成仏させたい
明(めい)
第1話
午後七時五十九分。駅ビル内に「蛍の光」が流れている。店内に客はいない。
「迫田君、シャッターお願い」
「うぃっす」
アルバイトの迫田にシャッター閉めをお願いし、福田恭介はレジ締めにとりかかる。
大学二年の迫田は言葉遣いを、何度指摘しても直さない。仕事はするし、接客を始めるとお客の前では丁寧に話すので、黙認している。厳しく言って辞められたらかなわない。
七階建て駅ビル内の三階、奥まったところにあるシューズ「ダイアン」東京グリーン店。
恭介は上質な革靴を扱う、大手靴屋の支店長だ。
「どうっすか、今日は」
シャッターを閉め終えた迫田が戻って来た。
「今日もさっぱりだ」
レジの照会は一円の狂いもなくぴったりだ。だが、八万二千円。それしか売れていない。
革靴なので一足一万程度する。八万ということは客が七、八人しか来ていないということだ。この半年、客足がなく売り上げが悪い。
「やっぱり朝岡さんの言うとおり、店長になにか憑いているんじゃないっすか。顔色悪いですし」
言われて頬をさする。接客業なので身なりは清潔に見えるよう、きちんと整えている。
「顔色悪いか?」
「悪いっすよ。この前、店長が休日の時に朝岡さんと深沢さんで噂してたとこっす。
マジでお祓いとかしたほうがいいんじゃないっすか」
迫田は悪びれずに言う。そもそも悪気もないのだろう。店は社員である恭介と朝岡の二人が早番と遅番で交代制。早番は九時から六時まで。遅番は十一時から八時まで。
他は迫田と深沢という女性のアルバイトの四人で回している。
朝岡は三十代独身、霊感があり、常日頃から売り上げが伸びないのは店長になにか憑いているのだ、とアルバイトに言いふらしているのだ。
恭介自身にも、心当たりがないわけではない。だから何も言わずにいた。
「すんません。じゃ、お先っす」
「お疲れ様」
迫田は狭い店の奥から鞄を持ち、従業員専用の裏口から出て行く。
売上金を駅ビルの指定された金庫に入れ、店に戻ると不意に鞄からラインの通知音が鳴った。することはもうない。鞄の奥からスマホを探り出し、見てみる。蓮美からだ。
『仕事お疲れ。今日はうちにくる?』
行く、と打とうとしてまた今度、と断った。
悪いことはなに一つしていないのに、後ろめたさがあるためだ。
スマホをしまい、店の中をひととおりチェックしてから電気を消して裏口から外へ出る。
秋が始まっているが、まだ暑い。
温暖化の影響なのか、他の要因があるのか、ここ十数年ほど、十月半ばまで暑い。
恭介は程よい疲労感と、胸に秘めた苦しさを抱えて電車に乗った。
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