05-14
「な、なんであれと同じものが、ここにあるんだ……?」
素直に思ったことが、口から漏れ出ていた。
「……サトル? どうしたの?」
ヒカリが問いかける。
心配そうな顔をしていた。
少し声がうわずっていた自覚がある。困惑を隠せていなかった。それに気付いたのだろう。
なぜ……いや、当然と言えば当然なのか?
俺があのメッセージを受け取ったのは、ゴメンマチ ノブコの著書「ノアの方舟構想とその展望」を読み、電脳空間「ボックス」の運用形態が、ゴメンマチ ノブコの提案する形態と異なっていたことを知った時だ。
そのメッセージを受け取ったタイミングを考えれば、メッセージの意図は、その事実を知られることが不都合である者――もはやノアボックスと確定してよいだろうが――からの、これ以上首を突っ込むことは許さないという警告であると考えるのが妥当だ。
とすれば、同じく、もしくは俺達以上に深い領域の情報までアクセスしていたであろうミレイのお母さん、ミソノさんも同じメッセージを受け取っていたと考えても不思議はない。
不思議はない……けど。
――なぜ、txtファイルで保存してある?
この文章が警告だとして、受け取る媒体はメールかメッセージだろう。
だとしたらなぜそのメールなり、メッセージをそのままのファイル形式で保存しないのだろう。
もしくはpdfか何かのファイル形式に変換して保存することもできたはずだ。スクリーンショットを撮って画像ファイルとしたっていい。
そうすれば受け取った日時、誰から受け取ったかも同時に記録でき、そのファイルを消さない限り、誤って情報を落としてしまうことも防げるからだ。
txtファイルでも、日時含めてコピペをすれば同様のことは出来るけど、後からいくらでも編集できてしまうから、情報を落とさずにそのまま保存するという目的にはそぐわない。
…………編集。
……むしろ、編集したかったのか?
誰かに送る前に、一度文面をtxtファイルに書き出して、何度でも同じ文面で送れるように、文章を保管しておく……。
まさか……な。
「……過去に同じ文章を見たことがあるんだ。不明な宛先から送られてきた」
「……サトル、それは本当か? どういう形式で送られてきたんだ?」
「ショートメッセージです。……送ってきた番号をコピペしていまヒカリに送りました」
携帯端末の画面が揺れる。
ヒカリがそれまで机の上に置いていた自身の端末を手に取ったようだ。
アオヤギ先生とミレイがヒカリの両隣に寄り添って、こちらを――ヒカリの携帯端末を覗き込んでいる。
「この番号は……ふむ、当然だが、検索してみてもヒットしない」
「……けど、十中八九、ノアボックス関係者だよね」
「……もう少し、詳しく調べてみても良いかな? 私がこれまで調査する中で得た情報やツテを使ってこれの発信源を当たってみたい」
「送り主がはっきりすれば、ノアボックス関係者の誰がどのような形でこの件に関わっているかが見えやすくなってくるだろうと思う。そうすれば、ミソノさんの居場所につながる情報を得やすくなるかもしれない」
「これほど直接的に警告するような事例は初めて遭遇したんだ。だからこそ、より彼らを深く知ることのできるチャンスかもしれない」
「……わたしの方でも、社内でその番号を使っている部署か個人がいないか探ってみます」
「ありがとう、ミレイさん。……けど、くれぐれも気をつけて」
「えぇ、わかっています。あまりことを大きくすればどうなるか」
ミレイの声が徐々に小さくなる。
……彼女の母の、ミソノさんのことを思ったのだろう。
ヒカリも心配そうな面持ちで、アオヤギ先生とミレイを交互に見つめている。
「……ミレイさんはノアボックスの跡取り候補だから滅多なことはおこらないとは思う。あくまで念のため、だよ。問題はサトルだ」
……まぁ、そうなるよな。
行方不明になった人が同じメッセージを受け取っていた。とすれば、同様の事象が起きる可能性が頭によぎるのは自然なことだ。
「君もノアボックスの関係者と言えば関係者だし、何より物理空間にいるからそう易易とノアボックスも手を出せないとは思うが、直接メッセージを受け取っているのは事実だからね」
「最近の通話アプリの秘匿化通信技術は侮れないから、この通話をノアボックスが傍受している可能性は限りなく低いが、壁に耳あり障子に目ありだ。不特定多数がいる場でこの件の会話をするのは控えておくんだ」
「……わかりました、アオヤギ先生」
先生が言ったように、俺は物理空間に住んでいるので、自分自身が何らかの危害を被ることをそれほど恐れていない。
何より危惧しているのは、ヒカリの身だ。
常に俺と一緒に行動しているから、もし俺が目をつけられているとするならば、ヒカリも同様に目をつけられていてもおかしくない。
ましてやヒカリは電脳空間に住んでいる。彼らが好き勝手出来るフィールドにいるのだ。
不安を煽りたくないから言わないが、一番危ないのはヒカリだろう。
……できるなら、その立場を代わりたいくらいだ。
これからは通話する場所も考えないといけないな。
そう思いながらヒカリの顔を見れば、ヒカリも同じことを思っていたのか、真剣な顔で首肯した。
そして直後、柔らかく微笑んだ。
――わかってる。でも心配いらないよ。
そう言っているようだった。
いつもそうだ。彼女は強い。
けど、コトがコトだ。彼女の強さに甘えすぎず、油断せず、最大限の注意をしていかなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます