第48話 眠り姫
――まったく、散々な目に遭ってしまった。
きっと、アースクロットと会ったことで、著しく体力を消耗してしまったせいだ。
(まさか、倒れるなんて……)
明け方まで眠れたおかげで、だいぶ回復したエオールは朝から王宮に上がっていた。
陛下直属の仕事をするには、極力エオールが王宮に滞在していた方が良いのだ。
「大丈夫か?」
王宮の奥。
国王と限られた側近以外入室できない私的空間の一歩手前の部屋で、ユリシスが気安く話しかけてきた。
「何がです?」
「お前のところの口煩いメイド長。私も子供の頃、よく叱られたな。あれが……発熱したお前を療養させるために監禁しようとしたところを、何とか脱走して
「また……アースクロットですか?」
ふふんと、ユリシスは得意げに鼻を鳴らした。
昨夜から今朝まで続いたメイド長との攻防戦は、とっくに知られていたらしい。
「千里眼能力者は色々と便利だよな。先程、王宮を散歩していたら、鳥が喋りかけてきたよ。お前が過労で倒れているって」
「大事ありませんよ」
「そうは思えないがな。せめて、食事は摂って欲しいものだ」
「……あ」
傍らの机に置いてある食事らしきもの。
窓の外の橙色に染まった景色を目にして、エオールはハッとした。
もう夕方なのか……。
この場所で、ずっと聖化能力を使っていたので、すっかり昼食の存在を忘れていた。
「負の念は、綺麗に除去出来ました」
「奴が食事に薬を盛った証拠も、押さえているな?」
「当然です」
「苦労をかけるな。まあ、こうなることを知っていて、奴を泳がせていたわけだが……。しかし、妃のことは完全に私の不注意だった」
策を弄すると、思いがけないところで足をすくわれることがある。
今回がまさしく「それ」だった。
アイツがおかしな動きをしていることは、エオールも把握していた。
ただ……今まで実家の力で悪戯扱いとして見逃されていた分、この機にきっちり落とし前をつけさせようと、ユリウスの命令で、アイツのすることを見逃していたのだ。
しかし……。
(まさか、お妃様が食してしまうなんてな……)
面倒な偶然が重なったものだ。
「普段、食事を一緒にされないのに、あの日に限って、お妃様が食堂にいらっしゃったんでしたよね?」
「ああ。妃は舞踏会のことを知って、私に言いたいことがあったんだろう。……私にも非がある。薬を盛られたことを逆に利用して、彼女を眠らせたままにしているのだからな」
「……仕方ありません。お妃様不在の方が陛下も動きやすいのでしょうから」
「困ったものだよ。
「一応、舞踏会まではお妃様をこのままの状態で維持することは可能です。しかし、その後は……」
「分かっている」
エオールには、ユリシスの考えが手に取るように分かった。
もし、自分がユリシスの立場であったら、同じことをしたかもしれない。
それくらい、今回の舞踏会は政治的思惑が強いのだ。
「すべて、彼女のためだ」
トレスキアの重臣たちの思惑は様々だ。
隣国フレイヤとの和平を未だに憎々しく思っている者がいる。
先の戦争も、あともう少しで勝利することが出来たなどと……。
惨憺たる戦場を一度も見たことすらなく、公言している者すらいるくらいだ。
だから、王妃の立場は不安定だ。
世継ぎのいない今の状況は、どの勢力にも付け入られる隙があり、危険極まりない。
だが、妃に世継ぎを望むのは無理だ。
それが分かっていて、フレイヤも王女エリザをこの国に寄越したのだから……。
「舞踏会に、私も行きましょうか?」
本当は「聖化」を継続して続ける必要はないのだ。
ユリシスが王妃を寝かせておきたいから、能力の裏技でそのまま安眠してもらっているだけで……。
強力な浄化能力=聖化を生身の人に向かって使うと、身体から力が抜けて眠くなる。
病気が重かった時のラトナにも使ってみようかと、ロータス医師に打診したこともあったが、彼女の場合は眠くなったら、そのまま、あの世に旅立ってしまうかもしれないと言われたので、やめた。
安楽死の幇助をするつもりはなかった。
まだ生きることに望みがあると言うのなら……。
(別に一晩くらい王宮を空けても、どうとでもなるんだが……)
舞踏会が終わったら、王妃には覚醒してもらわないと困るので、エオールは少しずつ聖化の能力を薄めていた。
どうせ、明日にはお役御免の身の上なのだ。
「ありがたい申し出だけどな……」
ユリシスは笑いながら、エオールの目の下の隈を指差した。
「やめておけ。お前はもう休め。大体、あんなところに行ったら……お前だって、私と同じような目に遭うぞ?」
「別にどう思われても私は……」
「益々、奥方に疑われる」
「それは……」
かなり、困るかもしれない。
(……ん?)
困るのか?
(私が?)
おかしい。
なぜ、エオールはその事態を避けたいと思っているのだろう。
「
「それを仰るのなら、陛下だって……。お妃様に対して、言葉が足りないと思います」
「だが……な。妃は私の言葉など信じないのだ。最近は飼い猫くらいしか、信用していないんだよ」
「やはり、贈り物に生き物は避けるべきでしたね。優先順位が夫より、
「他に贈り物をしても、まったく喜ばなかったんだ。仕方ないだろう」
……と言い合っているところに、突然扉をノックする音が響いた。
アースクロットがエオールに会いに、のこのこ王宮までやって来たのだ。
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