第313話 仁義なき戦い

「これは?自立してるんですか?」


 霞さんと倉庫に二人、『鎧操作』の実験中だ。

 立ち上った鎧が一歩二歩とゆっくりと歩き出した。

 立って歩いて入るので自立はしていると言っていいだろう。

 ただ俺が動きを頭の中で全部操っている完全手動となるなので、自立はしてるけど自律はしていない。


「ちょっと槍で押してもらえますか?」


「はい。……あぁ、崩れてしまいましたね。そんなに力は入れてないので、接合が甘いようです」


 霞さんが槍の石突でちょっと突いただけで、鎧は音を立てて崩れ落ちた。

 俺の鎧は全身鎧といっても所々隙間があるからね。

 特に音を出さないように関節部分触れ合わないように作ってもらっている。

 立ち上がった時、腕の部分とかは完全に浮いている状態なのに何故かくっ付いているかのように動く。

 これはスキルの不思議ってやつだ。

 【多重槍士】の槍が浮くのもそうだけど、魔力で浮かせている以外の説明がつかないね。


「操作感的には中に見えないマネキンが入っている感じで動かしてるんですけど、押された瞬間にそれが形を保てずに消えちゃったみたいですね」


「なるほど。確かに面白そうなスキルではありますが、あの動きと強度では役には立たなそうですね」


 鎧を脱いで分身の術とか、そうそううまくはいかないようだ。

 慣れればもう少しは早く動かせそうだけどね。

 鎧の中に俺が入っていれば透明マネキンは崩れなくなるはずだから、考えていた通りにパワーアシスト的な使い方が正解かもしれない。

 でも本物のマネキンを入れてみたからいいかもね。


「もう一回行きます。【チャージ・鎧・上】【チャージ・鎧・防具強化・鎧・上】【チャージ・鎧・上・鎧操作】!よっ、よっ、よっ!」


 綺麗に鎧を並べ直したら、手を触れてもう一度発動させる。

 一度触ってスキルを起動してしまえば、どういう原理か手を離しても俺のMPが吸収され続けるのだ。


「おや?ボックスステップですか?ああ!……いつも春樹さんが間違っている場所で間違えましたね」


 逆足になったところで自分の足に躓いて、鎧はそのまま崩れた。

 操っているのが俺なんだから、同じ場所で間違えるのはしょうがないよね。


「これでダンスを踊ったら、バフは鎧に掛かるんですかね?それとも俺に?」


 鎧に掛かるなら、ロボ子さんのロボでも良さそうだよね。

 ロボットならプログラムでダンスも楽々だろうし。

 そういえばロボ子さんは千葉には越してきたけど、倉庫を一つ借りただけでお店は開いていない。

 ロボのお店を開いてくれるかと期待していたのに残念です。


「そこは相川さん次第になりそうですね。どちらにしても春樹さんにはダンスの練習が必要そうですね」


 仰る通りで……。

 【チャージ・鎧・上】は1秒に2もMPが減っていくので、残りMPが400あっても200秒で実験は終了してしまった。

 ちなみに残りの2のスキルポイントで【チャージ・鎧・上・衝撃無効】と【チャージ・鎧・上・アーマーショット】を取得しておいた。

 『アーマーショット』は鎧の一部を飛ばすだが、チャージした鎧をぶっ放すと新人ちゃんの二の舞になりかねないので一階層では実験できない。

 試すなら40階層のボスエリアになりそうだね。

 ん、新人ちゃん?

 青森から帰ってきてますよ。

 青森ダンジョンの2階層で試射として槍と弓をフルチャージしてぶっ放したら、ダンジョンの壁に穴が開いたらしい。

 青森ダンジョンは5日間の営業停止。

 損失の総額は10億円に上り、ダンジョン関連の食品を扱っているウチの父親の仕事にも影響が出たのだとか……。

 故意ではなかったとして、事故として処理され新人ちゃんも減給くらいで済んだが、流石に青森支部には居られなくなったらしい。

 そうして千葉支部に戻ってきたという訳だ。

 ただ、前とは違ってダンジョンには入れずに地上の方の勤務となっていて、林さんに再教育されているらしい。

 教育が終わったら今度は埼玉や沖縄に送り込むとかなんとか……。





「大変大変大変。大変なのーーー!」


 今日は梅本さんのダンスレッスンの日なので、みんな雨宮先生の所に行っている。

 ミアさんのレベル上げもお休みとなったので、昼寝でもしようかと思っていたら倉庫に白石さんが押し掛けてきた。

 今日のフォーメーションはなんだ?


「あら?上は綺麗なんですね。下は何もないのに」


 あぶねぇ。

 林さんを連れてきてる……。

 倉庫をチェックされてしまった。

 普段なら下にシルバーゴーレムさんとか見せられないものが置いてあるのだが、今はゴーレムを運び込むために全部ミアさんのお店の方に移動してある。

 あると言ったら俺たちの鎧くらいで、見られて困るものは置いていない。

 もちろん二階にもだ。

 ギリギリセーフだったが気を付けてもらいたい。


「で、どうしたんです?」


「お客さんを取られたのよー。戦争よ戦争!」


 何を言い出すんだこの人は?

 意味が分からないので視線を林さんに向けて説明を求める。


「実は支部の方に治療魔法を受けに来るお客さんが減ってるんですよ。最近はスポーツ選手なんかの大口のお客さんが増えたので売り上げはむしろ増えているので気が付きませんでしたが、一般のお客さん、いえ、常連さんたちが来なくなってしまったんです」


 常連さん?

 白石さんが【ヒール】しないでお金を巻き上げてる、近所のお爺ちゃん達か?

 白石さんに愛想を尽かしただけでは?

 いや、最近心を入れ替えたからお金を取るのをやめたとか?


「あの泥棒猫にお客さんを盗まれたのよー」


 取られたって言ってたもんね。

 でもどこに?

 いや、泥棒猫って誰だ?

 新手の【獣化】使いか?

 熊猫なら知ってますがと、林さんに視線で先を促す。


「あの怪しげなナース服を着た【治療士】ですよ!常連さんたちは確かにダンジョンに来ているんです。でも向かう先は雨宮先生の病院。私が気が付かないわけですよ。あの、前に白石さんが昇格依頼のお手伝いに出かけている間に代役として支部の治療室に入っていたんですが、その時に常連さんたちと接触したようですね。そして言葉巧みに病院の方に誘導したようです」


 ナース服のあの……。

 冬海さんこと『例の聖女様』だね。

 【聖女】だってことも元秋山さんだってことも、霞さん以外は知らないんだよね。

 支部長でもどこまで知ってるのか……。

 ちなみに総司と相川どころか、梅本さんも知らないと言うね。

 千葉支部で知ってるのは霞さんと雨宮先生、それと秘密裏に護衛についてる石川さんだけだ。

 俺が知ってると言うことも霞さん以外知らないからね。

 言葉巧みに誘導したと林さんは言うけどたぶん言葉は使ってないと思いますね。

 メロンにつられて自主的に行っているだけだと思います。


「それで何でここに?みんなその病院に行ってますよ?」


「そこよ。ソウちゃんまであの病院に通っているのよ!今頃きっとあの泥棒猫にメロンのジャンボパフェを作ってるんだわ!くやしーーーっ!」


 一応治療の手伝いに行ってるんだけどね。

 デレデレしてるのは間違いないだろう。


「まずは霞さんを味方につけようと思いまして。なら春樹さんを説得するのが早いでしょう?春樹さんが黒と言ったら白でも黒にするのが霞さんです。千葉支部の為にどうかお力を貸して頂けませんか?」


 なんか例えがおかしいんですが?


「売り上げが増えてるなら問題ないんじゃないですか?他のダンジョンからもあの人目当てで冒険者が来てるくらいなんだから放っておけばいいと思いますけどね……。大体、白石さんは心を入れ替えたはずでしょう?戦争だなんだなんて物騒な話はやめてくださいよ」


 どうするつもりなのだろうか?

 あの人を追いだしたとしてもお客さんを引き連れて本部に引っ越すだけだと思うけど?


「ヤーダー。私はみんなのアイドルでいたいのー。決めた!私、悪女になる!悪い女になってお爺ちゃん達とパフェを取り戻すのよー」


 【アイドル】なのか【悪女】なのかハッキリしてほしい。

 まあなりたいなら協力するけどね。



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