知るものなどいない。そう、家族以外は。
だが、知らなければこんな言い方はできないだろう。もし誰かに聞いたのだとしたら―――――。
両親のどちらかということはないだろう。離婚の理由が理由のため、母親は言うはずがないし、父親もそんなことを人に話すとは思えない。
ならば―――、一人しかいない。
姉の
工藤はさらに続ける。
「家族はバラバラ!さらに母親にまで捨てられて今は赤の他人の新しい寄生先を見つけたんだっけかぁ?なぁ風見!いや橘ぁ?もしかしてお前のせいでその寄生先もぶっ壊れるんじゃねえか?ぎゃはっはっはっはっ」
最後の部分は仮定の話をしただけなのだろう。そうなったら面白いとでも思っているように。だが、貴広に病気が見つかり闘病生活をしている現状が、『自分のせいでぶっ壊れる』という言葉と春陽の中で見事に繋がってしまった。
その瞬間、身体をビクッとさせ、頭が真っ白になってしまう春陽。小刻みに震えているようにも見える。
だから反応が遅れてしまった。
「だからよー。そんな奴がバスケ部にいると迷惑なんだよ。バスケ部まで壊されちゃ溜まんねえからなぁ。おら、キャプテンとしてやっちまえ!」
その言葉に、モップを持ってずっと工藤の隣で青い顔をしていた当時のキャプテンの二年生が、「うああああぁぁぁっっっ!」と叫びながらモップを逆手に持ち、思いっきり春陽の頭目がけて殴りかかった。
ドッ!と鈍い音が鳴った。
「ぐっっ!!!?」
春陽の顔が苦悶に歪む。春陽は咄嗟に左腕で庇ったが、モップの柄が思いっきり春陽の腕を叩き、春陽の左腕は見る間に青黒く腫れ上がり、明らかに腕の骨が折れていた。
「風見っ!?」
悠介が部活にやってきて目にしたのは、モップを振り下ろした姿勢のキャプテンと腕を押さえている春陽だった。周囲にも人はいるが気にしていられなかった。
「大丈夫か!?何があった!?」
悠介が春陽に問いかける中、工藤が笑いながら言った。
「あーあー、完全に折れてんじゃないか?これに懲りたらバスケ部に迷惑かけんじゃねえぞ?はっはっはっはっ!!!」
言いたいことを言い、腕を押さえ、苦悶の表情を浮かべる春陽の姿に満足したのか、三年生達は去っていった。
春陽の容態を確認した悠介はすぐに春陽を連れ保健室へと向かい、養護教諭から麻理へと連絡が行くとともに春陽はすぐに病院へと連れていかれた。
翌日の部活で、悠介は顧問からキャプテンに殴るよう指図した工藤一人が高校への推薦が無くなったこと、そしてキャプテンが退部したことを伝えられた。煽っていた他の三年生達などはお咎めなしだ。
キャプテンは三年生に逆らえず、命令どおりにやるしかなかったが、腫れた春陽の腕を見て、自分のしたことに後悔や不安、恐怖が募り今日の朝退部を申し出たのだった。
そして最後に、今後こういうことが無いように、との一言だけで通常の部活に戻ってしまった。
他の部員はそのまま部活を始めようとしたが、あまりにもあんまりな内容に悠介は憤慨を露わにした。
だが、顧問は面倒なやつの相手をするかのように悠介をあしらうだけだった。
その数日後、春陽が部活を辞めると知ったときには、自分への不甲斐なさや悔しさといったやりきれない思い、春陽とバスケができなくなるという事実に、骨折をして痛々しい姿の春陽に当たってしまった。
けれど春陽はどこまでも冷静だった。冷めていたと言う方が適切かもしれない。
「この腕だろ?家で色々と聞かれてな。そんな部活なんて辞めてもいいって言われたから。これで心置きなく辞められる」
「それはっ!確かに今回のことは―――」
「いや、今回のことだけじゃない」
そう言って、これまでのことを話してくれた。そして、俺はもうずっと前からバスケに興味の欠片もないと。最後に、佐伯もこの部活を続けるなら気を付けた方がいい、と言って。
初めて聞く内容に悠介は一瞬頭が真っ白になったが、春陽のされてきたことを考えれば、辞めて当然だと思えた。むしろこれまで普通に部活に来ていたことの方が驚きだ。
そんな相手に八つ当たりしてしまったことを悠介は恥じた。
それからだ。春陽がさらに人と関わらないようにしていく中で、悠介だけが春陽に積極的に関わっていくようになり、今の春陽と悠介の関係になっていった。
後になって悠介は麻理から聞いたが、部活は貴広から勧められたものだから自分から辞めるなんて考えられなかったらしい。
貴広もそれがわかった時には自分の言葉をひどく悔やんでいたそうだ。
春陽が怪我した当時のことを悠介に話してくれた時の麻理は、必死に怒りを抑え込もうとしていた。思い出すだけで怒りがこみ上げて仕方ないのだと。貴広に止められたからしていないが、本当ならば、すぐにでも高校時代の仲間を集めてお礼参りしてやりたいと冗談ではない本気の目で言っていた。
その後、二年になる頃には悠介もこのバスケ部が心底嫌になっており、すぐに辞めた。
悠介が春陽のことをより深く知ることになったのは、高校に入ってすぐのことだった。
悠介は春陽が昔のことを話したがらないため、これまでそういった話題は自分から聞かないでいたのだが、その日は春陽から話してくれた。悠介のことを少しは信用してくれたのかもしれない。
きっかけは、春陽が悠介に誘われ佐伯家へと行った時に、春陽が一人暮らしを始めたことを知った悠介の両親が食事の心配をし、春陽に食べて行くように言ったのだ。悠介の両親と悠介、楓花の佐伯家全員と春陽の五人で初めて一緒にご飯を食べ、和やかな時間が過ぎていった。
そして食後、悠介の部屋へ移動した後、春陽がボソッと呟くように言ったのだ。
「悠介の家族は何て言うか、
「なんだいきないり?」
悠介は春陽の言葉は聞こえたが、どういう意味だと疑問に思い、尋ねた。
春陽は悠介の反応に苦笑いを浮かべた。
数秒の沈黙の後、
「………俺の知っている家族はやっぱりおかしかったんだな、って」
そう言って、春陽は自分の家族について悠介に教えたのだった。
話を聞いた悠介は絶句した。なんだそれは、と。春陽は何も悪くない。なのに、すべての負の感情が春陽へとぶつけれている、そんな内容だった。
そこから麻理の家に行くことになった理由は春陽にもわからないらしい。
そんな自分を麻理達は優しく迎え入れてくれたのだと続ける春陽。
「だから、中学の時、バスケ部で何をされても本気でどうでもよかった。それよりも貴広さんと麻理さんに勧められて入った部活を続けることの方が大事だったからな。けど、ほら、バスケ部で腕をやられた時さ、三年の奴にお前のせいで全部ぶっ壊れるって言われたんだよ。…貴広さんの病気のこともあって、その言葉にその通りだって納得しちまったんだ。そしたら一瞬何も考えられなくなって。反応が遅れてあのザマだ」と笑って話す春陽に悠介は、そう…だったのか、としか返せなかった。
だが、そこからだろう。本当の意味で悠介が春陽の良き理解者となったのは。
黙ったままの春陽に、悠介は自分から言葉を重ねた。
「…やっぱバスケなんてもう嫌か?」
今度は春陽からすぐに反応があった。だが、それは少し悠介の予想とは違う言葉だった。
「いや……、なあ、悠介。なんで雪愛は、彼女は俺にそんなに構うんだろうな?」
「なんだそりゃ?」
いきなり雪愛の話が出てきたため、もう少し説明しろと悠介は春陽に疑問で返す。
「彼女はクラスでも中心にいるような子だろ。男子からは高嶺の花みたいに思われてるような。本当なら俺となんて関わることもなかったはずだ。なのに俺なんかの応援に来るとか…おかしいだろ?」
春陽は確かに誕生日の日、雪愛との関係に一歩を踏み出した。けれど、どうしても自分とは不釣り合いという思いが根強いのだ。眩しいほど真っ直ぐな雪愛に対し、人を信じることすら難しい自分では、と。
春陽の言葉を聞いて、お前はまだそんなことを言っているのかと言いたい気持ちをぐっと堪える悠介。
「おかしくはないだろ。白月だって、誰とどう関係を築いていくかは本人の勝手だ。周りがとやかく言うことじゃない。春陽、お前だってそうなんだぞ」
春陽は目を大きくした。以前に雪愛本人からも似たようなことを言われたのを思い出したのだ。
雪愛は誰に何を言われたわけでもなく、自分自身の意思で春陽と仲良くなりたいと言ってくれている。
ならば、自分は―――。
「……球技大会、本気でやったら、もしも勝ち進めたら雪愛は喜んでくれるかな?」
雪愛が応援に来るかもしれない。悠介の言うそれをはっきり否定することは春陽にはできなかった。ならば、もし応援に来てくれるならば、雪愛が喜んでくれるような試合がしたい。
「っ春陽、お前…」
春陽の言葉に驚きを隠せない悠介はすぐに言葉が出てこない。
「ブランクもあるし、勝てる自信がある訳でもない。というか難しいだろう。それでも折角なら喜んでもらいたい。…それに、お前の期待に応えられるかはわからないが、応えたいとは思うしな」
そう言って春陽は悠介を見て小さく笑った。
「っな、なんだよお前!期待に応えるとかそんなのはいーんだよ。お前とまたガチでバスケができるってだけで。それだけでよー」
中学の時とは違う。公式の試合でも何でもない。勝ったからといって何かあるわけでもない。けれど、当時思っていた春陽と同じチームで上を目指して戦う、ということが叶えられることに悠介は胸がいっぱいになったのだった。
「………あと、雪愛の応援付き合ってくれるか?」
少し照れたように言う春陽に、
「ああ。もちろんだ!」
悠介は、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて了承するのだった。
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