転生したベテラン冒険者はセカンドライフを謳歌する

リズ

転生と出会い、そして始まり

第0話 輪廻の輪の途中にて

 ある日の事、ある一人の老人がこの世を去った。

 若かりし頃、冒険者だった彼は剣と魔法を巧みに使い、強力な魔物達から人類やそれに連なる亜人種を守り続けてきた。


 しかし、そんな屈強な冒険者も寿命という死神の鎌から逃れる事は出来ず、息子や娘、孫、教え子達に看取られながらその生涯を笑顔で終えた。


 眠るように、深く意識が沈んでいく。


(ああ、良い人生だったな)


 意識を手放す直前、彼はそんな事を思っていた。

 だが、いつまで経っても依然自分という意識が切り離されない。

 体は弱り、いつしか歩くのすら精一杯になり、眠る度に目覚める事が出来ない事を覚悟していた。

 しかし、彼は冒険者として戦いに明け暮れた筈が大往生となった。

 そんな彼を予想外の事象が待っていた。

 死んだ後、彼は再び目を覚ましたのだ。


(まだ生きてるのか?)


 不思議と体が軽かった。

 息子や孫に支えられなければ体を起こす事も難しい時もあった筈が、今日は随分と調子が良い。

 

 そんな事を思いながら、彼はゆっくり目を開けた。


 しかし、そこに見慣れた天井や壁、家具の類は一切無かった。

 

 代わりに広がっていたのはどこまで続いているのか分からないほどの白。

 濃霧によるホワイトアウトを疑う程の白い空間が目の前に延々と広がっていた。


(夢? いや、まさかこれは死後の世界と言うやつか。だとしたら、なんて寂しい場所なんだ)


 右を見ても左を見ても、前を向いていようが後ろを向いていようが、そこに広がっているのは白一色の風景だけ。

 

(つまらん場所だなぁ)


 そんな事を思った瞬間だった。


「まあ、そう言わないでよ」


 と、少年のような、青年のような、老人のような重なった声が聞こえてきた。


(人がいるのか? どこだ?)


 声は出していない。

 しかし、折り重なった声はそんな彼の思考に答えるように「君には見えないよ」と、答えて聞かせた。


「僕は君達から見たら高位の存在だからね。仮に知覚しても理解は出来ない。僕はこの世界全てだ。道端に落ちている小石も、君達の頭上に広がっている空も、この空間も全て」


(まさか、神様?)


「そうだねえ。君達は僕を度々そう呼ぶからねえ。それで良いよ」


(神様に出会えたという事はやはり私は死んだのですね)


「そうだね。君は死んだ。本当ならこのまま魂の輪廻に従って魂を清めたあと転生させるんだけど、僕の子供達である人類やそれに連なる者達の為に生きた子には特別にご褒美をあげる事にしてるんだ。次は良い人生を送れるようにってね。でも君は今回の人生に満足して死んじゃったからさあ。ご褒美が思いつかなくてねえ」


 声の調子から、何故か困った様子が伺えた。

 自称神様は死んだ老人の前に光の玉として現れ、彼の周りを浮遊しながら何か考えているかのように「うーん」と唸っている。


「何か欲しいものは無いかい? 次の人生ではこうなりたいとか、こうありたいとか。望む力を授けるよ?」


(欲しい物ですか。貰えりゃなんでも嬉しいですからねえ、力も金も名声も、ある分には困りません。だから次の人生も気楽に生きれるくらいには力があれば良いですよ)


「なるほど、この世界で気楽に生きれる程の力ね。分かったじゃあそうしよう。じゃあね、次の人生も良い人生になると良いね」


 その声を最後に、彼の前に止まった光の玉はシャボン玉が弾けるように消え、それと同時に辺りは白い空間から光が消えたように暗転。

 一寸先も見えない闇に包まれたかと思うと、彼の意識は急激に後方に引っ張られるように向かっていった。


 あまりの衝撃と引力に彼はどちらを向いているのか、立っているのか座っているのか、右を向いているのか左を向いているのか、分からなくなる。


 激しい揺れと頭部の圧迫感に悲鳴を上げそうになる。


 しかし、その圧迫感が消えたあと、彼は先程の白い空間とは違う淡い光を瞼の向こうに感じ、柔らかい何かに全身が包まれるのを感じた。


 声は出ない。

 目も開かない。

 体も一切動かない。


 それでも、何故だろうか。

 彼は心からその状況に安心しきっていた。

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