第356話 【相川夏希】熊の子のパンダ困った子【その1】
SIDE:相川夏希(春樹のパーティーメンバー)
『グガーッ!』
私のモノとは思えないケムクジャラな腕が、熊を殴りつける。
いや、斬りつけた。
鮮血。
伸びた爪から血が滴る。
(お願い!やめて!)
必死に体を止めようとするが、制御が利かない。
こうなってしまったら、もう止まらない、止められないのだ。
完全に『獣化』してまったら、もう私は獣のソレ。
近くにいる敵に容赦なく襲い掛かるだけの獣……。
(ダメ、このままじゃ……)
『ゲンちゃん!』
割って入った女を袈裟に斬り裂く。
ああ……。
またヤッてしまった……。
『ウガァーーーーッ。なんでっ!どうしてっ!』
人に戻った男が女を抱きかかえて泣き叫ぶ。
それでも私は止まらない。
でもそこまで……。
もう目が覚める。
この物語の結末を私は知らない。
男も殺したのか、それとも男に殺されたのか……。
︙
︙
「ハァ、ハァ、ハァ」
もう何度目か、この夢も……。
何度も見ているはずなのに、起きる度にこの通り……。
この夢を見始めたのは何時からだろうか?
ダンジョンに泊り始めて一番最初はお母さんの夢を見た。
それから家で一人、父親を待つ夢をみるようになって……。
初めてこの夢を見たのは『みんなで30階層作戦』、その辺りだったと思う。
レベルが30になって【部分獣化】が全身に掛かるようになったからだろう。
(このままだとああなる、か……)
私の【部分獣化】は『獣化』できる範囲がどんどん広がっている。
30階層の時点で全身を『獣化』させられるなら、40階層を突破した今は……。
心まで獣になる、そうダンジョンは言っているんだ。
だから今は【部分獣化】の開放範囲は両手足だけに止めている。
(今は、と言っても、もうずいぶんダンジョンでは戦っていないけどね)
いっそのこと使うのをやめるべきなのだが、もしもがあってもあの二人なら何とかするだろうと勝手な信頼で限定的に使っている。
ハル君なら私が暴走しても【ゲート】でどこかに飛ばしてくれるだろう。
【部分獣化】はMPが切れれば解除される。
これは【バーサーカー】の【狂乱】と同じだ。
時間まで奥の階層に置いておいてくれればいいのだ。
もう一人の渡辺さんはその
あの人なら容赦なく私の足を斬り飛ばしてくれるだろう。
斬った足は白石さんがちゃんと繋いでくれたらしく、梅本さんは『ダンス』も問題なく踊っていた。
なら思い切って『全身獣化』を使えよと思うかもしれないが、繋がるとわかっていても斬り飛ばされるのは怖いからね。
しかも頼りの片方は今は記憶を失って使い物にならない状態だ。
何かあっても助けてくれない可能性がある。
その上にこんな夢を毎日見ていたら不安も尽きない……。
「まったく、クリスマスだって言うのになんて夢を見せるのよ!」
ヒドイ話。
でもダンジョンにはクリスマスなんて関係ないのだろう。
どっちにしてもこのヒドイ夢ともしばらくはオサラバできる。
明日からはダンジョンが閉鎖されるので、ダンジョンで寝たくても寝れないんだから……。
︙
︙
目が覚める。
今日も夢を見なかったので目覚めはいい。
見渡すと見知ったクラスメイトが床やらソファーやらで雑魚寝をしている。
ダンジョンが閉鎖になったので2、3日は美樹と姫愛の所にいたが、大晦日の昨日は沙織の家に泊ったのだ。
沙織の家は両親が不在だったので、エッコとシロさんと泊まりに来たのだが、大騒ぎをして年が明ける前に3人は眠っていた。
私もスマホを片手に気が付いたら眠っていた。
それにしても、夢を見ないと言うのはいい。
私も外に部屋を借りようか迷う。
美樹たちの隣の部屋、梅本さんの部屋が空いているのでそこに入ろうかと思ったけど、家賃を聞いて諦めた。
私も毎月結構な額を貰っているが、それでもあの額はない。
美樹たちの家賃は雨宮先生が払っているらしい。
(美樹は人体実験の代償にしては安いと言っていたけど、一体どんな実験を受けているのやら……)
いい部屋があったらと思って探してはいるが、受験勉強のこともあるのでなるべくならダンジョンにいた方がいいという側面もあり、中々決められないでいる。
それでもあの夢は耐えがたい……。
昨日書き込んだ掲示板では、今のままでは絶対に起こると言われた夢……。
(福眼、福眼。おっと正しくは眼福か。受験生なんだから気を付けないと)
嫌な思考を振り払って3人の女子高生のアラレモナイ姿に癒される。
特に沙織。
美人は寝てても美人だね。
そこでパチッと沙織が大きい目を開けた。
「今、何かした?」
開口一番そんなことを言う。
冤罪だ。
ただ見ていただけなのに……。
「何もしてないけど?」
「うーん、本当に?なんかゾワゾワーって変な感じがしたんだけど?」
私に見られてゾワゾワしたとかだったら失礼な話である。
「ってもう9時じゃん。初詣行くんじゃないの?」
「そうだっけ?いつのまにか寝てたんだよねー。昨日も結局シロさんの恋愛話は聞けなかったし……」
女子高生が4人集まってする話と言えば、必然そんな話になる。
沙織はシロさんと言ったが、昨日標的になったのは私だ。
『いつから好きだったの?』
『なんて告白された?』
『も、もう手は握ったし?』
等々、質問攻めにあった。
だがシロさんは人からは聞き出そうとするのに、自分のことを話さないのだ。
「案外、女の子が好きなのかもね」
「聞こえてるぞ!」
振り返るとシロさんが体を起こしたところだった。
冗談だったが、聞かれてしまった。
「おはよー、シロさん」
「起きてたの?」
「ああ、起きてた!お前が沙織の顔をジッと覗き込んでる時からな!誰が女好きだ。それはお前だろう?沙織、気を付けて!」
おっとしかも見られてた。
しかし沙織は気にした様子もない。
よくあることだからね。
「あらやだ。ナツキチもなの?困ったわね」
この通りです。
逆にごめんねーと謝られる。
失礼な。
私にはちゃんと総司という恋人がいるんだと言えば、シロさんはギソウだギソウと言ってくる。
ギソウってこの子は相馬さんの新作のようなことを言いだす。
読んだのかな?
相馬さんの新作といえば図書委員一同は例の有明のイベントに行ったはずだが、無事に帰って来れただろうか?
「なんだし?うるせーし」
エッコも起きたね。
じゃあ初詣に行こうか。
「ほーら、もう9時過ぎてるよ?出掛ける準備して!」
ピシャっと、カーテンを勢いよく開ける。
目覚まし代わりの太陽光だ。
「眩しっ。溶けるし」
お前は吸血鬼かと……。
第一、そんな日に焼けた肌で言っても説得力はない。
「ん?沙織、アレ何?あんなのあったっけ?」
シロさんが窓の外の何かに気が付く。
「えー、どれどれ?……え?何アレ?昨日まであんなのなかったよね?」
窓の外、広い庭には見覚えのある黒い影が浮かんでいた。
アレは……。
『ダンジョンゲート』だ。
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