第12話 先生、ちょっと怖いです

 門から結構長いこと歩いているにも関わらず、他の生徒の誰ともすれ違わないのは、授業が始まる1時間以上前に来たから。編入のための手続きは終わっているんだけど、授業前に必要な教室の案内をしてくれるらしい。


 セレモニーはしないけど、聖女が編入してくるっていうことは既に噂になっているらしく、休憩時間とかにのんびり校内案内はできなさそうだからっていう配慮みたい。うーん、自分が注目の的って変な感じ。


 教室に向かって廊下を歩いていると、前の方から背の高い男の人が一人歩いてきた。濃い紺色の髪に、山吹色の瞳が印象的な男性は、眼鏡をかけていて白衣を着ており、いかにも先生という風情だ。そんでもって、顔が美形。


 ……これは絶対攻略対象だよね、この外見特徴に当てはまるキャラ、いたよね。


「おはようございます。殿下、学園長。……おや、その方が例の……?」


 すれ違い際に会釈をした男性は、私を一瞥して学園長に話しかける。


「ああ、ルーナ先生、そうです。こちらがクレア・バートン様です。クレア様、こちらは我が校の教師の……」


「ラン・ルーナと申します。クレア・バ-トン様、よろしくお願いします」


 紹介されたラン・ルーナは私の前に来て手を取ると、その甲に口づけた。なぜ社交の場でもないのに、そんな挨拶をするんだこの人……!


 そして思った通り、この人が攻略対象キャラの二人目! ラン・ルーナ! 魔法学園の教師で、貧乏男爵家の跡取り。魔法学園での研究に打ち込んでいる大人しい人なんだけど、その美しさに一目惚れした我儘令嬢に、金で結婚を迫られて婚約しているという設定。確か、婚約者はこの魔法学園の2年生で、彼女が卒業したら結婚をする、という約束になっている。


 『はぁれむ・ちゃんす』のヒロインは、そんな『好きでもない女と結婚しないといけないラン・ルーナ』に同情して、話を聞くうちに恋仲になっていく、というストーリーだったと思う。


 令嬢の我儘とはいえ、先生は研究資金が欲しくて婚約を受け入れたんだから、聖女に目移りするの失礼すぎない? そもそも、教師が生徒に手を出すのって淫行じゃん? と、私は思ってしまうんだけど、そこんとこどうなんだろう。


 あと、ルーナ先生の設定年齢は確か30歳。教師じゃなかったとしても、この年齢差で恋愛するのはちょっときついかなあ。だって、うちのお父様が37歳だから、お父様とそう大して変わらない年齢だと思うと……ねえ? この世界って結婚する平均年齢が若いから、親世代も若いんだよね……。


 というか、この人ずっと手を握ったままだけど、いつまで握ってるつもりなんだ。


「あの、私は生徒なので、普通にしてください」


 ぱっと手を引っ込めて、私が言うと、ラン先生は飽くまでにこりと笑ったまま答えた。


「聖女様に対して他の生徒と同じ対応をする訳にはいきませんから」


「でも……」


 言い淀んでいると、ルーナ先生に握られていたのとは反対の手が、不意に握られた。私は無意識に、隣のアウレウスの服をつかんでいたらしい。服を掴んでいる手ごとアウレウスに包まれている。


「クレア様が困ってらっしゃいます。ルーナ先生、どうかクレア様の意思を尊重していただけませんでしょうか」


「君は?」


「申し遅れました。私は、クレア様の補佐として一緒に編入しました、アウレウス・ローズと申します」


 アウレウスが私の手を包んだまま言う。バシレイオスの方から凄い視線を感じるけど、ここは無視しておこう。


「そうですか」


 心なしか、ルーナ先生の目線が鋭い。


「確かに……クレア様を困らせるのは本望ではありませんね。ですが……」


 ルーナ先生は眼鏡を指で押し上げた。


「ローズ君も聖女様との適切な距離感を保った方が良いのでは?」


 先生の視線の先には、アウレウスが握った私の手がある。え、ええ……先生、ちょっと怖くないですか? ラン・ルーナって物腰柔らかで穏やかなキャラだったと思うんだけど、何か雰囲気違いすぎない?


「私はクレア様の補佐ですから、問題ありません」


 そう言いながら、アウレウスは私の手を握りこむ力を強くした。


 補佐だとしても近すぎる距離感なような気はするけど、自分からアウレウスの袖を掴んだ手前、何も言えない。


「お前たち、その辺でよさないか」


 間に割って入ったのは、バシレイオスだった。さりげなく、私の手をアウレウスから離させる。この手そんなに重要なんだ?


「クレア様はこの後まだ予定がございますので、失礼いたしますね。ルーナ先生」


 テレンシアが言葉を継いでそう言う。


「わかりました。ではまたお会いしましょう、クレア様」


 ルーナ先生はこっちに流し目を送って、去って行った。生徒に色気ビーム送ってくる教師って何なの、大丈夫なのあの人?


 びっくりしていると返事をしないままスルーしてしまったけど、まあいいか。


 メチャクチャ怖いからルーナ先生とは授業以外では極力距離を置きたいな。あと、今回はバシレイオスが助け舟を出してくれたけど、空気になってる学園長が、大人としてちゃんと取りなして欲しい。

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