𝒪𝒷𝓁𝒾𝒷𝒾ℴ𝓃 -オブリビオン-

第一章 禁忌実験

第1話 初めての職場

 煉瓦造りの建物が立ち並ぶ陽気な街の裏側にとある男が立っていた。その男はスーツにネクタイ、革靴、革手袋、全身黒で統一している綺麗な身なりのして薄暗い路地裏で佇んでいた。狭い通路を駆け抜ける風は、男の長い左の前髪を踊らせた。


「今日から此処が僕の職場か……」


 男のエメラルドの様な透き通った輝きを持つ瞳は路地裏にひっそりとある黒い扉を映し、薄ピンクの唇は張り詰めた糸を切る様に息を吐いた。日焼けのしていない白い肌に光る銀色の時計は、音を立てずにゆっくりと針を動かしている。9時になった瞬間、黒い光沢のあるドアノブを捻り、ギィーと音を立てて扉を開けた。扉の奥、目の前に広がる景色はシャンデリアが煌めく洋館風の大広間だった。正面には木で出来た大きな階段がある。華やかさも有りつつシンプルな造りの内装だった。


 男が一歩中へ足を踏み入れた瞬間、その肩に鉛のような重い圧がのしかかり、息苦しくなるが、男は無視して軽快な靴音を鳴らして進む。階段前にはシンプルな黒のドレスを身に纏った女性が立っていた。女は目元をトーク帽に付いている黒いベールで隠し、口元は固く閉ざされ表情が見えずらく何を考えているのか分からない。


「付いてきてください。」


 女に近づくとそう言われ、男が頷くと女は藍色の髪を靡かせ歩き始めた。女の足音は一切無く、男の足音だけが廊下に響いた。女がとある部屋の前で立ち止まり、扉を三回ノックした。


「エラルド=フォリアがいらっしゃいました。」


「入れ。」


 女が扉に向かって男の名前を言うと、扉の向こう側から別の男の低く重い声が聞こえた。女は静かに扉を開けると「どうぞ」と部屋へエラルドを案内した。扉から真っ直ぐ進むと古く趣深い木の机の奥で高級な革張り椅子に座り、机の上で指を組む剛胆な男がいた。男は艶やかな濡羽色の髪に血のような深紅の瞳、一級品の黒のスーツを身に纏っていた。そして男の獲物を狙う鷲のような鋭い視線はエラルドを突き刺す。


「失礼します。今日からエリミネイトの一員として働かせていただきます。エラルド=フォリアと申します。」


 腕と足をピッタリ身体にくっつけ、45度の角度でお辞儀をする。顔を上げろと男に言われるまでエラルドはその姿勢から1mmも動かなかった。


「エラルド=フォリア、早速だが任務と言うよりお願いに近いが行ってもらいたい所がある。」


「はい。それで何処なのでしょうか?」


「2階の階段を上って左側の水色の扉だ。そこにいるアリアを呼んでこい。」


「分かりました。」


「そう言えば俺の名前を言っていなかったな。リアム=マーティンだ。そして彼女が。」


「ティアモ=ブリントです。」


「それでは行って来い。」


「分かりました。それでは行ってきます。」


 そう言うとエラルドはまた45度の角度でお辞儀をすると2人に背を向けて静かに部屋を後にした。

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