第52話 憑依されてしまいました

 すらりとした長身の銀髪お姉様は、真っ青なドレスを身につけていました。


 ――中性的。

 ――神秘的。

 ――格好いい。


 レイラは女性らしい艶やかな色気がありましたが、彼女は性別不詳の凛々しさがありました。

 月光に照らされた銀髪は妖精のようです。

 ドレス姿に、花の髪留めをしているから女性だと認識できましたが、彼女がもし男物の衣裳を身につけていたら、私は美しい男性だと勘違いしていたかもしれません。


(……性別を超えた美人さんだわ)


 彼女を賞賛する様々な単語が私の脳内を占拠していましたが、しかし……。

 セーラが見せる、この女性に対する激しい拒絶感。


(怒っている? 怯えているの?) 


 いくら鈍感な私にだって、すぐに分かります。


 ――彼女こそセーラの旦那様の「愛人」なのではないか……と。


 しかし、私が疑念を膨らませているにも関わらず、彼女は飄々と私との距離を詰めて来るのです。


「わあ、いいね! とても可愛いよ。そのドレス、私には似合わないと思っていたから、君に着てもらえて良かった。差し支えなければ、貰ってやってよ」

「……え、ああ」


 目の前で、きつく縄で縛られて呻き声を発している男がいるにも関わらず、彼女は上機嫌で、私に手を差し出しているのです。

 何と言うか、すべての謎の答えを吹っ飛ばして、いきなり「ドレス貰ってね」とは。


(侮れないわ。この人)


 まずは、今まさに断末魔の叫びを上げている、そこの人のことを話してみたり……とか、するものですよね?

 いや……。

 もしかしたら、男の人をこんなふうに捕まえるのが、この女性の日常なのかもしれません。


(いつものことだから、説明なんていらないって?)


 だから、セーラや彼女の旦那様に毒を盛ることも、何とも思わないのかもしれません。説得力増し増しです。


「凄いです。愛……人さん」

「へっ?」


 女性の青灰色の瞳が、大きく見開かれました。

 幸い、私が発した小さな声はちゃんと届いていなかったようですが……。

 彼女は怯えた小動物のようになっている私の姿を目にして、ようやく何か気づいたようでした。


「ああ、そうか。そうだった。どうも私はいけない。ちゃんと事情を説明していなかったな。えーっと、まず、私の名前はサーシャル。君とその後ろの……」

「視えて……いるのですか?」

「まあね。薄くなっていて、よくは視えないけど」

 

 ……視えたら、不味いです。

 犯人と被害者が顔を合わせるということになるじゃないですか?


(セーラの存在がバレているなら、私も危険だわ)

 

 考え過ぎかもしれません。

 分かってはいるのですが、過去の古傷が私を余剰なくらい、警戒させてしまうのです。


(この人、綺麗に着飾らせてから殺す趣味でもあるのかしら?)


 舞踏会に入り込めないことは予想していても、いきなり本星にまで辿りついてしまうなんて聞いていませんよ。


(どうしよう。私、何て言えば……)


 ……セーラの旦那様を殺さないで下さい?

 ……自首をお勧めします。


(どれも、私の身を更に危うくする言葉ばかりだわ)


 何とか上手くこの場を切り抜けられる策を……。

 私が内心慌てふためいているうちに、サーシャルは豪快にドレスの裾をさばきながら、私の方に近づいてきています。怖いです。


(私、まだ死ねないわ)

 

 モリンと話した大恋愛だって出来ていないのに……。


(逃げないと)


 あれこれ、考えている暇なんてありませんでした。

 くるり……と、身をひるがえした私は、全速力で駆け出したのでした。


「えっ……あ、ちょっと?」


 サーシャルが驚いて、手を伸ばしていますが、捕まったら殺されるという、私の危機感を煽るだけでした。

 しかも……。

 もう、その時は自分の意思ではなかったのです。

 とうとう、私の身体にセーラが乗り移ってしまったのでした。

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