庶民Kの旅路

夏生 夕

午前

きっかけは前日の昼食時だった。


自宅ストックの最後のひとつとなったソーキそばのカップ麺と紅いもタルト。

職場の食堂にて無心で食べていたら、美味しそうなもの食べてるねぇ、と同僚に声をかけられた。「ひとり沖縄ごっこです。」と答えた瞬間のあのちょっと引いた顔を今でも覚えている。それを見て、どうやらわたしは疲れているらしいことに気付いた。

連休が取れないことへの無意識の反抗だったのかもしれない。

あれは確か、10月頃のことだったと思う。


この日の帰りがけに券売機でチケットを買った。翌朝9時発の名古屋行きチケットだった。なぜ名古屋かと言えば単純に行ったことの無い土地だったからだ。

人生初ひとり旅、よっぽどのことが無い限り持て余す時間をつくってはいけない使命感と程よい近さに白羽の矢を立てた。この頃わたしは東京に勤めていたため、およそ1時間30分で行けてしまう距離が魅力的だった。

観光都市、名古屋。

飯うま遊覧スポット多し治安良し。最強じゃないか。個人のイメージです。

前日の夜は正直たのしみ過ぎて眠れそうに無く、まさしく遠足前のようにソワソワしていた。しかしそれでは当日に響くことは大人だから分かる。必死で自分を寝かしつけた。


翌朝、いつもと同じ時間に起き、いつものルーティーンで支度をして家を出た。唯一違う点は服装と、空っぽ同然の鞄だった。

こんなにも足取り軽く溌剌と目が冴えた朝は久しぶりである。旅はもう始まっているのだ。

駅に着き、キオスクで買い物をし、乗り場で車両の到着を待つ。

たったそれだけなのに勝手に頬が緩むのを感じた。さぁ新幹線はやく来い。

指定席では誰かが隣に乗り合わせたかどうかは全く覚えていない。それだけ自分の時間に集中していた。発車と同時にプルタブを起こした。憧れの、新幹線でビール。こんな時間からいいのか。いや、いいに決まっている。何故ならこれは旅だからだ。

一人で未開の地へ踏み出すことは、こんなにも全能感に満ちた気分にさせてくれるのだと初めて知った。勢いで行動するわたしの性格に今度に限っては乾杯し、観光サイトを眺めた。

名古屋。

何でもある気がするが、何があるのか詳しく知らなかった。



さて、名古屋である。本物の。

着いたー。

腹の虫がうるさい。移動中ずっっと鳴っていた。それだけ名古屋飯の紹介記事が誘惑に満ち、写真が輝いていた。あれにするか、これにするか、いやあれも、と目移りしている間に名古屋である。

それにしても駅回りが非常に賑やかだった。もう名物のほとんどがここに集まっているのではないかというほど駅地下には飲食店が立ち並んでいる。新幹線の中で練りに練った計画を投げ捨てて片っ端から入店したくなるのをぐっと堪え、目的のお店へ足早に向かった。

一品目、味噌煮込みうどん。

初めて来た土地なのだからベタで当然だ。こういうところは冒険せず選ぶ。ベタということは賛成多数ということだから。実際わたしはこの後2回ほど彼の地を踏んだが、そのいずれでも食べている。味噌煮込みうどん。この日2杯目のビールとともに。


湯気から美味しいことってあるんだ…、と思った。また、これこのまま食べたら口の中が大変なことになるな…とも。猫舌である。

だが好機は逃すまい、口元で丁寧に冷ましつつもアツアツのうちに味わった。

絶句。すかさずビールに手を伸ばした。

食べ物とこれほど衝撃的な出会いをしたことがあったか。見た目は濃いめの味噌茶色だが、しつこく無い。むしろさらっとさえしている。

しかし後に残る味噌の存在感と食べ応えのあるしっかりした麺だった。熱がつまった口をビールでまた冷やす。

そうして数口いただいてからやっと、鍋蓋を皿の代わりにするらしいことを周囲のお客さんの様子から察した。運ばれてきたときに店員さんが絶対おしえてくれたのだろうが、目の前で立ち上った湯気に気を取られて聞いていなかった。そういう、食べ物にまつわる独特の慣習もあわせて味わうのが好きだ。普段よりお漬物も美味しく感じた。単に食べ慣れた普段のものより本当に美味しいタイプの代物なのかもしれないが、とにかく味わう全てに満たされていった。食後のあったかいお茶さえも。

ごちそうさまでした。



新幹線に乗っている時点から薄々気付いていたことがある。

土地勘が無さすぎて、移動には非常に時間がかかるんじゃないか?

住み慣れた街と違ってそもそも電車の乗り場が分からない。また検索サイトの示すようにA駅が近いのか、地図を見る限りB駅からのルートの方が短いがこの道は通れるのか。普段は感覚で道を歩くわたしは地図上の距離を実際の計測時間に当てはめて考えないため、先々の電車の時間をあまり確認できなかった。

行きたい場所たちを効率よく回ることは出来なさそうだと心配したが、満腹のわたしは「まぁいいやー」と店を出た。


初めて訪れる土地、そこにまします方へのご挨拶を。

熱田神宮は広かった。

入り口さえ迷った。こういうスポットは数ヶ所から中に入れることが多いが、最初どこも見当たらなかった。

神宮の外側を囲む雑木林はいくら歩いても景色が変わらず、終わりが見通せない不安感のせいで随分長い時間をひたすら歩いたように感じた。実際は10分かからないくらいだった。一ヶ所目の入り口を通りすぎたらしい。

参道の緑が陽を受けて輝いていた。それを見上げて初めてこの日が気持ちの良い晴れだと気付いた。

本宮に向かうまでの間にも小さな鳥居や分祠のような箇所がそこかしこにあったが、その全てを巡ることは出来なさそうだったため視界に入る度に会釈した。ひとりでずっとペコペコしつつ、やっと本宮の前まで辿り着いた。


これはまた。立派な。

神社仏閣を多く巡ったわけではないが、とても大きい方なのではないだろうか。平日のお昼に差し掛かろうとする時間帯、参拝までの列はそう長くはなっていなかった。

まず手水舎で手や口を清めたが、ここ3、4年であの水場はどうなっただろうか。ほとんどの神社で使用できないようになっていたと聞いたが。

参拝列に並ぶと、何人か前にお着物の方がいらした。その恭しく流麗な所作に見惚れていたら順番はすぐに回ってきた。二礼二拍手一礼。お願いごとは控えるべし、らしい。はじめまして、元気なわたしがお邪魔しております。よろしくお願いいたします。

顔を上げると先程のお着物さんが絵馬を買ってらした。絵馬…最後に書いたのはいつだろう。

ひと通り本宮周辺を見て回り撮り回った。

熱田なう、に名古屋が地元の友人が即反応したことをよく覚えている。「うわ」って声に出たから。そしていよいよ絵馬を求めた。

久しぶりすぎて何を書いたら良いのか分からなかった。

健康祈願か家内安全か。商売繁盛か悪霊退散か。それとも参拝でお願いしてはならないのなら、絵馬もダメなのか。帰りの新幹線で調べたが、絵馬はお願いごとOKらしい。この結果に安心した記憶があるということは、書いたのはお願いごとだったはずである。と言うのも書くことに迷いすぎて結局何を書いたのか今思い出そうとしても忘れてしまっていた。

この日のことはかなり細かく憶えているつもりだったから少なからず寂しい。あの頃は何を願い、そしてそれは叶ったのか。

わたしの知らない土地にわたしの痕跡が短い期間でも残っていたことは不思議な感じがした。



たくさん歩いてたくさん考えたら小腹がすいた。なんとか目的のひとつを達成できて安心したため、帰り道ではちょっくらお休み処へ寄らせていただいた。実は熱田神宮へ行こうと決めた理由がもう一つあった。菓子だ。

陽が透けて明度が増した抹茶に並び運ばれてきたのは小さな白い楕円。きよめ餅というらしい。

この土地で何を食べようか考えたとき、真っ先に調べたのは「名古屋 銘菓」だった。甘党である。

お休み処からは池のある風景が見られて、またその近くまで歩ける廊下が繋がっていた。この日の青空に浮かぶ雲のように白い和菓子に楊枝を入れた。モチモチですな。

本当は一口でいけたと思うが、少しもったいない気がして小さく割った。中に詰まっていたのはこし餡でまた気分が上がった。こし餡派である。

優しくさっぱりした甘さが舌の上で溶けた。疲れた体に沁みる。どうりで全国の参道で味わえる銘菓が多いはずだ。イベントをひとつこなし、楽しい疲れを甘さで癒す。この神宮が出来た頃からこの日までに、さらにはその先で、お休み処で過ごす人達と歴史に思いを馳せた。

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