第3話 元カノ 実原ヤサシイ

 私、全問正解ぜんもんせいかいは私立探偵だ。


 私には人には言えない特技がある。


 それは、数ある選択肢において、間違えたことがないのだ。


「あ!正解発見!ちょっと来て!」


 私は間違いのない昼食『蓬莱軒のうなぎ』食べに外に出たのたが、傍若無人なギャルにいきなり袖を引っ張り拉致された。


 彼女の名前は実原じつはヤサシイ、元カノだ。気月よいと別れた私に「私にしとく?」と優しく声をかけてくれた見た目によらず優しい彼女だった。


「ここ、ここ!ここのコンビニの一番くじ『はじっコ暮らし』の『A賞えりまきとかげ?さん』がほしいんだけど、全然出ないの!もう、5千円も使っちゃったのよ!」


 ヤサシイはその場で地団駄を踏んだ。昔は一回500円で出来た一番くじも今で740円……ほぼ千円だ。さらにF賞のアクリルスタンド、G賞のミニタオルがとんでもない数が用意されているので、ぬいぐるみのA賞からC賞を引き当てるには相当の運が必要だろう。


「いいけど、一回だけだよ」


 私は外さない。だが、もし私がA賞からC賞のぬいぐるみを即座に引いてしまっては、このくじの魅力がなくなってしまう。確かに最後の一枚を引くと貰えるラストワン賞『茶碗蒸しの残された銀杏さん』は魅力的だが、それを貰うために、大量のアクリルスタンドとミニタオルを買う人はいないだろう。


 ちなみに競馬やパチンコといったギャンブル性の高いものは私の頭の中に選択肢は現れない。


 もし現れたら私はすぐに億万長者になれるだろうが、楽をして手に入れたあぶく銭は身につかない。すぐに使い果たし、「また競馬当てればいいや」と、私の心も荒んでいくだろう。


 ギャンブル運がないことが、私にとって幸運なのだろう。


「正解~早く~」


 わかった、わかった。わかったから、腕を組んでその女の武器で私を攻撃するな。反撃したくなってしまうぞ。


 相変わらず、距離感がおかしい娘だな。


「本当に一回だけだからね……」


 私はお金を払い、店員が差し出したBOXに手を突っ込む。私が選んだのは……。


A 奥の一番端っこだ!


B 欲を出しては当たらない!一番上だ!


―――――――――――――――

A 奥の一番端っこだ!


 私が取り出したくじを開けると……まさかのD賞だった!


「え……D賞……外した?まさか……私が」


「あ――!!D賞の『えりまきとかげ?さんのランチボックス』!?ウソ!一番欲しかったやつ!ぬいぐるみはそれぞれ当たりが3つずつ入ってるけど、これは一個しか入ってないんだよ!やったぁ――!!」


 ヤサシイが私の腕に抱きつく。ふにっとした感触は私の人生最大の成功という名のご褒美だ。


「やはりな!私は……外さない!」


 若干、外れたかもしれなかったのでドキドキした。


「まだその名台詞言ってるの?そんなことより、カラオケ行こ!カラオケ!」


 実原ヤサシイは私の手を握り、強引に連れ去った――。


――――――――――――――――


私が選んだのは……。


B 欲を出しては当たらない!一番上だ!


「よし!A賞!!」


「やった!『えりまきとかげ?さん』欲しかったんだ!ここだけの話、えりまきとかげ?さんは実はディロフォサウルスの子供なんだよ」


 彼女が私の耳元で囁く。


 私は彼女の吐息であやふく「あふん!」と言いそうなるのをグッ!と我慢する。


「へ、へぇ~そうなんだ……ディ……なんとかザウルスなんだ~」


「ディロフォサウルス!ま、いいわ。この後、予定ある!?ないよね!カラオケ行こ!カラオケ!」


「いや、蓬莱軒……ちょ、ちょっと」


 私の話を一切聞かずに腕を組むヤサシイ。探偵助手の解答ハズスと元カノ気月よいのちょうど足して2で割った大きさのおっぱいが私の腕にジャストフィットする。


 その後、間違いないランチを諦めた私は、元カノ実原ヤサシイと二人っきりでカラオケに来ていた。


 やましい気持ちがないと言っては嘘になる。


 逆に女の子と二人っきりでカラオケに行って、欲情しない奴ら病院で一回見てもらったほうがいい。


「最後!採点勝負しよう!負けた方が勝った方の言うことを何でも1つ聞く!」


 ヤサシイは昔から何かにつけて勝負をしたがる娘だった。


 私は選択肢がある勝負(ババ抜きや神経衰弱)は必ず勝ってしまうため、よくふて腐れてなだめるのに苦労したものだ。


 私は得意(?)のスモップのペロリを歌い上げる。

「単純に君のこと~好きにしたいのさぁ~♪」


 さぁ、点数は……。


「90点!!やるわね!私が歌う曲は正解が選んでいいわよ!ハンデハンデ!」


 歌の上手いヤサシイは得意気に言う。


 私の選曲は……。


A 二人でノリノリ!ラップ!


B 勝ちにこだわり……演歌だ!


――――――――――――――――


A 二人でノリノリ!ラップ!


「いいわよ!ちゃんとノッてね!」


 ヤサシイはマイクを両手で握ると優しい声でラップを歌う。


「別れたYo~!大好きだったのにYo~!あの日、あの時、あのパッションで……Yo~!


「Yo~!!」


 私は「Yo~!」の箇所を全力でハモった。二人の声が合わさって初めて生まれるハーモニー。


「あちゃ~89点だった~。負けたわ~。と、いうか正解のハモりの声が大きかったから負けたんじゃない?ま、楽しかったからいいけど」


 ヤサシイは優しい顔を私に向ける。


 確かに最近感じたことのない充実感に私は浸っていた。


「負けたから、なんでも言うこと聞いてあげるよ。あ!でも、『なんでも』って言っても、聞いてあげれるのはエッチなことだけだよ!」


「え!?」


 自らの大胆な発言で頬を赤くしたヤサシイは、その顔を見られるのが恥ずかしいと思い、私に近づき、私の胸に頭を当てて顔を隠す。


「と、とりあえずラーメン奢ってもらおうかな!はは……そういえば、お昼食べに出かけたんだった!はは……」


「え!?お昼、まだ食べてなかったの?私も歌いすぎてお腹減ったから、おすすめのラーメン屋さん奢るわ!行こう!」


 顔を上げ、まだ少し赤い頬のまま笑顔で私に語りかける。あと少し理性が頑張らなかったら、そのままキスしていたとこだ。頑張ったな、理性。


―――――――――――――――


B  勝ちにこだわる!演歌だ!


「演歌……うまぁ!!」


 私はヤサシイのコブシのきいた歌声に思わず声を上げる。


 演歌を歌ってるところを聞いたのは初めてだが、なぜ付き合っている時に聞かなかったのかと後悔するほどの上手さだった。


「あなたと~イキたい~あえぎ~ごぉ~

えぇ~!!」


「うわっ!96点!ヤサシイの勝ちだ!」


「やったね!勝った!じゃ、帰りにラーメン奢ってよ!」


「おお……いいよ、いいよ!行こう!」


 私はもっと「よりを戻そう」とか「あなたの体が忘れられないの」とかエッチな願い事かと思った自分を恥ずかしく思う。


 私はヤサシイとラーメン屋さんに向かった。


―――――――――――――


「蓬莱軒の営業時間過ぎちゃったから、近所のラーメン屋になっちゃったけど、ここのラーメンおいしいっしょ!」

 

 髪を耳にかけながら妙に色っぽくラーメンをすする実原ヤサシイ。


「ああ、ラーメンにして正解だったよ」


「でしょ!やったね!」


 屈託のない笑顔を見せるヤサシイ。短い間だったが、彼女と過ごした日々が間違いのないものだったことを確信する。


「ごちそうさま。うまいラーメンだった」


「ねぇ、私とここのラーメン、どっちがうまいと思う?」


「え!そ、それは……」


 いきなり脈絡のない話をするヤサシイ。ギャルは思ったことを思った時に話せる特技を持っている。


「味比べ……してみる?」


 悪戯な笑みを浮かべる。


「……よろしくお願いします」


 私はヤサシイの優しい手に引かれ、夜の明かりの中へ消えていった。


 やはり私は……外さない!!


 名探偵、全問正解!!


――――――――――――――――


「……ラーメンよりヤサシイのほうが、おいしかったです」


 裸でベッドに仰向けで寝ていた私は、天井を見上げながらふいに呟く。


「やった!当たり前っしょ!……おかわりする?」


 布団に隠れていたヤサシイが喜びながら顔を出す。


「……いただきます」


 ヤサシイは、再び布団の中へ消えていった――。

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