愛に気づいてください

kgin

第1話 愛に気づいてください


「ねえ、ともや。 ……ともやぁ!」


 ぐいぐい、とタオルケットが引っ張られるのを肌で感じたかと思うと、途端にくるん、と体が横向きに返った。引っぺがされたな、とわかって目を開けると美優の顔のどアップだった。


「ともや! クーラー19℃にして寝るんやめなって言うたやん!」

「お前こそ、勝手にオレんち入って来るん、やめろや」


 ともやの母さんから合鍵預かっとるからええねん、と笑う美優の、ノースリーブの首元に汗が光っている。母さん、幼馴染だからって美優に合鍵渡すのはやめてくれ……。毎朝騒々しいんだ……。


「夏休みくらい寝かせてくれや……」

「そない言うて、だいたい夕方まで寝てるやん! もう9時やで? 沙也加も来とるで」

「は? 沙也加も来とるんか」

「お邪魔しております、兄さま」


 そう言って入ってきたのはエプロン姿の沙也加。クーラーの冷風に黒々としたロングヘアがさらりとゆれる。


「沙也加、悪いな。 いつも美優に連れまわされよるんとちゃうか」

「ちゃうよ、ともや。 沙也加はともやに会いたくて着いて来よるんや」

「え! いや、べ、別に兄さまに会いに来たわけじゃ……!」


 からかうように沙也加を小突く美優に、頬を赤らめる沙也加。まだまだ学生らしい瑞々しさが抜けきっていない二人の表情を見て、心が洗われるようだった。騒々しい会話に次第に目が覚めてくると、昨日の昼から碌に食べていないことを思い出して急に空腹感が高まる。


 ぐう


 二人と顔を見合わせてにんまりとする。リビングに入ると、バターとコーヒーの芳しい香りが鼻をくすぐった。


「さあさ、朝食にいたしましょう。 兄さま、オムレツお好きでしたよね?」


 沙也加が食卓に並べてくれる、サラダ、オムレツ、クロワッサン、オレンジジュースに、三人で舌鼓。上品な味付けは彼女の専属シェフ直伝のものだろうか。早起きは勘弁だが、こういう朝なら悪くないと思う。食後に、沙也加が淹れてくれたカフェオレをすすっていると、インターフォンの音。続いてガチャガチャと玄関を開ける音がして、これまた騒々しい声が響いた。


「ともやんー!来てやったでー」


 大きなスイカを抱えて入ってきたのは、マコと依未瑠。マコは白に近い金髪に染め直していて、先週からガラッとイメチェンをしていた。白いTシャツが汗で張り付いて、持ってきたスイカと見まごうような巨乳が揺れている。無意識に夏のたわわを注視していると、それに気づいた美優にしばかれた。漫才師も驚く強烈な手さばきを見て、依未瑠はくすりと笑った。


「みゆぽんはまな板だもんね」

「ちょっと! えみる! 失礼やで!」


 かく言う依未瑠は、誰もがうらやむモデル体型だ。ギャル御用達ブランドの、ボーダーのミニワンピースから覗く美脚が夏の朝日に眩しい。これでヤンデレじゃなければ、もっとモテただろうな、と常々思う。


「ウチのおかんが、みんなで食べなって言うてくれたんよ。 沙也加、冷やしといてくれるん?」


 てきぱきと沙也加にスイカを手渡し、たわいない口喧嘩の仲裁もするマコは、さすがは元レディースのトップという姉御肌だ。女が三人で姦しいと言うが、女4人がそろってもなんとか騒音問題に発展していないのは、マコのおかげとも言うべきか。それでも、1LDKの俺の城は女子の汗交じりの香気と、黄色くはしゃいだ声でいっぱいになった。


「ねえ、今日映画行かん?」

「映画もいいけど、水族館もいいですわね」

「いやいや、ドンキに買い物行こうや」

「アタシ、久しぶりにビアガーデン行きたいな」


 絢爛に咲き誇る花々のような女子たちの嬌声を聞いていると、さすがの俺でも疲れてきた。わいきゃいと会話のはずむ四人を後に、そっと自室を出て隣の管理人室に赴いた。


「おはようございます……」

「どうした、ともくん」


 突然の来訪にもかかわらず快く迎え入れてくれた管理人さん。ワイルドな口ひげと精悍な顔立ちが、歴戦の勇者を彷彿とさせるダンディなナイスガイだ。親の伝手でこのアパートに越してきてから何かとよくしてくれるので、ついつい入り浸ってしまう。出された麦茶をぐいっと一飲み。管理人さんととりとめのない話をしていると、本当に癒される。


「そんな素敵な女性に囲まれるなんて、うらやましいな」

「確かにみんなかわいいんですけど……なんか……疲れるんすよね」

「贅沢な悩みやなあ」


「ちょっと! ともや!」


 せっかくの心のオアシスだったのに、隣の俺の部屋からどやどやと女子たちがなだれ込んでくる。


「なんでこっちに来てまうんよ!」

「兄さまのお部屋にあった、このペペって何ですか?」

「おいおいともやん、ウチらの愛がわかってないんかあ?」

「ねえ、私以外の残り湯飲んだってホント……?」


 最後に部屋に入って来た依未瑠が、ゴテゴテネイルした手に包丁を持って、鬼の形相をしている。


「いや、依未瑠、ちがうんよ! たまには違うお湯も飲んでみたくて……」

「あれだけアタシだけって言ったのに……!」

「依未瑠にもそんなこと言うとったん!? 私にも言いよったやん!」

「兄さま、わたくし以外の残り湯もお飲みになってたの……?」

「ともやん! 嘘やろ!」


 ここにいる全員の風呂の残り湯を飲んでいたことがバレて、まさに修羅場。じりじりと詰めてくる女子たちに、思わず後ずさりする俺。血走った依未瑠が唇を嚙みながら包丁を振り回し始めた。


「ちょ、ちょっとやめろ! 依未瑠!」


 荒ぶる依未瑠を抑え込もうと一歩踏み込んだ、そのとき。


ぐさっ


「ぐ……」


 強烈な痛みと熱さが腹に広がっていく。見ると、俺のパーフェクトボディに包丁が突っ立っている。青ざめる女子たち、焦った様子の管理人さんの顔がすうっと暗くなっていき、俺の意識は途切れた。












「はっ……!」


 目覚めると、いつもの誰もいない俺の部屋だった。ローションだけが虚しく転がっている。


「なんだ……夢か……」


 どうやらあの華やかな世界は、日々の妄想が生んだ夢だったらしい。スマホを手に取ると、昨夜遅くにDMが届いていた。送り主を見てほくそ笑む。


「やっぱりCたんが一番やな」



<終われ>

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