第3話 エラー種
翌日、わたしの部屋にまた昨日の
「iks-099、同期は上手くいったか?」
「えっと……たぶん、半分は完了したような?」
同期が進んでいるような気はあまりしないが、そんなことを言ってはまずいような気がして誤魔化してしまう。
「まだ半分か。いつになく遅いな」
「動作には問題なさそうだが」
「ネットワーク障害か?」
三人からまじまじと見つめられ、背中に冷や汗が流れる。
このままわたしに問題があるような流れにはなってほしくない。
わたしは三人の気を逸らすために、話を変えることにした。
「あの、外に出て仕事をしたら同期も進むような気がします。なので、少し出かけてみてもいいでしょうか?」
真ん中の男がやや渋い顔をしたが、右側の男が賛同を示してくれた。
「たしかに、外に出たほうが通信もしやすいかもしれない。ひとまず試してみよう」
「……そうだな」
どうやら、外に出てもいいことになったようで、わたしはほっと安堵する。
ずっとこの真っ白な部屋に閉じ込められ、三人の気難しそうな顔に囲まれて、なかなか心が休まらなかった。
早く外に出て気分転換したい。
「では、クロを連れていきなさい。あれはそなたの世話係だ」
「分かりました。ありがとうございます。えっと……」
わたしが何か言いたそうなことに気づき、真ん中の男が首を傾げる。
「なんだ?」
「その、あなたのお名前はなんなのかなと思いまして……。もしかして、iks-098とかですか? それとも、"クロ" みたいな名前があるのかしら?」
昨日は名前どころではなかったので聞いていなかったが、少し知識がついたところで、実は気になっていた彼らの名前を聞いてみる。
わたしが「099」番だから彼も近い数字ではないか。
でも、番号は呼びづらいし覚えにくいから、クロのような分かりやすい名前がついていると助かる。
名前が分かったら、できれば名札を付けてもらえないか聞いてみよう。なんせ、顔を見てもまったく見分けがつかないのだから。
そんなことを考えて聞いてみたのだが、三人の表情はみるみるうちに険しくなり、真ん中の男が激怒した様子で声を荒らげた。
「我々は、iks-010、iks-011、iks-012! 誉れある10番台だ! しかもエラー種扱いするなど言語道断、何事だ!」
「ごっ、ごめんなさい……!」
何が彼らの逆鱗に触れたのかは分からないが、どうやら名前にはこだわりがあったらしい。
とにかく何度も頭を下げ、同期のせいだと弁明して、悪気はなかったのだと謝り倒した。
「……同期の問題もあるし、今回は不問とする。しかし、またエラー種扱いをしたら次は許さぬ」
「はい、本当に申し訳ありませんでした」
「では、我々はもう行く。あとはクロから話を聞け」
「はい、承知しました」
わたしは土下座する勢いで深く頭を下げながら、彼らを見送ったのだった。
◇◇◇
「……それはまずいことを言ってしまわれましたね」
やって来たクロに先ほどの出来事を話すと、彼はまた困惑したように眉を下げた。
「何が悪かったのか分かるかしら? 名前にプライドがあるというのは分かるんだけど……」
クロに解説を求めると、彼は昨日と同じく丁寧に説明してくれた。
「始祖コピーの皆様は、生まれた順に番号を付けられ、その番号が若いほど始祖のイクス様に近く、尊い存在なのです。つまり、10番台の皆様は、一桁台の皆様に次いで特別な方々ということです」
「な、なるほど……」
クロから教えてもらってやっと分かった。
さっきはわたしの一つ前の番号、つまり新人の番号かと尋ねてしまったから、馬鹿にされたと思って怒ってしまったのだろう。
「これからは気をつけるわ。でも、みんな同じ顔をしてたら見分けがつかなくない? それに、クロみたいな呼びやすい名前だと助かるなと思っただけなんだけど」
「そのことなのですが……」
クロがまた遠慮がちに説明してくれる。
「始祖コピーの方々は、お互いに何番なのかが一目で分かるはずなのです」
「そ、そうなんだ……」
わたしにはまったく分からなかった。
これも同期の問題の影響だろうか。
「それから、始祖コピーの方たちをエラー種のような名前で呼ぶのは逆鱗以外の何物でもないかと……」
「え? どうして? それに、そのエラー種っていうのもよく分からないんだけど」
分からないことばかりで本当に困ってしまう。
眉を寄せて頭を抱えていると、またクロ先生が教えてくれた。
彼がいてくれなかったら、わたしはとっくに詰んでいた気がする。
「エラー種というのは、始祖コピーの出来損ないのことです。たまに、何かの弾みで僕みたいな失敗作が生まれてしまうんです。イクス様とはまったく異なる姿だったり、能力にも違いがあったりして……。そういう者たちは破棄されるか、使えそうな場合は見た目を表す名前をつけられて、始祖コピーたちの世話係となります。僕は黒髪だからクロって名付けていただいて……」
クロが控えめな笑顔を浮かべる。
その銀色の瞳に、始祖コピーたちにはなかった、悲しみや諦めのような感情が見えた気がして、わたしは胸が痛むのを感じた。
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