第4話 街への道で

 ルーキスが故郷を旅立ち丸一日が過ぎた。

 濃い青色のシャツの上からモスグリーンの外套を羽織り、革のバックパックを担いでルーキスは馬車の車輪や人の足で踏み固められた街道をのんびり歩いている。

 森を抜け、平原に差し掛かった頃、腹の虫が鳴ったので、ルーキスはバックパックから猪の肉で作ってもらった干し肉を齧りながら初めて見る広大な平原を眺めていた。


(ここはどの辺りなんだろうか。二百年も経ってるとなると土地勘なんて役にも立たんのだろうなあ)


 遥か向こうに見える街を目指し、そんな事を思いながら歩いていると、街道の先で停止している馬車がルーキスの目にとまった。


「休んでいるのか、積荷の確認中か、もし可能なら乗せてもらうのもありだなあ」


 ぼやきながら魔力を目に集め、望遠の為の魔法を発動させて馬車の様子を確認するが、休憩している訳ではないらしい。

 飼葉かただの干し草か、用途は分からないが荷台に藁を山のように積んだ場所の後輪の側でガックリと肩を落としている麦わら帽子を被っている初老の男性らしき姿が見えた。


(脱輪か? 一人じゃ厳しそうだ。どれどれ手伝ってやろうかね)


 駆けるわけでもなく、ルーキスは透き通るような青空と草原の鮮やかな緑を楽しみながら馬車へと近付いていく。

 そして、馬車の側で項垂れている初老の男性に近寄ると、ルーキスは「やあ」と声を掛けた。


「こんにちは。良い天気ですね。困り事ですか?」


「ああ〜。いやもう困ったもんだよ。この先の牧場まで帰る途中だったんだが、馬車の車輪が外れてしまってねえ」


 牧場主かもしくは業者か、白いシャツにオーバーオールを着用している麦わら帽子を被った初老の男性は、ルーキスにそう言うと腰に手を当てると俯いてしまった。


 そんな男性の後方に見える馬車の車輪は確かに外れてしまっていて、留め具に使用している木製の部品の一部が地面に落ちてしまっている。


「これなら直せそうだ、もし良かったら直そうか?」


「出来るのかい? 荷台に載っているのが飼葉とはいえ、一人では持ち上がらんよ?」


「まあ見ててよ」


 言いながら、ルーキスは男性の横を通り過ぎて馬車の前方に向かうと馬と荷台を繋いでいる縄、ハーネスを外すと男性を呼んで馬を任せた。

 その後荷台の後方に戻り、しゃがみ込むと地面に手をつき魔法を発動させる。


 そして、発動した魔法でもって地面を隆起させ、ルーキスは馬車の荷台を持ち上げてみせ、落ちている馬車の車輪を持ち上げるとそれを車軸にハメ込んだ。


「留め具はこりゃあ駄目だな、何か手頃な……お、これなら良さそうだ」


 車輪をハメ込み、留め具であるクサビ型の木造部品を手に取るが、半ばから折れており使い物にはならなそうだ。

 そこで、ルーキスは道端に落ちていた手頃な石を手に取ると地面に錬金術に用いられる錬成陣をその石で書くと、書いた石と近場に落ちていた石を錬成陣の上に置き、手を翳して魔力を送り込んだ。

 

 すると、錬成陣の上に置かれた石の形がクサビ型に変形。

 

 それを手に取り、ルーキスは車軸に石で出来たクサビ型の留め具をハメ込んだ。


「お、完璧。やったね」


 父に教わった錬金術で作った留め具に満足し、ルーキスは魔法を使って隆起させた地面を元に戻して馬車の荷台を地面に下ろした。


「おじさん出来たよ。もう馬繋いでも大丈夫」


 荷台の前方で馬の手綱を握っていた初老の男性に手を振りながらルーキスは言うと、男性は「本当か! ありがたい」とルーキスに手を振りかえして馬と荷台をハーネスで固定したあと、ルーキスの側にやってきた。


「いやあ助かったよ。危うく荷台を置いていくハメになる所だった。しかし困ったな、お礼がしたいんだが、今持ち合わせは無くてね」


「礼なんて良いよ、別に材料費が掛かったわけでもないし、そんなに時間も掛かってないしね」


「しかしなあ」


「じゃあ途中までで良いからさ、街の近くまで乗せて行ってくれない?」


「そんな事で良いならお安い御用だ。好きなとこに乗りな、快適とは言えんがね」


「青空を眺められる飼葉の上なら宿屋の安いベッドよりは快適さ、ありがたく乗せてもらうよ」


 地面に散らばった飼葉も回収し、お目当て通り馬車の荷台に乗せて貰える事になったので、バックパックを荷台に放り込んだあと、ルーキスは馬車の荷台に飛び乗ると外套を脱いで飼葉の上に広げ、その上に寝そべった。


「それじゃあ出発するよ?」


「よろしく〜」


 ルーキスの返事のあと、男性は手綱を振って馬車を出発させた。

 ゴトゴト揺れて、確かに乗り心地は決して良いとは言えないが、それでもルーキスはその馬車の乗り心地を楽しんでいた。


 仰向けに寝て目を開き、空に流れる白い綿のような雲を眺め、心地良い風を感じる。

 ほのかに香る飼葉の香りと相まって、ルーキスは草原の草の中で寝そべっている気分になり、その心地よさにほくそ笑む。


「見事な魔法だったねえ。君は冒険者なのかい?」


「いや。まだ冒険者じゃないんだ。これから街に行って冒険者登録をしに行くところでね」


 馬車の荷台の前方、御者席に座る男性とそんな会話を時々挟みながらルーキスは街道を進んで行く。

 

 そんな時だった。

 男性が微睡んでいたルーキスに「少年、ちょいとまずい事になったぞ」と言って馬車を止めた。


 その声に目を覚まし、体を起こして前を見ると、何やら数人が武器を片手に揉めているように見えた。

 

 ルーキスと同じ歳くらいの若い少年が二人と少女一人が五人の子供に囲まれて見えるが、その囲んでいる側の子供は人間では無かった。


 身長にして一メートル前後の小柄な体に緑色と灰色を混ぜたような体色を持つ魔物。

 ゴブリンが街道から少し離れた草原の中で革鎧に身を包んでいる冒険者らしき少年少女を囲んでいたのだ。


 気の弱そうな少年二人は腰が引けて、その表情は今にも泣き出しそうで、その二人に背中を預けている少女の方がまだやる気に溢れているが、ルーキスはそんな三人を遠巻きに見て「あれじゃ三人とも死ぬな」と呟くと、外套を羽織り直して馬車から飛び降りた。


「か、加勢に行くのか? 相手は魔物だぞ?」


「ゴブリン程度なら大丈夫。ありがとう、ここまで乗せてくれて。おじさんは先に行ってくれ」


「気を付けてな」


「あいよ〜」


 バックパックを肩に掛け、ルーキスは剣を抜いて街道から離れて草原に足を踏み入れ、ゴブリン五匹に囲まれている少年少女の元に駆け出す。

 

 そのタイミングで、ゴブリンの一匹が一番ひ弱そうな少年に向かって飛び掛かった。

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