第2話 担架での嫁入り

 ――まさか、口減らしのために、嫁に出されるとは……。


 入院費もかかるので、私というモノを、丸ごと受け入れてくれる「家」そのものが、兄は欲しかったようです。

 そして、上手いこと、それが見つかった……と。

 いや、しかし……。


(今にも死にそうな、嫁ぎ遅れた女を娶りたいって?)


 そんな奇特な、いえ、慈悲深い家があるなんて……。

 それって、現実の出来事なのでしょうか?

 兄は淡々と、縁談相手は公爵家だと言いました。

 益々、私には意味が分からなくなりました。

 お相手は王家の血を引く由緒正しい、ミノス家のご当主様。

 年齢も二十代半ばで、初婚とのこと。

 ミノス家といえば「聖統」と呼ばれている名門貴族御三家の一つです。

 私の住む国、トレスキアの中で「聖術」と呼ばれている異能の力を扱える神にも等しい一族……。

 北方のスフォル領。トレスキアの中でもとりわけ貧しい土地に住んでいる私ですら、耳にするくらい、超有名な家柄なのです。

 私もしょっちゅう死にかかっているせいか、この世のものではないモノを目撃したりすることもあるのですが、そういう次元を越えた「奇跡の力」を保有した方々なのです。

 だけど、まあ……。

 天邪鬼な私ですから……。


(……そんな能力が本当にあるのなら、戦争にもならないし、もっと大勢の人が救われているんじゃないの?)


 なんて、実は眉唾に感じていましたけどね。

 兄は、こうなった経緯を得意げに話しました。

 要するに、私の主治医ロータス先生が、ミノス家の主治医もしていて、公爵様の耳に、私のことが伝わったそうなのです。

 家柄的には、地方で細々何とか続いている我が男爵家と公爵様とでは釣り合いませんが、しかし、兄は運良く家柄の良いお嬢様。格式高い、伯爵家の御令嬢を娶ることに成功していたのでした。

 ……と、そんなわけで、義姉の実家との縁もあり、公爵様は私を娶ることにしたそうなのです。

 いや、結局のところ、何の理由にもなっていないような気がするのですけど?


「とにかく、公爵様はお前の身体のことを、すべて承知した上で、娶って下さると仰っている。良かったな。お前は公爵様に感謝してお仕え……は無理かもしれないが、残された時間、精々上手くやってくれ」


 兄との会話は、結婚が決まってから、合計して十分程度でした。

 たったそれだけの……。

 業務連絡のような会話を交わして、兄は私を送り出しました。

 今まで、下を向いて目すら合わせたこともなかったのですが、さすがに、これが最後だと思って、私は真っ直ぐ兄を見ました。


(さすが、良家のお嬢様を射止めただけあって、美形ですね) 


 兄は短髪の黒髪に精悍な面差し、大柄な身体は玄関に飾ってある古代騎士の彫刻のように均整がとれていて、とても綺麗でした。

 そこに家族に向ける情のようなものは、一切感じなかったですけど……。

 兄にしてみれば、生き残ってしまった私は詐欺師みたいなものです。

 死ぬ死ぬ詐欺だと、何度も私の意識が混濁している時に愚痴っていました。

 でも、分かっています。

 私にも非がないわけではないのです。

 兄と話をすることを嫌い、兄が娶った義姉や甥っ子、姪っ子とも一度も会ったことがないのですから……。


(もう、ここには帰れないんだな)


 漠然とそんなことも考えましたけど、感傷に浸る間もなく、痛み止めを大量に打たれた私は朦朧とした意識のまま、担架で大型の馬車に担ぎ込まれました。

 付き添ってくれたのは、医者のロータス先生と助手の二人だけでした。

 寂しい門出だなんて、その時は思いませんでした。

 そんなことより、ロータス先生に対して芽生えた猜疑心の方が厄介でした。

 人の好いお爺ちゃん先生だと思っていたけど、猟奇犯罪者で私を殺すことが目的で、公爵家との縁談をでっちあげたんじゃないか……とか。


(殺されるとしても、痛いのだけは勘弁してもらいたいんですが……)


 私はそんなことばかり、必死に祈っていましたが、実際には、そんな猟奇的なことにはなりませんでした。

 ただただ、馬車の道程が過酷で、そちらの方で私は死にそうな思いをしただけです。

 悪路を走り、悪天候にも負けず、一カ月近くかけて、私は王都の公爵邸に到着したのでした。


 ――そうして。

 門前で待ち構えていた女性と見紛うほど美麗な公爵様は、瀕死の私を見て、無表情にこう言ったわけです。


「君がラトナだな。私がこれから君の夫となるエオールだ。二つ、三つ伝えておきたいことがあるのだが、ここで話しても良いだろうか?」

「……え?」


 まさか、ここで?

 ここ、吹きっ晒しの門前……ですよね? 

 そんなに、言いたいことが切羽詰っている?

 いや、しかし、冷や汗たらたらで、担架に乗せられている私を見て分からないのでしょうか。


 ――大丈夫なはずがない……でしょうに。


 言いたい。

 けれど喉が痛くて声が出なくて……。

 私はもがきながら、意識を手放したのでした。

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