第11話 テストの打ち上げというの名の(雪愛)

 キーンコーンカーンコーン――――。

「そこまで。一番後ろの席の人は答案用紙を集めてください」

 試験担当の教師がテスト終了を告げる。

 今の教科で三日間の中間テストが終わった。


 教師が答案用紙を持って教室から出て行くと、教室内はようやくテストがすべて終わった解放感から緩んだ空気になっていた。

 テストが終わったことを喜び合ったり、この後の遊びに行く予定を立てたりとザワザワした雰囲気だ。


 そんな中、雪愛が小さく伸びをしていると、前の席に座る瑞穂が横向きに座り直した。

「お疲れー。テスト終わったね。解放感がハンパないわ」

「お疲れさま。ふふっ。そうね」

「この後、大丈夫だよね雪愛?」

「ええ。テストの打ち上げでしょ?大丈夫よ。どこに行くか決まってるの?」

 雪愛は先週、瑞穂達からテスト最終日の今日、四人で打ち上げをしようと誘われていた。

 四人でよく行くカラオケかなと思いながら雪愛は行先を聞いた。

「うーん、今日は取りあえずファミレスかなって。

「わかったわ」

 いつもならストレス発散にカラオケだーと言いそうなものだが、おしゃべりというのも割とよくある。

 雪愛は特に考えることもなく了承した。


 そうして帰りのホームルームも終わり、学校を出た四人はそのまま駅前にあるファミレスへと入っていった。


 ドリンクバーとフライドポテトを一つ注文した雪愛たちはそれぞれドリンクを取りに行き、瑞穂のテストお疲れーという音頭で乾杯した。


 しばらく会話を普通に楽しんだ後、最初に切り出したのは未来だった。


「ねえ、ゆあち。最近よく、風見っちとさえきちと話してるよねー?」

 瑞穂と香奈は頷きつつも黙って雪愛の返事を待つ。

 三人はこれが聞きたくて今日セッティングしたのだ。

 ちなみに、『さえきち』という名前の人のような発音だったが、漢字で書けば『佐伯ち』という未来なりの悠介の呼び方だ。

「え?まあ…そう、かしら?」

 よく話していると言われるほど頻繁に話しているとは思っていない雪愛。実際未来達と話していることの方が圧倒的に多い。

 だが、これまで全く話していなかったことを考えれば少し話すようになっただけでも『よく』ということになるのだろうか、そんな考えから疑問形のような返しになった。

「そうだよー。ゆあちが男子と話してるの私初めて見たもん。いつの間に話すようになったのー?」

「色々あってね。それで話すようになったの」

「色々ってー?」

「それって雪愛がクラスを見て回ったのと関係してるの?」

 未来の言葉に瑞穂が被せる形となった。

 それは、連休前にあった雪愛の不思議な行動だ。瑞穂はそれと関係しているのかと雪愛に聞いた。その時は結局深く聞くことができなかったため、どういう理由があったのかよくわからなかったが、連休明けから春陽、悠介と話すようになった雪愛の変化がその時からではないかと瑞穂は考えたのだ。

「そうね。あの時は春陽くんを探してたの」

 特に隠している訳でもないため肯定する雪愛。

「はるひくん?」

 香奈が首を傾げて繰り返した。誰のことか思い当たらなかったようだ。

「ああ、風見くんのことよ。風見春陽くん」

 香奈の疑問が伝わったのか、雪愛が答える。

「えっ!?」

「名前で呼んでるんだー?」

「雪愛が男子を名前で呼ぶって…。雪愛、風見と何があったの!?」

 上から、香奈、未来、瑞穂である。

 瑞穂の中で春陽と何かがあったことは確定らしい。よほど気になるのか体を乗り出している。

 三人にグイグイと来られ、雪愛は若干引き気味だ。


 ちなみに四人の席は、雪愛の隣に香奈、テーブルを挟んで雪愛の正面に瑞穂、その隣に未来といった形だ。


 雪愛はちょっと待って、ちゃんと話すからちょっと落ち着いて、と三人を宥めてから口を開いた。

「少し前にね、男の人たちに絡まれているところを春陽くんに助けてもらったの。その時は春陽くんだって気づかなくて。けど、同級生だってことはわかってたから全部のクラスを見に行ったってわけ」

 結局は同じクラスだったから意味はなかったんだけどね、と最後に苦笑いを浮かべた。


「…あの風見が!?」

 瑞穂は驚きから目を大きく開いている。未来と香奈も瑞穂と同じ理由から驚いているようだ。

 言い方は悪いが、春陽は地味で暗い印象の男子だ。そんな男子が複数の男に絡まれている女子を助けるというのが全く結びつかない。

 むしろ…、

「…雪愛に近づくために風見が仕組んだとか?」

 その方がしっくりくるとすら思えてしまう。

 だが、瑞穂のその言い様に雪愛の機嫌が急降下する。表情にも出ており、不機嫌を隠そうともしていない。

「っ!?そんなのじゃないわ!春陽くん以外見てるだけで誰も助けてくれなくて、その後もすごく親切にしてくれて―――」

「っ、ごめん、雪愛!本気で言ったわけじゃないんだ!本当ごめん!」

 瑞穂はそんな雪愛を見て慌てて謝罪した。男子に興味のなかった雪愛がこれほど怒るとは思っていなかった瑞穂は本気で困り顔だ。

 その場を取りなすように香奈が口を開く。

「ゆ、雪愛ちゃんはその時助けてもらったことがきっかけで風見君と仲良くなったの?」

「ええ」

「えと、じゃあ佐伯君とは?」

「佐伯くんは春陽くんと仲が良くて、それで私も話すようになったの」

「そうなんだ…」

 香奈も困惑していた。一年の頃から雪愛が男嫌いと言っても過言ではないと知っているからだ。

「風見君ってどんな人なの?」

「春陽くんはね、すっごく優しくて、頑張ってる人なの。バイトも一人暮らしもしててね。ふふっ、それでも勉強も赤点取らないようにって頑張ってて。周りにいる人も本当にいい人たちばかりで―――」

「そ、そうなんだ」

 それが、春陽のことには目の色を変えるなんて、と。今も春陽を語る雪愛は笑顔がキラキラしている。

 雪愛としては、自分の友人が春陽のことを知りたいと思ってくれたことが純粋に嬉しかった。学校での春陽は印象が大分違う。意図的にしているようだが、だからこそ、みんなには本当の春陽を知ってほしい。人と関わりたくないと言っている春陽には迷惑かもしれないが、それでみんなと仲良くなってくれたら嬉しいなと思ってしまう。


 雪愛は気づいていない。自分のその考えに、とても可愛らしいレベルだが、春陽への独占欲のようなものや自分の方が春陽を知っているという優越感のようなものが確かに含まれているということを。

 雪愛は気づいていない。自分のその思いが―――みんなに対して友人として『仲良くなってほしい』と、自分が春陽に伝えた『仲良くなりたい』とが、同じ言葉であっても意味合いが確かに違っているということを。



 雪愛の言う風見春陽は、瑞穂達の知る、と言ってもほとんど関わりも無く話したことも無いためイメージに近いが、と全く結びつかない。

 だが、香奈と話しながら雪愛の機嫌が戻ったことに瑞穂と香奈はそっと安堵した。


 そんな時だ。


「ゆあちは風見っちのことが好きなのー?」

 ここまで黙っていた未来が言った。

「ええ。好きよ」

 好きか嫌いかで言えば、当然好きだ。好きでもない相手と仲良くなりたいなんて誰も思わないだろう。

 雪愛の迷いのない答えに瑞穂と香奈は息を飲む。

 だが、未来は違った。なんだかこちらの言いたいことが伝わってないように感じたのだ。

「それは、風見っちに恋してるってことかな?」

 表現を変えてもう一度雪愛に聞いた。

「っ!?……恋、っていうのは正直よくわからないわ。……今までそんなこと考えたこともなかったから」

 未来の感じたことは間違っておらず、今度は雪愛に正しく伝わった。友人とかそういうのではなく、恋愛対象として好きなのかと。

 雪愛の答えはわからない、だった。

 小学生の時には、無神経なことを言われ傷ついた経験から男の子が苦手になった。中学生の時には、異性の視線に嫌気が差し、男子を好きになるなんてありえなかった。


 だから、雪愛はまだ恋というものをしたことがなかった。


「んー、ゆあちは風見っちともっと仲良くなりたい?」

 未来は大分表現を和らげて聞いた。恋がわからないと言っている相手に「キスしたいと思う?」なんて聞いても、考えたこともない、と言われるのがオチだろう。

 実際、未来のその予想は当たっている。万が一、そう聞かれれば、雪愛は間違いなくそのとおり答えるからだ。顔を真っ赤にしてその後の質問には高確率で答えてくれないだろう。

「ええ。仲良くなりたいと思ってるわ」

「いろんなとこ行ったりしたい?」

「…まあ、そうね」

 何か想像したのだろうか。雪愛の返事はワンテンポ遅れた。

「じゃあ、?さえきちとも同じように仲良くなりたい?」

 今度は雪愛の沈黙が少し長かった。

「………仲良くなりたいとは思うけど、同じように、ではないわね」

 悠介とも話していて嫌な感じがしないのは本当だ。それに楓花のお兄さんでもある。仲良くできるならばしたいと雪愛は思っているが、春陽と同じかと聞かれれば、それはちょっと違うと感じた。

 

 ………この『ちょっと違う』が恋、だとでもいうのだろうか。

 確かめようもないそんな疑問が雪愛の脳裏に過った。

 雪愛が恋というものに意識を向けた初めての瞬間だった。


「そっかー。ゆあちはかわいーなー。風見っちと仲良くなれるといいね」

「ええ、ありがとう?」

 どこに可愛いの要素があったのか、と首を傾げる雪愛だった。


 未来と雪愛のやりとりを黙って聞いていた瑞穂と香奈がこれに続いた。

「ま、私らで協力できることがあったら何でも言ってよ。ね、雪愛」

「うん。私も雪愛ちゃんのこと応援してる!」

「ありがとう、二人とも」


 瑞穂、未来、香奈の感想は一致していた。

 雪愛は春陽が好きだが、まだ自覚がないのだと。

 そしてこの思いも一致していた。

 けど、どうしてその相手があの風見春陽なのかと。

 もっといい男が他にいるのでは?とは口が裂けても言えないが、紛れもなく正直な彼女たちの気持ちだった。

 三人は風見春陽という男子に興味を持ち始めた。


「あ、それなら、来週の球技大会、雪愛はバスケの応援に行くの?」

 聞いたのは瑞穂だ。来週の水曜に球技大会がある。学校側の用意したテストの打ち上げ的要素とクラスの親睦を深めるためのイベントだ。結構なクラスがここで一気に仲良くなったりする。

「ええ。自分の出る時間と被らなければそのつもりよ。みんなは?」

 当日の試合スケジュールは生徒会が決めており、週明けに知らされる。

「私は特に見たいってのはないし、雪愛に付き合うよ」

 言いながら、選手決めの時のサッカーを選んだ男子達を思い出し、心の中でご愁傷さまと呟いた。

 だが、あちらはトーナメントまで行く可能性がある。そこまで行けば、だいたいがクラス全体での応援になる。

 バスケは…まあ十中八九予選負けだろう。

「私も雪愛ちゃん達と一緒に応援するよ」

「んー、私も特に見たいのとかはないかなー。男子の試合なら迫力ありそうだし、四人で応援行こっかー」

 こうして、四人で春陽たちのバスケを応援に行くことが決まった。


「あ、その日のお昼なんだけど―――――」

 雪愛が三人に向けて自分の考えていた話を切り出した。


 話を聞いた瑞穂、香奈、未来は、

「ま、いいんじゃない。頑張れ雪愛」

「素敵だと思う。絶対喜んでくれるよ」

「やっぱりゆあちはかわいーなー」

 それぞれそう雪愛に返したのだった。


 そして、雪愛の恋バナ?に触発されたのだろうか、未来が、以前言っていたイケメン店員のいるカフェの話を始めた。あの時は雪愛に断られたため、三人で行くことも結局止めたらしい。未来はあれからも何度か一人でそのカフェに行っており、今度こそ四人で行こうという未来に、雪愛もさすがに同じ誘いを二度も断ることに気が引け、今度行こうということで決まった。

 未来としては、自分の良いと感じているものをみんなに知ってもらい、共感してほしいという思いが強いようだ。


 その後もしばらくファミレスでおしゃべりは続いたが、

「このまま話してるのもいいけど、カラオケ行って、歌って騒がない?テストも終わったことだし、こうパーッとさ」

 と瑞穂が提案した。

 元々、今日ファミレスに来たのは雪愛の変化について詳しく聞くためだ。

 その目的は十二分に果たされたと言っていい。

 そうなれば、テストというストレスからも解放された今、溜まったストレスを発散したくなるというもの。


 皆瑞穂の案に賛成し、四人はファミレスを後にし、カラオケへと向かったのだった。

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