06-03

 


「どうしたの? サトル? なんか入ってた?」


 工具箱の隣に置いた携帯端末からヒカリの声が響く。

 缶ケースを開けるために一度床に携帯端末を置いたのだった。中に入っていたものに驚いて、携帯端末を手にしていないことを失念していた。


「……あ、あぁ、すまん。……ほら、これだ」


 左手で携帯端末をとり、端末の背中側にあるカメラを缶ケースの中に向ける。

 画面に映っている幼馴染の顔には困惑の色が滲む。


「……どうして? さっき見たのと同じお守り……けど、血の跡があるってことはこっちが事故の時につけていたお守りってことだよね。だとしたらさっき見たのは……?」


 缶ケースに入っていたお守りの見た目は先ほど見たお守り――棚の右端に掛けてあったもの――と全く同じで、血が滲んでいる点のみが異なる。

 この見た目のお守りをヒカリは普段から身に着けていて、10年前の事故の時もそれは例外ではなかった。あの事故のとき、車内一面は血の海で、このお守りのみがそれに染まることを回避できていたとは思えない。

 ならば、事故後のお守りの姿としては血に染まっているのが自然なはずで、いま目の前にある缶ケースの中にあるものこそが、事故の時にヒカリが身に着けていたものと考えるのが妥当だ。


 缶ケースの中に入っていた方のお守りを手に取る。

 血に染まっていることを除けば、なんてことのないお守りだ。

 先ほど手に取ったものと変わりない。

 先ほどのお守りと同様に厚紙のような固い板が中に入って――――ん? 小さい輪っかのようなものが入っている?


「……何か入っているぞ、これ」


「え? なんだろう。何も入れた記憶はないよ」


「……開けてみていいか?」


「うん」


 再び携帯端末を工具箱の隣に置き、少しいけないことをしているような気持ちを抱きながら、お守りの上側の口を広げ中を覗いた。

 御神璽が入っていると思いきや、入っていたのは何の変哲もない厚紙と、黒色の指輪だった。

 

「……なんだろう、この指輪」


 右手の人差し指と親指とで指輪をつまみながら、左手にとった携帯端末でヒカリにそれを見せた。


「なんだろう、それ。そんなの入ってるなんて聞いてないよ。もちろん入れた記憶もないし。お父さんかお母さんの結婚指輪……ではないよね、黒い結婚指輪なんて考えにくいし。……それが、手掛かりかな」

 

 このお守りはヒカリ家が先祖代々大事にしてきたお守りだ。

 御神璽として指輪を使うとは到底思えない。ならばこの指輪は、誰かが後から意図的に入れたと見るのが妥当だろう。

 入れた理由は、宗教的な意味とかへそくりのような世俗的な事情など考えればきりがないが、人目につかないように何かを内包させるとき、そこには隠したいという欲求があったに違いない。


 誰から隠したかったのか。

 ヤナギ家の外の人間? それとも入れた人以外全て?


 この指輪のことをヒカリは知らないようだった。つまり、入れた人――おそらくヒカリの両親――は、少なくともヒカリにはこの指輪のことを隠すつもりであったのだろう。

 ヒカリの両親が、ヒカリから何かを隠したいと考える背景は一つしか思いつかない。

 ――この指輪こそが件の諜報活動に関係するものと推測しても間違いはないだろう。


「おそらくそうだろう。お守りの中に隠していたってことも勘案すれば、第三者には暴かれたくないような重要なものなんだろう。……この指輪を一体どうするかわからないんだけどな」


「そうだよね。その指輪、着けると何かあるのかなぁ。……着けてみてよ」


「え」


 ……これ、着けるの?


 気乗りしないなぁ。

 ずいぶんサイズも小さくて小指にしか入りそうにないし。恐らく女性用……じゃあヒカリのお母さんのだったのかな。


 ……気乗りしないとは言っても、これ以外に何か見つけたわけでもないし、やってみるしかないんですけどね。


 自分にそう言い聞かして左の小指にその指輪を通してみる。

 第二関節に引っかかりそうになりながらもなんとか指の根元まで通すことができた。


 黒く、少し線が太めの指輪。

 ガレージの灯りにかざしてみれば、一瞬、キラリと青く光ったように見えた。

 

「……特段何もおきないな」


「そっかぁ……でもまぁ、そうだよね。……せっかく手掛かりが見つかったと思ったのになぁ」


「……早速アオヤギ先生に講義の依頼かな」


「それが良いかも。電話してみるね……おや、ミキちゃんから着信だ。ちょっと待ってね」

 

 孤高の新聞記者、ネコタニ ミキから着信があったようだ。

 先日、アサギふれあい広場で慰霊碑の隣の説明板からノアボックスの疑惑を共有して以来だ。

 彼女の情報通に知っていることを尋ねてみると言っていたが、何かわかったのだろうか。


「もしもし、ミキちゃん。どうしたの?」


「やぁやぁ、ヒカリさん。いまお電話大丈夫ですか? 少し気になる情報を得ましてね」


 ヒカリは音響設定をスピーカーモードにしているようだ。ネコタニのキンキン声がよく響く。


「うん、大丈夫。いまサトルと一緒にノアボックスに関係のありそうなものが無いか調べていたの」


「それはそれは……夫婦の団欒をお邪魔してすみません。けど特ダネだったもので」


「ふ、夫婦って……わ、悪くない……じゃなくて。特ダネ? 前に言ってた危なそうな情報通から得たの?」


「そうです。あ、でも、いろいろ自分でも調べてみたんですよ? けど、やっぱり検閲されているのか、ノアボックスの暗い部分に関する情報は全くヒットしませんで。最終手段として例の気障な情報通に頼んでみたんです。そしたら、一言だけ教えてくれました」


「……なんて?」


「…………『内通者はサイカワ』と」 


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