第303話 新ダンジョン出現フラグ【橋本正樹】その3

SIDE:橋本正樹(冒険者協会会長)


「ああ、美雪君。親睦会には私も参加するので一緒に……」


 美雪君は返事もせずに会長室を退室してしまった。

 思いつめた様子だった。

 行先や目的を聞いた方が良かっただろうか?

 親睦会で聞いてみるか……。

 いずれにせよ、親睦会では美雪君に群がる男どもから彼女を守らねばならない。

 さっさと仕事を終わらせて、準備をせねば。


「次の人を入れてくれたまえ」


 さて次は……。


『山田さーん、お入りくださーい』


 山田?


『し、失礼します。桑島さん、秘密でお願いしますね!』


 入ってきたのは千葉支部に潜入させている職員だった。

 青白い顔をした長い黒髪の女だ。

 態々地方から直接送り込んで、情報のやり取りもデータでのみ、ここにも来ないように言ってあったはずだが?


「桑島君とは知り合いなのかね?」


 バツの悪そうな顔をして話し始めない山田に美雪君の話題を振ってみる。

 山田は本部に在席経験はないはずだが?


「あ、はい。桑島さんが【聖女】になる前のことですが、私がいた鳥取支部にレベル上げにいらしてました。その時にご一緒させて頂きましたが、レベルが30に上がって本部に戻られてからはそれっきりでしたね。連絡も付かなくなって、30階層で何かあったのではないかと心配していましたが、しばらくしてテレビで彼女が【聖女】になったことを知って安心しましたよ」


 鳥取支部のダンジョンは植物のモンスターが出るダンジョンだったか……。

 天性のジョブとして【治療士】を持つ者たちは、美雪君のように皆心優しい者たちだと聞く。

 たとえモンスターでもその命を奪うことに心を痛めるのだとか。

 そのせいかレベル上げもままならず、上位の回復職は数えるほどしかいない。

 そこで人型や動物型のモンスター以外ということで鳥取ダンジョンでレベル上げが行われたことがあるらしいのだ。


「植物相手でも回復職ヒーラーは忌避感を覚えたと聞いているが?」


「そうですね。最終的に残ったのは3人でした。桑島さんは一番最初に脱落すると思っていたのですが、レベル30まで頑張ってくれましたね。毎日泣きながらレベル上げをしていた彼女がまさか【聖女】になるなんて……。いえ、そんな彼女だからこそ『聖女様』になれたんでしょうね」


 美雪君は血反吐を吐く努力の果てに【聖女】のジョブを得た訳か……。

 なるほど、なるほど、いい話を聞いた。


「おっと、話が逸れたな。本題に入ろうか。今日はどうしてここに来たのかな?」


「うっ、はい。実は……、私がスパイだということがバレているようです。それで今回の仕事から降ろして頂けないかと……。できたらまた鳥取に戻して頂けませんか?あそこで癒されたいです」


「何?バレたのか?そうか……。ん?癒されるというのは?」


 ヘマをしたらしい。

 今日はそれでここに来たのか……。


「もうこのお仕事は続けられません。怖いんです!あの女は私を殺す気です!」


「待て待て、あの女というのは誰だ?渡辺霞か?そもそも何故バレた??周囲を探るだけならこちらとの繋がりを示す証拠はないだろう?」


 急に物騒な話になる。

 周囲を探っただけで殺す殺さないの話になるのか?

 意味が解らん。

 何か重要な秘密でも探り当てたか?


「私は『殺気』がわかるんです……。【気配察知】のスキルを使っていると、相手がどこに攻撃を仕掛けて来るか、どれくらいの攻撃的な気持ちを抱いているのかがわかります」


「ほう、すごいじゃないか。どこに攻撃が来るのかわかるとは、対人戦では有効なスキルなんじゃないか?」


 山田はこれでも上位の斥候職を持つ凄腕だ。


「はい。戦闘職相手でも一対一なら負けない自信があります。でもあの女、渡辺は異常なんです。本当に殺すつもりの殺気が無数に飛んできて……。私をバラバラにするつもりなんです!私、人からあんなを受けたのは初めてで……」


 ブルブルと震えだす山田。

 こいつはもうダメだな……。


「わかった、落ち着きなさい。ここに渡辺霞はいない。移動の件も了承した。手続きに時間が掛かるが、明日からは病気療養ということにして千葉には行かなくていい」


「ありがとうございます、ありがとうございます」


 安堵のせいか山田の目からは涙が零れる。

 それほどか?


「うむ、報告書だけはキッチリ上げてくれたまえ。そういえばの方はどうだ?だったな。何かわかったか?」


 春日野春樹。

 先日、美雪君の護衛からも報告があった、今まで謎だった婚約者の名前だ。

 なんと現役の高校生らしい。

 高校生が恋人とは他の職員も口が堅くなるというものだ。


「うっ。その話もありましたね。これは報告書には書かない、私の推測なんですが……。渡辺はを受けた可能性があります」


「待て待て待て待て待て!ハニートラップ?どこからだ?」


 東側か?西側か?

 それはマズいぞ。

 いや、何のために?


「自衛隊です。調べれば調べる程おかしいんです。文章などは残っていませんが、彼のことを隠しているのは千葉の支部長です。支部長の命令で春日野春樹の近辺の情報は全て口外禁止。業務も渡辺の担当になっていて、普段ダンジョンでどんなことをしているのかは私では調べられないほどです」


「自衛隊だと?証拠は?命令書は残ってないのか?」


「私も他の職員から口頭で伝えられただけです。最初は高校生が恋人だという不祥事を隠すためと思っていたんですが、見れる範囲の情報でも明らかにおかしいんです。一週間でシングル、更に一週間でダブルになっています。高校生がですよ?しかも同時にランクアップした冒険者はいません」


「一人というのは別におかしいことはないな。逆に誰かがランクアップを手伝ったという証拠だろう」


 金持ちの息子ならよくある話だが、春日野春樹の家庭環境を調べた限りでは典型的な中流階級の家庭といった感じだった。

 特別なことと言えば父親が単身赴任をしているということぐらい。

 しかしこれさえも偽装の可能性はある……。

 いや、単純に渡辺霞がランクを上げたと考えるべきか?


「一つだけ自衛隊との繋がりを示す証拠があります。春日野春樹が借りている倉庫の保証人が支部長になっていました。ダブルになったときにはすでに借りられていましたので、手続きを考えればその前から。普通に考えてポッと現れた冒険者の保証人になるとは思えません」


 頭を抱える。

 千葉の支部長も調べてはいたが、春日野春樹とは親戚関係ではない。

 何故、箝口令を敷いたのか……。

 何故、保証人になったのか……。


「意味がわからん……」


「渡辺霞が春日野春樹と初めて会ったのはライセンス登録に来た今年の6月の初めだそうです」


「は?待て、梅本の事件があったのも6月だったはずだ。その時点で婚約者がいるという話をしていたぞ?」


「は?いや、今の時点でもおかしいですよね?4ヶ月かそこらで高校生と婚約なんて常軌を逸しています。何かの策略が働いたかとしか言いようがありませんよ。しかもお互いの両親に挨拶まで済ませているそうです」


 婚約しているということはそういうことなんだろうが、春日野の方の親が10も年上の女を認めたのか?

 やはり偽装家族か?


「いや、待て。お前詳しすぎないか?どうやって調べた?」


 頭の整理が追いつかなくて、さっきから『待て』しか言っていない。


「本人から聞きました」


「それーっ!バレた理由それーっ!そんな深い話まで聞き出そうとしたら、疑われるに決まってるだろう!」


「いえ、本人が自分から話してくれたのですが……」


 こいつもプロ。

 巧みな話術でそう仕向けたのだろう。


「隠している婚約者のことを話してしまって、後になってお前のことを怪しんだだろうな……。まあバレたものは今更どうしようもないだろう。それで、春日野春樹本人とは接触したのか?」


 一ヶ月足らずで渡辺を落として婚約まで持っていくとは、一体どんなやつなのか……。


「明らかに工作員ですね。私がその倉庫を探っていると、いつの間にか後ろに立っているんです……」


「何?君はさっき殺気がわかるとか言ってなかったか?いや、それでなくても上位の斥候職の後ろを取れるものなのか?」


「それが全く殺気を感じないんです。それどころか気配さえも……。間違いなく斥候職どうぎょうしゃでしょう。それで近づいてきたと思ったら、道案内をするとか、荷物を持つとか優しい言葉を掛けてくるんです。恐ろしいヤツとしか言いようがありません」


「しかも倉庫を探っているのが完全にバレているな」


 こいつ、本当にプロか?


「はい、私はこちらからバレたのだと思います。なんとか出し抜こうとムキになったのがいけませんでした」


 だめだ、こいつ。

 しかし山田以上の人材もいないのも事実。


「倉庫には近付けずか。ますます怪しいな」


 まさか倉庫であんなことやこんなことを?

 山田の言う通り、本当にハニートラップなのか?

 自衛隊がそんなことをする目的がわからんな……。

 そもそも探っていたのは渡辺霞がどうやってトリプルランクに上がったかだ。

 自衛隊の方でそれを実行したのなら、それはそれでいい。

 【槍王】だとわかって引き抜くために高校生を当てがった、か?

 家庭に入るために退職すると言ってはいたが、その実、自衛隊入りか……。

 しかし自衛隊がそこまでするか?


「会長、大変です!」


 秘書がドアを開けて駆け込んでくる。


「ノックぐらいしろ!」


「すいません。緊急事態で……」


「なんだ?」


「青森支部からダンジョンの営業を停止したと連絡が……」


 青森?

 何事だ?





 昨日は結局青森支部のせいで親睦会には参加できなかった。

 私がいなくて美雪君には寂しい思いをさせたかもしれない。

 青森ダンジョンの壁……。


「会長、大変です!」


「ノックぐらいしろ!」


 昨日も同じことがあったような?


「すいません。緊急事態で……」


「またか。今度はどこのダンジョンだ?」


「いえ、それが……。今日発売のものです」


 秘書が差し出したのは週刊誌。

 指を挟んでいたページを開いて私の机に置いた。


「なになに?『剣聖ちゃん』自衛隊入り……か?ふおっ?」


 自衛隊……。



~~~~~


 ひっそりと新作投下。


『します、させます、させません』


 よろしくお願いします。

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