04-04



「――だからですね、慰霊碑の付近で幽霊が見られるようになったのは物理空間側の慰霊碑が手入れされず放置されてしまっているからではないかという説があってですね……ちょっと! サトル殿、聞いてますか?」


 今回の依頼における自身の負荷が急に増えた事実があまりにも受け入れ難かったためか、ぼーっとしてしまっていたようだ。話半分にネコタニの話を聞いていたのがバレている。


「聞いてるよ。もっともらしく聞こえるな」


 その先を言おうとして辞めた。

 エンタメとして楽しむつもりなのであれば、それを言うのはなんだか野暮に感じたから。


 冷静に考えれば、電脳空間に出現する幽霊という存在自体が納得しがたい。いや、存在すること自体は良い。が、物理空間に出現するそれと比較して、オカルト的な畏怖の対象として認知するには幾ばくかの引っ掛かりがある、と言った方が正しい。

 なぜなら、電脳空間にいるということは、その幽霊だってプログラムの集合であるからだ。超常現象でも何でもなく、誰かがその存在を作ったってことだ。

 その存在を科学的に説明することに苦慮する、物理空間上の幽霊に対して、電脳空間上の幽霊は説明ができてしまう。そこにいるように誰かが作った、ただそれだけだ。お化け屋敷に居るお化け役と大差ない。

 そして、物理空間上の慰霊碑が放置されていることは、幽霊がそこに現れるに至った直接的な理由とは言えない。物理空間上の慰霊碑が放置されていようといなかろうと、その事実によらず、誰かが作らないとそこには存在しえない幽霊なのだから。


 なので、この幽霊の噂において真にこの幽霊の謎を追求せんとするならば、オカルト的な視点から、その幽霊が幽霊たりうるために経験したであろう恨みつらみ等といった心理的背景を究明するのではなく、誰がどうしてその幽霊をそこに存在させるようにしたのか、という犯人探しの方が本質的だ。


 ただ、ネコタニの様子を見ていると、あくまでオカルトのネタとしてこの噂を扱うつもりに見える。

 新聞記者の立場において、真の犯人の存在が見え隠れする中でオカルトをオカルトのまま記事にするのはどうかとは思うが、個人の思想としては自由だ。サンタクロースの存在を誰がどう信じたって良いように、この幽霊の存在だって如何様に信じても良いはずだ。


 ……まぁ、犯人探しより、もっともらしいオカルト的な理由を探す方が楽そうだし。


「待ってくれネコタニ君、そもそもこの電脳空間で幽霊が見えるということはだな――」


 サイカワが会話に割って入る。

 プログラミングを趣味としている男だ。幽霊に対して、同様に思うところがあったのだろう。彼の場合はより科学的に詰めたい気持ちが強いようだ。

 真面目だなぁ……良いことなんだけど、ちょっと今それを言われるのはまずい。仕事の負担が段違いに重くなってしまう。


「サイカワ、待て。皆まで――」


「皆まで言わないでください」


 サイカワの言葉を遮ろうとしたところで、ネコタニが同じ言葉を発した。

 いまネコタニがサイカワの発言を制する理由はないはずだ。驚いてネコタニを見ると、口元が歪んでいる。


「わかってますよ。けどこれはオカルトとして扱いたいのです。――数字が取れるから」


 わかっていたのか。……わかっていてなお数字。コンプライアンスとは一体……。

 画面の端に映るサイカワを見てみると、一瞬目をパチクリさせたあと、フッと笑みを浮かべた。


「わかっていてそれか。いっそ清々しいな」


「もちろん犯人探しまで見据えてますよ。けどあくまでオカルト的な立場での調査に留めます。連載形式のネット記事にするつもりなのです。真相に至るまでサスペンス的に引き伸ばして数字を取る作戦です」


 ……いま、聞き捨てならない発言が聞こえた気がする。


「待て、って言ったか? ……次が……あるのか?」


 ヒカリも同じ単語がひっかかったようで、真剣な眼差しでネコタニを見つめている。

 ネコタニはしまったという顔を一瞬したと思ったら、すぐに満面の笑顔を浮かべて切り返す。


「テヘ。今後ともご贔屓に、ということで!」


 しばらく忙しい日々が続くかもしれない、胃のあたりが少し重たくなるような感じを覚えた。


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